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相続・遺言2020年07月01日 民事信託こぼれ話 第6話(後編) 効力を発生しない信託契約を締結した事例 民事信託特集 執筆者:澁井和夫

~今すぐ財産の移転はしないが、将来を考えて 信託契約は締結したいという要望に応えて~

 前編で、停止条件付信託契約を作成するにあたり、その有効性の根拠となる信託法の条文を示し、その文脈を整理して解説しましたが、後編では、停止条件付信託契約の一例として、本事案コンサルティングにより実現した「不動産管理処分信託契約書」の該当部分の条文を紹介し、あわせて甲さんの追加要望である「一旦はじまった信託を止めて再び自分が当該事業の当事者に復帰できる」ことを明示した条文をご紹介した後、前編で持ち越した「信託の要物性」に関する議論について記述してまいります。

4.具体的な信託契約の条文

前文
信託委託者を甲、信託共同受託者である甲の兄及び甲の兄の子を乙として、甲乙間に次のとおり、信託契約(以下「この契約」という)を締結したので、その証としてこの契約書正本2通を作成し、甲乙1通ずつ保管する。

第1条(効力の発生)
①甲は心身や意思能力に衰えを感じ、この契約の履行が必要と判断するに至ったときに、この契約を履行する旨を乙に通知するものとし、この通知が乙に到達したときから、この契約は効力を発する。
②前項にかかわらず、甲が決定して乙にその旨通知した第三者(以下「判定者」という)によって、甲の意思能力が後見人を必要とする程度に衰えたと判定されたときには、判定者は甲に代わってその判断結果を乙に書面にて通知するものとし、この通知が乙に到達した日からこの契約は効力を発する。
③前項の判定者が乙に通知する判断結果を記した書面には、判定の客観的な根拠、理由が記載されなければならない。
④甲及び乙は、本条第2項の判定者の決定に関する合意内容を記した覚書を別途作成し、甲、乙、判定者がこの覚書に署名、押印するものとする。

第2条~第4条(信託目的、信託期間、受益者並びに受益者死亡後の信託財産の帰属)
(省略)

第5条(信託不動産の公示)
甲及び乙は、この契約締結後、第1条に基づきこの契約が効力を発したとき直ちに信託不動産について信託に因る所有権の移転の登記を行うものとし、これに要する費用は甲が負担する。
なお、甲と乙とは協議して予め本条に定める登記に必要となる手続きの甲の代理人を決定し、甲と当該代理人とは予め本条に定める登記に必要となる手続きに関する代理契約を締結するものとする。

第6条~第23条(共同受託者の代表者、共同受託者における代表者の順位、金銭等の追加信託、資金の借入、管理運用方法、処分方法、信託不動産の瑕疵に関する責任、善管注意義務、訴訟義務の免責、信託元本、信託収益、諸費用の負担、積立金等、金銭の運用方法、信託の計算及び収益等の交付、信託財産の処分による費用充当、信託契約の解約、信託の終了)
(省略)

第24条(甲の意思能力回復による信託の終了)
①第1条第2項の定めによりこの契約が効力を発した場合において、効力を発した後に甲の意思能力が回復したときは、甲が乙にその旨を通知することにより、信託を一旦終了させることができる。
②前項の甲の通知が乙に到達したときをもって、第1条第2項の定めによりこの契約が効力を発したことにより開始した信託は終了する。
③前項により信託が終了したときは、甲及び乙は信託抹消の登記を行うものとし、信託財産は第25条の定めに準じて受益者に交付されるものとする。
④本条により信託が終了した場合には、この契約が効力を発する前の状態に戻る(この契約は消滅しない)ものとし、以降は、第1条の定めが適用されるものとする。

第25条~第31条(終了に伴う信託財産の交付、信託報酬、受益権の譲渡・質入、受益権の分割、受益権証書の不発行、定めのない事項、管轄裁判所)
(省略)

5.条文に関する解説

(1)当該停止条件の成就又は当該始期の到来(第1条第1項、第2項)
後掲する信託法第4条第4項の定めに従って、「信託は、信託行為に停止条件又は始期が付されているときは、当該停止条件の成就又は当該始期の到来によってその効力を生ずる。」のですから、第1条にこれを具体的に記載しました。
 「甲さんの意思能力が衰えるまで、信託の効力は停止される」のが甲さんの趣旨ですが、表現のやり方としては、この契約の効力を発する始期を明示する形となっています。

(2)「判定者」の定め(第1条第4項)
甲さんが自ら乙に通知をすることなく、認知症になってしまった場合など、意思能力が著しく衰えてしまったときに、信託が開始されなければ、甲さんの趣旨は生かされません。そこで、予め「判定者」を置く定めをして、甲と乙と判定者がそのことに同意したことを証する「覚書」を三者で作成することにしています。この判定者が乙に通知することで、信託が発動できるわけです。

(3)判定の客観的根拠・理由を必要的記載事項とする定め(第1条第3項)
甲さんの意思能力の欠如の基準を「甲の意思能力が後見人を必要とする程度に衰えたと判定されたとき」と第2項に定め、この判定の客観的根拠、理由が示されることを、判定者から乙への通知における必要な手続きとして明示しています。

(4)信託不動産の登記手続き(第5条)
信託の効力が発すると同時に、信託不動産の所有権の移転の登記を行うことを定め、信託契約は諾成契約であるけれども、速やかに要物性を満たす手順を規範として明示しています。特に、不動産においては、信託財産の分別管理の観点からも、信託法は登記を要請しています。

