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一般2024年07月01日 スポーツにおけるセーフガーディング 一般社団法人日本スポーツ法支援・研究センターからの便り 執筆者:田原洋太

1 はじめに
 セーフガーディングとは、「役職員や関係者が、日々の事業や運営において、子どもや弱い立場の人々の尊厳を傷つけたり、危険にさらしたりすることのないように、組織として取り組むべき責任である」とされている1。特に、子供のセーフガーディングについては議論が活発に行われており、我が国においても、ヒューマン・ライツ・ウォッチが作成した「『数えきれないほど叩かれて』日本のスポーツにおける子どもの虐待」2が公表され、日本のスポーツにおける子供への暴言等の虐待の実態が明らかになり、改めてセーフガーディングの重要性が認知されたといえる。
 そこで、今回はスポーツにおけるセーフガーディングについて、概観したい。

2 セーフガーディングの位置づけ
 我が国においては、スポーツ基本法において「スポーツは、これを通じて幸福で豊かな生活を営むことが人々の権利である」と規定されており(同法第2条)、スポーツ指導者による暴力・パワハラ・セクハラはスポーツにより心身の健康を害することになるため、同規定に反すると解される3。また、暴力・ハラスメント行為は、民法709条の不法行為に該当し、また刑事罰の対象ともなり得る。
 そして、セーフガーディングは、暴力・ハラスメントによる権利侵害を防止することを目的としていることから、スポーツ基本法をはじめとする法令を遵守するために重要な役割を有しているといえる。

3 日本におけるセーフガーディングの取組み
 日本においては、日本スポーツ協会が、平成25年に「スポーツ界における暴力行為根絶宣言」を公表し4、暴力行為等相談窓口を設置やスポーツ現場におけるハラスメント防止動画等を公表して啓蒙活動を行っている。
 また、公益財団法人日本サッカー協会(以下「JFA」という。)は、「JFAセーフガーディングポリシーを公表しており5、同ポリシーは、子供たちがサッカーを安心・安全に楽しみ続けられる環境を作ることを目的とし18の基本原則が定められている。他にも、JFAでは、セーフガーディングワークショップやeラーニングを提供したりする等の取組みが行われている。
 JFAの他にも、日本ラグビーフットボール協会が「『セーフガーディング』の取り組みについて」6及び「セーフガーディング推進ガイド」7を公表し、日本のラグビーの活動に関わる全ての関係者を対象として、チーム内でのセーフガーディング対応に必要な体制の構築等の対応を求めている。

4 海外における取組み
 海外におけるスポーツに関するカンファレンスでは、セーフガーディングやセーフスポーツに焦点を当てたパネルディスカッション等が行われており、筆者が参加したカンファレンスにおいても、虐待の告発者やジャーナリストをパネリストとしたパネルディスカッションが行われ、多くの弁護士や関係者の関心を集めていた。そこで、海外におけるセーフガーディングの取り組みについても紹介したい。
 海外におけるセーフガーディングの取組みとしては、IOCが公表している「Safeguarding athletes from harassment and abuse in sport IOC Toolkit for IFs and NOCs」(以下「IOCツールキット」という。)がある8。IOCツールキットは、5つのセクションに分かれており、セーフガーディングポリシーの検討及び実装等の方法がまとめられている。したがって、国際競技連盟等は、IOCツールキットの各セクションに従って検討を行うことにより、セーフガーディングポリシーや手続きの改善・見直しを行うことができる。
 また、今年開催されるパリオリンピック・パラリンピックにおいては、ネット上での虐待から選手を守るため、AIによるモニタリングを行う取り組みがなされるとの報道がある9。この報道によると、AIシステムが主要なソーシャルメディアについて、35以上の言語でリアルタイムにモニタリングすることにより、選手が有害な投稿を見る前に対処することを予定している。
 そして、2020年3月から2022年6月までにおいて、EUと欧州評議会が「Child Safeguarding in Sport」という共同プロジェクトを実施し、欧州各国の子供のスポーツにおけるセーフガーディングポリシーの支援が行われた10。このプロジェクトにより、ポルトガルなどの6か国が効果的なセーフガーディングポリシー策定へのロードマップを公開した。
 このほかにも、カナダのスポーツ紛争解決機関であるSDRCC11においては、2021年にSafeguarding Tribunalが導入されており、被害者等を保護するための手続きが認められている。このように、スポーツの紛争解決制度においてもセーフガーディングの手続きが導入され始めている。

5 まとめ
 これまで述べたとおり、セーフガーディングについては国内外において様々な取り組みが行われている。もっとも、今後も虐待やハラスメントを防ぐためには、引き続き適切な組織作りやポリシーの作成、啓蒙活動等を行う必要があり、統括団体や各競技団体をはじめ、関係者の協力のもとセーフガーディングの取組みの充実が図られる必要があるといえる。

(2024年6月執筆)

(本コラムは執筆者個人の意見であり、所属団体等を代表するものではありません。)
(本記事の内容に関する個別のお問い合わせにはお答えすることはできません。)

一般社団法人日本スポーツ法支援・研究センターからの便り 全24記事

  1. アスリートに対する誹謗中傷の問題点と今後求められる取組み(誹謗中傷問題連載⑤)
  2. SNS上のアスリートに対する誹謗中傷の具体的事案及び法的分析(誹謗中傷問題連載④)
  3. SNS上のアスリートに対する誹謗中傷への法的対応について(誹謗中傷問題連載③)
  4. 国内におけるアスリートに対する誹謗中傷問題への対応(誹謗中傷問題連載②)
  5. 国際大会におけるアスリートへの誹謗中傷とその対策(誹謗中傷問題連載①)
  6. 部活動の地域移行、地域連携に伴うスポーツ活動中の事故をめぐる法律問題
  7. スポーツにおけるセーフガーディング
  8. スポーツ仲裁における障害者に対する合理的配慮
  9. スポーツ施設・スポーツ用具の事故と法的責任
  10. オーバーユースの法的問題
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  14. ロシア選手の国際大会出場に関する問題の概観
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  21. スポーツにおけるパワーハラスメントについて考える
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  24. スポーツチームにおけるクラブトークンの発行と八百長規制の必要性

執筆者

田原 洋太たはら ようた

弁護士(プロックス法律事務所)、日本大学スポーツ科学部 非常勤講師

略歴・経歴

立教大学法学部卒業
慶応義塾大学法科大学院修了
2017年弁護士登録(70期)
・取扱分野
スポーツ法務、企業法務、知的財産法務、訴訟等の紛争解決
・著書
「スポーツ団体の倫理規定の在り方に関する考察 ―パワーハラスメントの定義を中心に―」(共著、日本スポーツ法学会年報第26号280-301頁、2019年)
「東京2020オリンピック・パラリンピックを巡る法的課題」(共著、成文堂、2023年)等

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