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一般2026年09月18日 ヘイトスピーチ解消法施行10年に寄せて 執筆者:冨田さとこ

今年6月に「本邦外出身者に対する不当な差別的言動の解消に向けた取組の推進に関する法律」、通称ヘイトスピーチ解消法は、その施行から10年を迎えました。同法は、「本邦外出身者に対する不当な差別的言動の解消が喫緊の課題であること」(第1条)から、このような言動(ヘイトスピーチ)をなくすために制定されました。

この法律によって状況は改善されたのか。被害に遭いながら実名で声をあげ続けている川崎市の在日コリアン3世・崔江以子(チェ・カンイジャ)さんは、インタビューの冒頭で「これからは共生社会が成熟していく。法律ができたときはそう思っていましたが、この10年でむしろ遠ざかったと言わざるをえません」と語ります(2026年6月30日付け朝日新聞13面インタビュー「解消法10年絶えぬヘイト」)。

私自身も、最近、「外国人」という大きなラベルの下でヘイトに曝されている方の不安の声に接することが増えました。「ここまできたのか」と悲しくなったのは、外見でレストランなどへの入店拒否に遭うことが増えたという、日本生まれ・日本育ち・外見は「外国人」という若い女性の話です。明らかに空いているのに「予約がいっぱいで」などと断られることが増えたそうです。日本人の(ステレオタイプ的な)見た目の友人と一緒のときは起きないとも言っていました。

ある国際交流協会が開催した研修では、自分のネパールでの経験を話してみました。「発展途上国」への法整備支援のために赴任しましたが、そこで出会ったのは高い教養を持つ裁判官でした。プロジェクトに参加してくれる裁判官たちの法原理から出発する質問に、私は到底答えることができませんでした。昨年起きたネパールの政変で、その高潔さから暫定首相に選ばれた女性初のネパール最高裁長官、スシラ・カルキ元判事の気高くも優しい雰囲気は忘れられません。「途上国」というラベルの下にいたのは、中国とインドという大国に挟まれた資源に乏しい小さな国を少しでも豊かにしたいと研鑽を重ねる人々であり、大切な家族のために海外に働きに出る労働者でした。

そんな具体例を挙げながら、「外国人」というラベルの下にある「個人」を見てもらうために何ができるかということを、研修参加者と話し合いました。研修のあと、日本に長く暮らしているネパール国籍の女性が話しかけてくれました。「先の参院選以来、日本に暮らし続けることに不安が募っていた。怖くなっていた。同胞の夫とは『子どもが危ない。帰ることも考えよう』と話していた。あなたの話を聞いて『分かってくれる人がいる』と、嬉しくて涙が出た」と言われました。それが嬉しくて、同時に悲しくて、言葉になりませんでした。

そのような経験を経て、ヘイトに怯える人を守れるような、せめて励ませるような言葉を探して、本やインタビューを読むことが増えました。もちろん、ワイルドカードのように汎用性が高く強い効果もある言葉はなかなか見つかりません。具体的な場面での「公正さ」は、そんなに単純な説明で語りつくせることばかりではないので、仕方がありません(だからこそ、単純化され耳目を引く言葉に負けやすい)。それでも、ヘイトは間違っていることを確信し、勇気をもらえるような言葉に出会います。

差別に関する本を読んでいると、その多くが、人類が経験した最大のジェノサイドであるホロコーストを取り上げています。「アンネの日記」や「夜と霧」を読んだことはあったものの、もう一度考えてみようと思い、強制収容所で生き延びるために同胞の腕に数字を刻んだユダヤ人男性の証言をもとに書かれた「アウシュヴィッツのタトゥー係」(ヘザー・モリス著・双葉文庫)を読んでみました。また、ホロコースト否定論者と闘った学者の実話に基づく映画「否定と肯定」を見ました。両者に満ち満ちたユダヤ人に対する悪意と、それが組織・社会的な行動につながり、あるいは社会の中で一定の支持を得うるという事実に慄きます。ドイツ社会の反省として、終戦40年目の記念演説で、ヴァイツゼッカー大統領は、「一民族全体に罪がある、もしくは無実である、というようなことはありません。罪といい無実といい、集団的ではなく個人的なものであります。」と語っています(ヴァイツゼッカー「荒れ野の40年・ヴァイツゼッカー大統領ドイツ終戦40周年記念演説」リヒャルト・フォン・ヴァイツゼッカー著・岩波ブックレット)。

「差別をされない権利」の専門家である木村草太教授は著書の中でこう言っています。「差別の解消のために何よりもまず必要なのは、対象を人間と認識することだ」「排外主義者が、外国人や特定の民族を無視や汚物に例える、といった例はいくらでも見つけることができる。人間の定義と身分の平等が差別解消の出発点にあることは忘れてはならない。」(「『差別』のしくみ」木村草太著・朝日新聞出版)。

