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相続・遺言2020年04月09日 民事信託こぼれ話 第5話 ご夫婦で受託者となった不動産開発運用型民事信託~複数受託者の合有~ 民事信託特集 執筆者:澁井和夫

1.相談の経緯

 東京都区部に居住する甲は、かつて味噌づくりの工場を経営していた旧家一族の一員です。甲は味噌づくりの工場敷地であった大規模な土地を保有している叔母のもとに、夫婦養子として入籍しました。叔母は実子がいないので、相続した夫の財産を次世代に引き継ぐために一族の中から甲夫妻と養子縁組をしたのです。
 不動産の所有者である叔母(以下「養母」と言います。)と甲は、広大な工場跡敷地を一定のブロックに区分しながら、ブロックごとに個性的な特徴のある複数の賃貸用建物を建設し収益不動産として運用するとともに、不動産管理会社を設立して資産管理を行ってきました。
 独自性と稀少性を狙って、自生していた天然木などの自然環境を残しながら、これに調和する静謐な佇まいを備えた知的でアートな、創造性豊かな集合空間を再生することをコンセプトとし、ブロックの集合体である全体的な開発計画について、旅館等の再生で実績のある設計者を起用して時間をかけて練ってきました。
 しかし、寄る年波で養母の健康状態はすぐれず、一方、資産活用の最終大規模プロジェクトには、計画・実行を含めまだ3年ほどの時間が必要と判断されました。
 そこで、養母の意思能力が衰えてしまうことがこのプロジェクトの完遂の障害となるおそれも懸念されることから、養母を委託者とし、このプロジェクトの対象地を主たる信託財産とする民事信託を組成する方針を固め、民事信託コンサルの実績のある世田谷信用金庫が信託事業資金融資も含め相談を受けることになりました。

2.受託者をご夫婦とする要望

 (1)受託者が2人以上ある信託の特例に関する重要な条文
 この民事信託の組成に関する要望として、甲から示されたのが「信託受託者を甲と甲の妻の2人とすること」でした。つまり、夫婦養子縁組の趣旨を踏まえて、何事も2人でワンセットで事に当たってきた経緯があり、これを崩すことはできないし、養母も2人で引き受けてもらうことにこだわりがあるというのです。
 そこで、相談者は、複数の受託者の民事信託の問題点を整理することにしました。
 信託法では、「第3章 受託者等」の中に、「第6節 受託者が2人以上ある信託の特例(第79条~第87条)」を設けています。このことは、信託関係において、受託者は1人であることを基本としつつも、受託者が2人以上ある場合も特例として認めていることを表しています。
 実務上、重要と思われる条文は次のとおりです。

【参考条文】
(信託財産の合有)
第79条 受託者が2人以上ある信託においては、信託財産は、その合有とする。
(信託事務の処理の方法)
第80条 受託者が2人以上ある信託においては、信託事務の処理については、受託者の過半数をもって決する。
2 前項の規定にかかわらず、保存行為については、各受託者が単独で決することができる。
3 前2項の規定により信託事務の処理について決定がされた場合には、各受託者は、当該決定に基づいて信託事務を執行することができる。
4 前3項の規定にかかわらず、信託行為に受託者の職務の分掌に関する定めがある場合には、各受託者は、その定めに従い、信託事務の処理について決し、これを執行する。
5 前2項の規定による信託事務の処理についての決定に基づく信託財産のためにする行為については、各受託者は、他の受託者を代理する権限を有する。
6 前各項の規定にかかわらず、信託行為に別段の定めがあるときは、その定めるところによる。
7 受託者が2人以上ある信託においては、第三者の意思表示は、その1人にすれば足りる。ただし、受益者の意思表示については、信託行為に別段の定めがあるときは、その定めるところによる。
(信託事務の処理に係る債務の負担関係)
第83条 受託者が2人以上ある信託において、信託事務を処理するに当たって各受託者が第三者に対し債務を負担した場合には、各受託者は、連帯債務者とする。
2 〔省略〕

(2)合有
 先ず、問題点の1つ目が、信託財産の所有形態が、信託受託者ご夫婦の「合有」となることです。このことは、信託法に明記されており(第79条)、他の所有形態、例えば「共有」などは認められません。金融実務においても、「合有」の取扱いは滅多にありません。   
要するに前例のない、事務取扱手続などに定めのない権利形態を取り扱わねばならないことになります。
合有というと、組合財産を組合員が合有しているケースが思い浮かびますが、複数の信託受託者による信託財産の合有も、これと同様の概念と捉えることができます。
 本件の場合、信託受託者として実際に主導的に事務を行うのは甲であり、甲の妻は特段甲氏の主導する信託事務に異論を唱えることがないことが、面談を通じて確認できました。そうであれば、信託受託者が2人であることにより生じるリスクはほぼないものと考えました。また、信託の事務処理については、次に述べるように信託契約の中に別段の特約を置くことで、対応できると考えました(後掲【信託契約参考条文】第8条なお書)。
そこで、例のないことですが、信託受託者2名の民事信託契約を作成、締結していただきました。
ところが、登記の手続において、予期せぬことが起きました。登記の電磁的なシステム上「合有」の登記が技術的に受入れ不能なことが分かったのです(現在では改良され、そのようなことはないと思います。)。どのようなことかというと、システム上単独所有でない場合、すなわち共有を意味しているわけですが、単独所有でない場合は必ず持分を入力しないとエラーになり、入力できなかったのです。合有は持分の概念がありませんから、単独所有でないものの持分は表示のしようがないのです(不動産登記令3条9号参照)。
 このため、信託登記手続に手間取り、時間がかかりました。不動産に関する「合有」の登記がいかにレアであるかを如実に表すこぼれ話でした。

