相続・遺言2019年12月10日 民事信託こぼれ話 第1話(後編) 成年後見制度の保佐人が信託受託者になった話 民事信託特集 執筆者:澁井和夫
それでは、前編で掲示した審判の内容、及び不動産管理処分信託の内容について解説をしていこうと思います。
処分の申立てと信託契約締結の許可
先ず、許可申立事件の許可の対象は「被保佐人の居住用不動産の処分」でした。被保佐人の居住用不動産は被保佐人の生活の本拠です。不動産管理処分信託契約では、最終的に「被保佐人の居住用不動産の処分」を目的としていますので、このことを被保佐人本人に代わって契約して良いかどうか、最も重要な信託契約の要素と考えて、保佐監督人は審判を仰いでいます。処分が許可されないのであれば、処分による完済を条件とする融資(リバース・モーゲージ)を受けることもできないわけです。
一方、審判の主文は、「被保佐人が所有する不動産について不動産管理処分信託を締結すること」を申立人に許可する内容となっています。処分に関する判断だけでなく、締結する不動産管理処分信託の内容(主として信託目的や信託不動産の管理運用方法、最終処分の見込まれる時期、処分方法等)について、「これなら良い」と許可した形です。
信託目的に示された3つのこと
信託契約の本旨を示す信託目的が許可に適う内容でした。それは次の3点です(信託契約第1条)。
1.被保佐人の生活資金の調達(被保佐人の生活の保護)
被保佐人の生涯を通じて被保佐人にとって必要となる安定かつ快適な生活・介護・療養等の資金調達のため、融資を受けること。
*信託不動産を担保に毎月融資を受けることは、言い換えれば、不動産を少しづつお金に換えていることであり、「不動産の流動化」という事もできると思います。資産リッチかつキャッシュプアーな高齢者は多く、古くて広すぎる住みづらい家に我慢しながら独居している場合もよく見受けられます。そのまま住み続けるとしても、リフォームの費用やゆとり資金を自宅を担保に借り入れれば、快適な人生の最終ステージを過ごすことができます。このような方法について、裁判所も理解を示していると思われます。
2.信託財産の十全な管理運用(被保佐人の財産の保護)
信託財産の安全かつ円滑な承継のため、法務・税務の観点を含め、管理運用(第三者に対する賃貸を含む)すること。
*被保佐人の財産の管理運用について、信託の仕組みは利用しやすいやり方です。信託財産の管理運用の当事者となる受託者には、信託法において、様々な義務が課せられている点も、被保佐人にとって有利な点であると言えます。一方、受託者も信託契約により定められた範囲において、信託財産の所有権者としての裁量が得られるので、効率の良い事務の執行が実現できます。
3.信託財産の最終処分の執行
最終的に処分して借入金債務を完済すること。
*独居高齢者亡き後の所有不動産が、空き家となって管理不全のまま放置される事例は、社会問題化しており、経済的にとらえても大きなロスとなっています。最終処分の執行が信託の中で粛々と実行されることは、望ましいことです。被保佐人にとっても、不安要素がひとつ減ることになります。
被保佐人の生活を保護するため盛り込まれている内容
1.被保佐人は受益者ですから、受益債権者として信託法に定められた権利を保持できます。
「契約第3条
この信託の受益者は、甲とする。」
2.被保佐人は、信託した後も、信託不動産を無償で使用できることが確保されている。
「契約第8条
乙は、次の方法により信託不動産を管理運用することができる。
一 乙は、甲から申し出があった場合は、甲が信託不動産の全部又は一部を無償で使用することを認めなければならない。」
3.被保佐人が必要とするときは、受託者は信託元本取崩しにより、随時、信託財産から金銭の交付をしなければなりません。
「契約第18条-4
二 純収益から前号による信託元本組入れ額を控除した残額は、各計算期日の翌日以降一月以内に甲に交付する。
ただし、甲の生活・介護・療養に必要な資金及び費用や、甲の負債の元利金返済等のために甲が必要とするときは、計算期日が到来する前であっても、その必要な時期に、信託元本(信託財産を担保に調達した資金を含む)の一部を取り崩して甲に交付しなければならない。」
*1期ごとの決算が行われた後でないと、配当等の交付が受けられないのでは、実務上窮屈です。被保佐人の生活支援を第一義とすれば、臨機応変に信託財産からお金を引出せた方が便利です。
上記の2,3では、被保佐人(信託委託者兼受益者)の代理人としての保佐人の立場と信託受託者の立場と相入れないケースが生じるかもしれません。そのような場合は、保佐監督人や、ご兄弟である信託監督人と相談して、その同意を得るなどの実務的な応用が求められるものと思われます。
信託財産の管理運用のため受託者に与えられている裁量と受託者の監視
1.受託者の管理運用方法について、信託契約に定めています。この範囲で、受託者は信託不動産の所有権者として、法律行為を行うことができます。
「契約第8条
二 信託不動産の全部又は一部は、居住用又は事業用(店舗、事務所その他の事業用の用途を含む)に賃貸することができる。
