人事労務2019年10月15日 降格を予定していた問題社員が妊娠したら? 女性社員の労務相談 執筆者:大浦綾子(弁護士)
Q 女性社員Aは入社10年目ですが、ここ数年、事務処理能力が低く、また、周囲とのコミュニケーションもしっかりとれず協調性を欠いています。あまり注意や指導をしてこなかったのですが、周囲からの不満等職場への悪影響も無視できなくなってきたので、しっかり注意・指導をして、改善しなければ降格することを考えていました。その矢先に、Aから妊娠の報告を受けたのですが、予定どおり注意・指導や降格を実施してもよいものでしょうか。
A 妊娠中の女性社員に対する降格は、妊娠したことを理由とする不利益取扱いで違法であると主張されるリスクがあります。「問題社員対応」は、Aが産休・育休から復帰した後に開始することが安全です。それまでの応急措置が必要であれば、Aの同意をとった上で、担当業務を変更する等を検討してください。
解 説
1 「問題社員」への対応のプロセス
能力不足・成績不良・態度不良等の「問題社員」に対しては、まず、何が当該社員の問題点なのかを具体的に特定し、それに対して注意・指導を行います。それで是正がされなければ、①低い査定とする、②別の職場に配転する、③降職・降格をする、④軽い懲戒処分をする等をします。
それでも、問題点が改まらない場合に、最後の手段として、解雇や雇止めを選択します。上記のようなプロセスを踏むことで、解雇が有効となる可能性が高まります。
2 妊娠を理由とする不利益取扱いの禁止
男女雇用機会均等法9条3項の行政解釈によると、妊娠等の事由の終了から1年以内の不利益取扱いは禁止されていると理解されます(平18・10・11雇児発1011002 第2 4(5)、厚生労働省「妊娠・出産・育児休業等を契機とする不利益取扱いに係るQ&A」問1)。
これによると、「問題社員」対応として、配転、降職・降格、軽い懲戒処分や解雇等の不利益取扱いを検討しているにもかかわらず、妊娠の終了から1年以内にこれらがなされたとして、男女雇用機会均等法9条3項で禁止されている不利益取扱いとみられてしまう可能性があります。
3 「問題社員対応」としての不利益取扱いの場合
もちろん、妊娠と全く関係のない理由で能力不足等がみられる問題社員への対応は、理論的には違法となるはずはありません。
厚生労働省も、「問題社員対応」として不利益取扱いをする場合には、これが妊娠等の事由の終了から1年以内のタイミングにあたっていても、「特段の事情が存在する」として違法ではないとの見解を示しています(厚生労働省「妊娠・出産・育児休業等を契機とする不利益取扱いに係るQ&A」問2に対する(答))。
厚生労働省が同Q&Aで挙げている考慮ファクターの大半は、問題社員対応一般に当てはまるものですが、妊娠等とのタイミングが重なった場合に特殊な点として、「能力不足等は、妊娠・出産に起因する症状によって労務提供ができないことや労働能率の低下等でないこと」が説明できなければならない、ということがあります。
そのため、「妊娠等の事由の発生以前から能力不足等を問題としていなかった」又は「妊娠等の事由の発生以前から、通常の(問題のない)社員を相当程度上回るような指導がなされていなかった」という場合に、実務上、妊娠等の事由から1年以内に不利益取扱いをすることは、違法との判断がなされるリスクが相当高いと考えておくべきです。
専門家のアドバイス
1 妊娠が判明してから、問題点の洗い出しを始めて、処分をす る場合
この場合は、違法な不利益取扱いとなるリスクが高いです。問題点が妊娠等に伴う体調・心理的な変化に基づくものであると主張された場合に、反論が難しいためです。したがって、産休・育休からの復帰を待ってから、問題社員対応を開始するべきです。
ただし、問題行動を放置していては職場が混乱をするような場合には、一時的に担当業務を変更する等の応急措置が必要となることもあるでしょう。この場合にも、処遇変更が、妊娠等を理由とする不利益取扱いに該当するおそれがありますから、産休に入るまでの一時的な変更であることを本人に説明した上で、本人の同意をとっておくべきです(不利益取扱いに対する同意による例外についてはQ31を参照)。
2 問題社員対応の注意・指導を実施中に、妊娠が判明した場合
この場合は、注意・指導を続行して、配転、降格等に進むことができるように思われます。
ただし、妊娠中の女性社員から軽易業務への転換の請求があった場合に、注意・指導という、ストレスフルともなりうる状態を続けてよいものか、悩ましいところです。また、改善しないことが、「妊娠・出産に起因する症状によって労務提供ができないことや労働能率の低下」であると主張された場合に反論できるものか、不安もあります。
このタイミングでの不利益取扱いは、紛争になりやすいという点を把握した上で、続行するか、上記1と同様に産休・育休からの復帰まで待って今は応急措置にとどめるかを検討すべきです。
コラム
違法とされた発言とそのタイミング
ツクイほか事件(福岡地小倉支判平28・4・19判時2311・130)では、妊娠報告とともに、医師からの指導に基づいて業務軽減の申入れをした女性社員に対して、上司が「特別扱いは特にするつもりはないんですよ」、「万が一何かあっても自分は働きますちゅう覚悟があるのか、最悪ね。だって働くちゅう以上、そのリスクが伴うんやけえ」と発言したことが、妊娠女性の人格権を害するものとして違法と認定されました。
当該女性社員については、裁判所は、妊娠前の勤務態度に問題があったとして、その勤務態度等について指導をする必要性はあったとしつつ、上記発言は違法と判断しています。発言内容も穏当ではありませんが、妊娠後の業務軽減申入れというタイミングに、問題社員に対する注意・指導をすることも避けるべきであったと考えます。
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執筆者
大浦 綾子おおうら あやこ
弁護士(野口&パートナーズ法律事務所)
略歴・経歴
平成14年 司法試験合格
平成15年 京都大学法学部卒業
平成16年 弁護士登録とともに天野法律事務所入所
平成21年 米国ボストン大学ロースクール(LLM)留学
平成22年 外資系製薬会社法務部にて勤務(人事・知財・製造部門担当法務)
平成23年 ニューヨーク州弁護士登録
平成23年 法律事務所に復帰
現 在 野口&パートナーズ法律事務所パートナー弁護士
[著 作]
『女性活躍推進法・改正育児介護休業法対応 女性社員の労務相談ハンドブック』(共著)(新日本法規出版、2017)
『実務家・企業担当者のためのハラスメント対応マニュアル』(共著)(新日本法規出版、2020)
『裁判例・指針から読み解くハラスメント該当性の判断』(共著)(新日本法規出版、2021)
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