一般2024年04月15日 スポーツ仲裁における障害者に対する合理的配慮 一般社団法人日本スポーツ法支援・研究センターからの便り 執筆者:三輪渉

1  障害を理由とする差別の解消の推進に関する法律(以下「障害者差別解消法」という)は、国や地方自治体のみに、障害者に対する合理的配慮の提供に関わる法的義務を求めていたが、この4月より、事業者も対象となった(我々弁護士も含まれる)。
 私が聴覚障害者の代理人として経験したスポーツ仲裁手続では、合理的配慮がなされていたか。そこで、スポーツ仲裁と障害者に対する合理的配慮について、感じたことを述べたいと思う。

2  現在、民事裁判手続はIT化が進み、事案によっては弁護士が法廷へ出廷しなくとも、ウェブ会議のみで訴訟を終結することが可能となった。スポーツ仲裁でも、ウェブ会議が導入され、使い易い手続になったといえる。
 また、スポーツ仲裁では、聴覚障害者であれば、手話通訳者の派遣を求めることができる1
 実際に私が経験したウェブ期日では、申立人、被申立人、仲裁パネルに加えて手話通訳者が一つの画面に映し出され、手話通訳者を介してコミュニケーションを取り審問期日が執り行われた。
 このように、スポーツ仲裁においても、障害者に対する合理的配慮がなされていると、一定の評価ができるかもしれない。

3  しかし、手話通訳者の費用は、当事者負担となっており2、聴覚障害者にとって重い負担である。
 民事訴訟においても、聴覚障害者は、通訳人を立ち会わせることが出来るが(民事訴訟法第154条1項)、手話通訳者の費用は、訴訟費用(民事訴訟費用等に関する法律第18条)として敗訴当事者が負担するとの取扱いがなされており3、公費負担ではなく当事者負担となっている。
 障害者差別解消法があるのに、何故、合理的配慮がなされていないのか。調べると、同法で障害を理由とする差別が禁止された国家機関は、行政機関4のみであり、司法機関が含まれていなかった(なお、立法機関も含まれず、今回の改正でも維持されている)。また、求められた配慮の「負担が過重」5である場合、合理的配慮提供義務が課されないものとなっていた。スポーツ仲裁機構は、公益財団法人であり、改正により新たに対象となる「事業者」に該当する。しかし、手話通訳費用を同機構が負担するのは、「過重」なものとなるため、改正によっても当事者負担のままと予想される。
 他方、海外では、アメリカや韓国などのように、一定の要件のもと、民事訴訟手続に関する手話通訳等の費用を公費で負担している国も存在する6。日本も署名している障害者の権利に関する条約第13条は、司法手続の利用の機会確保のためには、「合理的」との文言を付しておらず、「過度の負担の有無にかかわらず、当該障害のある当事者にとって真に必要な配慮をすべき、との趣旨を反映したものと解され7」ている。
 このように世界に目を向けると、手話通訳者の費用は、公費で負担されつつあり、我が国においても、まずは民事訴訟手続に関して手話通訳者の費用を公費負担とし、スポーツ仲裁においても同様の規定を配備することは可能なはずである。

4  ウェブ会議についても、各障害者団体に行ったアンケート8には、「手話通訳者がウェブ画面に映るようにする」、「画像が小さくならいようにする」、字幕利用時に「資料等を確認しようとして、少し目を離すと、今どんな話をしているのか分からなくなることがある。そのため、文字はすぐ消えるのではなく、少しの間は見えるような状態にして欲しい」などの要望が挙がっていた。
 これらの要望は、私の依頼者も感じていたはずであり、代理人として反省している。

5  スポーツ仲裁機構が手話通訳費用を負担することは困難かもしれないが、負担が過重でないもの、例えば、同時通訳ソフトを導入しウェブ期日の画面上に字幕を入れることや、仲裁パネル全員が小さく映るのではなく、発言者に焦点を当て、その表情や口元が判別できるようなカメラを導入するなどの合理的配慮であれば提供ができるかもしれない。
 また、我々弁護士も、手話通訳者と各当事者が可能な限りで大きく映し出される画面を用意する必要がある。さらに、期日進行に当たっては、当事者が慌てることなく、十分に理解し、判断できるよう意識的にゆっくりと期日を進行するという点にも注意しなければならない。
 私が過去に聴覚障害者の代理人を務めたことから、聴覚障害に絞って述べたが、今回の改正により、事業者である弁護士は、身体障害、知的障害、精神的障害等の障害を持つ依頼者から、合理的配慮が求められる立場であることを意識する必要がある。

1スポーツ仲裁規則第39条
1 日本スポーツ仲裁機構は、スポーツ仲裁パネルの指示又は当事者の要請があるときは、通訳及び翻訳の手配をする。通訳の指示又は要請は、原則として、通訳を必要とする日の 3 日前までにしなければならない。
2 スポーツ仲裁パネルは、通訳者及び翻訳者の身元を確認するものとする。
3 通訳及び翻訳の費用は、スポーツ仲裁パネルの指示によるときは、各当事者が等額を負担し、当事者の要請によるときは、その要請を行った当事者が負担する。ただし、仲裁裁判所は、事情により、その負担割合を変更することができる。
2注1第3項参照
3「民事訴訟手続における障がいのある当事者に対する合理的配慮日手の意見書」2013年2月15日・日本弁護士連合会
4障害者差別解消法第1条、第2条4号
5障害者差別解消法第7条2項
6注3参照
7注3参照
8「民事裁判手続のIT化に関する障がい当事者等団体アンケート結果 分析と評価」2021年4月14日・日本弁護士連合会人権擁護委員会

(2024年3月執筆)

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執筆者

三輪 渉みわ わたる

弁護士(横浜綜合法律事務所)

略歴・経歴

上智大学法学部地球環境法学科 卒業
上智大学法科大学院 修了
神奈川県弁護士会スポーツ法研究会
神奈川県弁護士会サッカー部

<著書>
『スポーツ事故の法的責任と予防 競技者間事故の判例分析と補償の在り方』(共著・スポーツ法学会事故判例研究専門委員会編)道和書院(第2部第4章第10節「サーフィン中接触事故」担当)

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