三 信託不動産の維持・保全・修繕又は改良は、乙が適当と認めた方法、時期及び範囲において行う。
四 乙は、信託事務の一部を乙の選任する管理会社に委託することができる。
五 乙は、信託事務執行の便宜のため必要な場合は、信託不動産の一部を無償使用することができる。
六 乙は第四号により乙が選任した管理会社に信託不動産の一部を無償使用させることができる。」
信託不動産を賃貸できること、信託不動産のリフォーム等は受託者の裁量でできることが決められています。ところで、五は、信託法8条に抵触するので有効性に疑義ありとする議論があります。「信託財産の無償使用」は「信託の利益を享受する」ことになるので、禁止されているとする考え方です。一方で、不動産の管理においては、その便宜上、不動産の一部を管理会社が無償使用するケースはよく見受けられます。例えば、清掃管理会社が掃除用具置場として、無償で対象不動産の一部に用具を備置する場合などです。ここでは、実務上の便宜を勘案して、契約に明示しています。
参考:信託法8条
(受託者の利益教授の禁止)
受託者は、受益者として信託の利益を享受する場合を除き、何人の名義をもってするかを問わず、信託の利益を享受することができない。
2.信託監督人を置くことにより、信託受託者の信託事務を監視できます。しかも、信託監督人には、受託者と同様被保佐人の法定相続人である受託者の妹・弟が就任するので、結果として、将来信託財産を換価処分した後、信託残余財産の分配を受ける権利者が信託財産の管理運用状況を見守ることになります。
「契約前文
なお、姉(以下「丙」という)及び相談者本人(以下「丁」という)は、甲の指名により、信託監督人に就任した。」
「契約第4条
甲は、この契約における信託受託者の事務を監督する者として、丙及び丁を信託監督人に指名し、丙及び丁はこれを承諾して信託監督人に就任するものとする。」
3人の法定相続人の利害は、信託不動産を価値が損なわれないように運用管理することにより、最終処分時に換価金額を極大化したい点で一致しています。この点では、被保佐人の利害とも一致していると言えます。信託に3人が参加することで、信託財産の価値の維持向上に意欲的に取り組む基盤ができたことになります。
換価処分時の信託財産価格の極大化
以上述べてきたように、リバース・モーゲージの担保として提供され、この完済のために処分される信託不動産は、なるべく高い金額で処分できるに越したことはありません。そこで、処分手続は受託者のみに委ねるのではなく、被保佐人の法定相続権者3人が関与して決定する仕組みにして、納得性を重んじる工夫を入れました。
「契約第9条(処分方法)
乙は、信託不動産を処分するときは、近隣の不動産売買市場価格を参考として、近傍類似の地価公示価格、対象不動産の正面相続税路線価等の公的評価に照らし、適正と認められる価格と同等以上の価格により処分しなければならない。
なお、乙は処分の方法について予め信託監督人に協議しその承認を得て、速やかに処分を実行し借入金債務を完済しなければならない。」
最後に、保佐と信託の基本的な違いについて述べましょう。
それは、「保佐はヒトを保佐する」、「信託はモノを信託する」です。それぞれの対象が、ヒトとモノで違います。すると、どのような意識の違いが派生してくるのでしょうか。少なくとも、資産管理、資産運用に重点を置く場合は、モノを強く意識する信託のほうが取り組みやすいと感じます。ヒトから離れて、信託財産そのものを裏付けにファイナンスを組む(今回のケースではリバース・モーゲージ)ことも可能です。ヒト(超高齢者)では融資先として敬遠される現況において、モノが前面に出れば可能となる融資もあるという事です。保佐と信託の組み合わせ、私にとっても大変勉強になる事案でした。
もうひとつ蛇足です。契約の第18条、信託計算及び収益の交付で、計算期日が毎年8月末日とされているのは、保佐人として1年間の活動報告を裁判所に提出する期間の期日が8月末だったため、それに合わせたものです。保佐と信託のそれぞれの報告資料作りが一回の手間で済ませるためです。
(2019年12月執筆)
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執筆者
澁井 和夫しぶい かずお
世田谷信用金庫顧問
略歴・経歴
三井信託銀行(株)(現・三井住友信託銀行(株))入社後、不動産開発部長兼不動産鑑定部長を最後に退社、その後㈱鑑定法人エイ・スクエアを設立し、取締役副社長を務め、(社)日本不動産鑑定協会(現公益法人日本不動産鑑定士協会連合会)主任研究員を経て、世田谷信用金庫顧問に至る。 世田谷信用金庫では、2007年6月のコンサルティング・プラザ玉川(最寄駅:東急田園都市線「二子玉川駅」)開設を機に、信託・不動産に精通するスタッフを投入して、高齢者の不動産を主とした資産の管理に、信託スキームを提案するコンサルティング業務を手がけるなど、金融界における民事信託の先駆者でもある。
不動産鑑定士、資産評価政策学会理事。
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