よく言われることですが、脆弱な立場にある人が分断され、集団としての力を持てない状況は、強い力を持つ側にとって都合よく働きます。いつの時代も、そうした構図の中でスケープゴートが作られてきました。では、分断を避けるにはどうしたらいいのか。研究者たちの言葉から見えるのは、構造的に脆弱な立場に置かれる人たちの連帯の必要性です。

「移民問題はわれわれに国境の倫理的意味とは何かという疑問を投げかけ、相互に依存し相互に責任を負う共同体(コミュニティ)としての国家にどのような倫理的意味があるかという問いを暗に突きつけてきます。(略)愛国心を右派に譲り渡してしまうのは間違いだと思うのです。連帯や市民としての誇りや市民の相互主義に重きを置く左派の伝統はどうなったのでしょう?健全な意味での市民の誇りは、外国人嫌悪(ゼノフォビア)や超国家主義(ハイパーナショナリズム)の代わりになりうるものです」(マイケル・サンデル)(「平等について、いま話したいこと」マイケル・サンデル/トマ・ピケティ著・早川書房)

「不平等な構造の中では、それぞれの人に与えられる機会と権利が異なるため、それぞれが異なる苦しみを抱えて生きている。ここで注目すべきは、こうした異なる種類の人生をつくりだす、構造的な不平等である。そのため、不平等について語る会話が『私は苦しいけど、あなたは楽だよね』という争いになっては、解決策を導きだすことは難しい。そのかわりに、『あなたと私を苦しめる、この不平等について話しあおう』という共通のテーマについて語るべきなのである」(キム・ジヘ)(「差別はたいてい悪意のない人がする」キム・ジヘ著・大月書店)。

相談の現場では、連帯の萌芽を目にすることもあります。外国人を雇用する中小企業の日本人経営者から電話がありました。在留資格の厳格化により、いま支払っている給料で、自分のもとで働く外国人が日本に居続けられるか心配になったそうです。話を聞くと、日本人従業員と同じ賃金を支払っているということだったので、問題ないと伝えました。その方はおずおずと続けます。「外国人排斥の流れでいろいろ厳しくなると聞いて、不安だろうし力になってあげたいんだけど、正しい情報が分からなくて。また電話してもいいですか?」。希望とともに、「もちろんです!」と回答しました。

「日本人の子どもを優先して」という声も聞きます。その声の背景には様々な事情があるのだと思います。それでも、私たちは、子ども達まで、国籍による区別に巻き込んでしまってよいのでしょうか。そうやって、「人に優先順位をつけていい」と学んだ子どもは、高齢者や障がい者、女性、あるいはお金のない人、教育を受けられなかった人を区別することに躊躇しない大人になってしまわないでしょうか。子どものうちくらい、肌の色などの外見にとらわれず、伸び伸びと育って欲しいと心から思います。それを実現するくらいの経済的な豊かさが、この国には残っているはずです。

「難民や外国人に対して包容力のない社会は、自国民に対しても抑圧的だ」「排外主義は間違っている。20年前、難民申請が認められず引き裂かれた家族について、『家族を引き離すな』と日本中から声が寄せられた。それが変わってしまったとしても、たった20年前のこと。変わったことなら、また変えられる」(渡邉彰悟弁護士・講演にて1 )

差別に対して語られたものではありませんが、最後に、ちひろ美術館で見つけた素敵な言葉を紹介します。

「大人というものはどんなに苦労が多くても、自分のほうから人を愛していける人間になるということなんだと思います。」(いわさきちひろ・「大人になること」出典「ひろば」(至光社)53号(1972年4月))

1渡邉彰悟弁護士が、「なぜ難民保護を求め続けるのか〜33年間の実践から感じていること〜」というセミナーで話してくださった言葉です。セミナーは、昨年10月に、私の所属する法テラス国際室主催の「外国人支援者向けセミナー(難民・応用編)」として実施しました。質疑などを除く動画の一部は、YouTubeで視聴できます(https://www.youtube.com/watch?v=Mwnavq4lYcY)。

(2026年8月執筆)

(本記事の内容に関する個別のお問い合わせにはお答えすることはできません。)

執筆者

冨田 さとことみた さとこ

弁護士

略歴・経歴

【学歴】
2002年(平成14年)11月 司法試験合格
2003年(平成15年)3月 東京都立大学法学部卒業
2013年(平成25年)9月 Suffolk大学大学院(社会学刑事政策修士課程(Master of Science Crime and Justice Studies))修了

【職歴】
2004年(平成16年)10月 弁護士登録(桜丘法律事務所(第二東京弁護士会))
2006年(平成18年)10月 法テラス佐渡法律事務所赴任
2010年(平成22年)3月 法テラス沖縄法律事務所赴任
2015年(平成27年)9月 国際協力機構(JICA)ネパール裁判所能力強化プロジェクト(カトマンズ、ネパール)チーフアドバイザー
2018年3月~現在 日本司法支援センター(法テラス)本部
2020年7月~現在 法テラス東京法律事務所(併任)
※掲載コラムは、著者個人の経験・活動に基づき綴っているもので、新旧いずれの所属先の意見も代表するものではありません。

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