(3)信託事務の処理の方法
 信託法80条に、特例的な取扱いである複数受託者の場合の「信託事務の処理方法」が定められています。本件信託受託者となる甲夫婦は、これに従うことになります。
この中で、第1項に、過半数の決議が示されています。夫婦の片方が反対すると、受託者2人の場合、過半数に満たないので、信託事務は決定できず、実効性を失ってしまいます。
この点につき、甲夫妻に意思確認を行ったことはすでに述べました。さらに次の規定を用いることで、より円滑な信託事務の確保が達成できるようになります。
 それは、第6項で「前各項の規定にかかわらず、信託行為に別段の定めがあるときは、その定めるところによる」とされているところです。この規定が使えるので大分気が楽になりました。信託契約の中に2人の受託者の関係や役割を定めておけば、それに従って、信託事務を処理していけるのです。
具体的に本件では、甲を「代表受託者」とし、対外的な信託事務は代表受託者が単独でできる(妻の受託者の権限も代理する)ように明示しました。おふたりが顔を揃えなくとも、甲が1人でいろいろな対外的な契約事務ができるようにしました。
【信託契約参考条文】
第1条~第7条 〔省略〕
第8条(管理運用方法)
第1項~第5項本文 〔省略〕
 なお、乙(信託受託者)のうちB1が乙の代表者として信託事務に関する意思決定及び執行を行い、信託法第80条第7項に定める第三者の意思表示に対応するものとし、乙のうちB2はB1の意思決定及び執行に従って信託事務を補助する。
(注)B1が甲、B2が甲の妻

(4)信託受託者の債務負担
 ところで、この信託は超高齢者の養母の意思能力が著しく衰えてしまうことに備えて、そうなる前に民事信託を活用し、養母の名義の不動産の所有権を信託受託者に移転して、不動産資産の開発運用事業を信託受託者の名のもと、信託事業として遂行しようとするものですから、この事業資金を信託財産の裏付けとして(信託勘定として)借り入れることが初めから視野に入れられています。相談者としても、融資を含めた信託事業全体を把握してコンサルティングを展開していきました。
 そこで、留意しておかねばならないのが、信託債務に関する信託法の規定です。信託法83条には信託事務の処理に係る債務の負担関係について、「受託者が2人以上ある信託において、信託事務を処理するに当たって各受託者が第三者に対し債務を負担した場合には、各受託者は、連帯債務者とする。」と定められています。
これは、信託契約の定めにより、甲が代表受託者として意思決定及び執行した借入れにより生じた信託債務について、妻は信託法により連帯債務者と定められているということです。各受託者が、信託財産を合有していることと平仄を合わせて信託債務については連帯債務として責を負うというわけです。債権者にとってみると、取扱いしやすい定めです。

3.あとがき

 本件信託事業は、委託者である養母が事業完成を待たずして施設で亡くなりましたが、相続人である甲夫妻がこれを引き継いで完成させました。建物は4棟から構成され、年間総家賃は1億円に達する大プロジェクトでした。信託残余財産は、すべての土地・建物について持分2分の1ずつの甲夫妻固有の共有財産とされ、信託残余債務は2人の連帯債務として引き受けられました。夫婦の養子縁組の趣旨が保持されたまま、まさに夫唱婦随、一体で資産管理に当たっておられます。甲夫妻にはお子様が2人おられます。今後もまた、夫妻から次世代に資産は継承されていくことでしょう。その折にまた民事信託スキームの利用があるかもしれません。

(2020年4月執筆)

執筆者

澁井 和夫しぶい かずお

世田谷信用金庫顧問

略歴・経歴

三井信託銀行(株)(現・三井住友信託銀行(株))入社後、不動産開発部長兼不動産鑑定部長を最後に退社、その後㈱鑑定法人エイ・スクエアを設立し、取締役副社長を務め、(社)日本不動産鑑定協会(現公益法人日本不動産鑑定士協会連合会)主任研究員を経て、世田谷信用金庫顧問に至る。 世田谷信用金庫では、2007年6月のコンサルティング・プラザ玉川(最寄駅:東急田園都市線「二子玉川駅」)開設を機に、信託・不動産に精通するスタッフを投入して、高齢者の不動産を主とした資産の管理に、信託スキームを提案するコンサルティング業務を手がけるなど、金融界における民事信託の先駆者でもある。
不動産鑑定士、資産評価政策学会理事。

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