(5)甲の意思能力回復による信託の終了(第24条)
甲さんの追加の要望に応えて、運良く、一度失った意思能力が回復した場合は甲さんに信託財産は戻されて、再び、甲さんが事業当事者に復帰できる道を示しました。
この場合であっても、「この契約が効力を発する前の状態に戻る(この契約は消滅しない)ものとし、以降は、第1条の定めが適用されるものとする。」と定めて、信託は終了するが契約は消滅せず、復帰後もこの契約の第1条の状況に戻るのであることを明示しました。

6.要物性に関する議論について

 信託は「モノを信託」しなければ意味がないので、信託の要物性については広く認められているところです。すなわち、新たな信託法により、信託契約が諾成契約であると整理されたからと言って、空っぽの信託、信託財産が生じない信託が認められるわけではないのです。実務的な観点、とりわけ資産の証券化を目的とする信託を視野に入れて、信託は諾成的スキームとして認められたのであって、それ以上のものではないと解されるべきでしょう。
 信託法の第4条第1項は、信託行為が契約によるものであるとき、委託者となるべき者と受託者となるべき者との契約締結で効力を生ずると明示していますから、旧法において議論のあった「信託契約は諾成契約か要物契約か」については、はっきりと諾成契約であると整理されました。したがって、契約締結により、契約関係における権利義務や債権債務関係は成立すると考えられます。しかし、委託者から受託者への財産権の移転がなされていない間は、信託財産がまだ生じていないのですから、信託財産にまつわる効力はまだ生じていないと考えるのが妥当かと考えられます。契約により信託の形(ストラクチャー)は構成された(法的に有効である)が、中身(信託財産)がまだ入っていないという状態が存在することが認められたという事であって、いつまでも中身が入らない、最後まで中身が入らないで信託が終了したというのでは、そもそも信託の意味がないと言っていいでしょう。
 そこで、この中身のない「空白の信託」の時間に事件が起きた場合の法的な解釈(事件に関係する当事者間の責任など)については、様々な見解があり、議論の分かれるところとなっています。本事案は効力発生の時点がはっきりしていますが、いわば「信託の予約」のようなケースでは、様々な解釈論が展開される余地があることに留意すべきです。

【信託法の参考条文】
(信託の方法)
第3条 信託は、次に掲げる方法のいずれかによってする。
 1 特定の者との間で、当該特定の者に対し財産の譲渡、担保権の設定その他の財産の処分をする旨並びに当該特定の者が一定の目的に従い財産の管理又は処分及びその他の当該目的の達成のために必要な行為をすべき旨の契約(以下「信託契約」という。)
を締結する方法
 2 特定の者に対し財産の譲渡、担保権の設定その他の財産の処分をする旨並びに当該特定の者が一定の目的に従い財産の管理又は処分及びその他の当該目的の達成のために必要な行為をすべき旨の遺言をする方法
 3 特定の者が一定の目的に従い自己の有する一定の財産の管理又は処分及びその他の当該目的の達成のために必要な行為を自らすべき旨の意思表示を公正証書その他の書面又は電磁的記録(電子的方式、磁気的方式その他人の知覚によっては認識することができない方式で作られる記録であって、電子計算機による情報処理の用に供されるものとして法務省令で定めるものをいう。)で、当該目的、当該財産の特定に必要な事項その他の法務省令で定める事項を記録し又は記録したものによってする方法

(信託の効力の発生)
第4条 ①前条第1号に掲げる方法によってされる信託は、委託者となるべき者と受託者となるべき者との間の信託契約の締結によってその効力を生ずる。
②前条第2号に掲げる方法によってされる信託は、当該遺言の効力の発生によってその効力を生ずる。
③前条第3号に掲げる方法によってされる信託は、次の各号に掲げる場合の区分に応じ、当該各号に定めるものによってその効力を生ずる。
 1 公正証書又は公証人の認証を受けた書面若しくは電磁的記録(以下この号及び次号において「公正証書等」と総称する。)によってされる場合 当該公正証書等の作成
 2 公正証書等以外の書面又は電磁的記録によってされる場合 受益者となるべき者として指定された第三者(当該第三者が2人以上ある場合にあっては、その1人)に対する確定日付のある証書による当該信託がされた旨及びその内容の通知
④前3項の規定にかかわらず、信託は、信託行為に停止条件又は始期が付されているときは、当該停止条件の成就又は当該始期の到来によってその効力を生ずる。

(2020年6月執筆)

執筆者

澁井 和夫しぶい かずお

世田谷信用金庫顧問

略歴・経歴

三井信託銀行(株)(現・三井住友信託銀行(株))入社後、不動産開発部長兼不動産鑑定部長を最後に退社、その後㈱鑑定法人エイ・スクエアを設立し、取締役副社長を務め、(社)日本不動産鑑定協会(現公益法人日本不動産鑑定士協会連合会)主任研究員を経て、世田谷信用金庫顧問に至る。 世田谷信用金庫では、2007年6月のコンサルティング・プラザ玉川(最寄駅:東急田園都市線「二子玉川駅」)開設を機に、信託・不動産に精通するスタッフを投入して、高齢者の不動産を主とした資産の管理に、信託スキームを提案するコンサルティング業務を手がけるなど、金融界における民事信託の先駆者でもある。
不動産鑑定士、資産評価政策学会理事。

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