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相続・遺言2020年10月07日 民事信託こぼれ話 第8話(前編) 信託借入について 民事信託特集 執筆者:澁井和夫

 受託者の権限で借り入れた金銭は、信託財産として構成されます。これを信託借入といいますが、今回は「信託財産の中における借入」について記述していきます。前編では総論を、後編では実務的な論点の検討を予定しています。
 信託財産の中での借入を考えるとき、鍵となるのが信託法の次の条文です。大変重要な条文ですから、先ずは、条文の解説から始めましょう。

1.信託借入は、信託終了時にどのように処理されるのか?

信託法第181条(債務の弁済前における残余財産の給付の制限)
清算受託者は、第177条第2号及び第3号の債務を弁済した後でなければ、信託財産に属する財産を次条第2項に規定する残余財産受益者等に給付することができない。
ただし、当該債務についてその弁済するために必要と認められる財産を留保した場合は、この限りでない。
 関連条文
 (清算受託者の職務)
 第177条第2号 信託財産に属する債権の取立て及び信託債権に係る債務の弁済
    同第3号 受益債権(残余財産の給付を内容とするものを除く)に係る債務の 弁済
(1)原則として借入は信託財産を用いて弁済しなければならない。
   信託法第181条では、信託残余財産について最終的な整理を行う清算受託者は、原 則として信託借入を弁済してゼロにしないと、信託残余財産を信託残余財産受益者等に給付できないとされています。つまり、借金ナシのかたちに整理してから、信託残余財産を受取る権利のある者に引渡しなさいと言っているのです。
   ここで、信託残余財産を受取る側に立ってみると、借金付きで引き渡されても面倒くさい、借金の清算をして、負の財産の要素のない正の財産だけにしてから渡してくれと言いたいでしょう。そのように、財産を受け取る側に負担が生じないようにするのも、信託財産を管理運用してきた受託者(終了時は清算受託者となる)の責任であると定めているのです。当然のように思いますね。きれいにしてから引渡せと。
   ところが、次のような場合はどうでしょう。信託財産である建物が古くなり劣化してしまったので、受託者は信託建物の価値を維持するため大規模修繕をした、その資金を信託財産である土地・建物を担保に調達した。経済合理的な行動です。その結果、信託債務が生じ、これを完済できないうちに信託期間が満了したとすると、受託者は債務弁済のため、信託土地、建物を売却しなければならないのでしょうか。
   あるいは、賃貸アパートを信託した受託者が賃料の下落を防除するため、模様替えや新たな設備の追加をしようと当該アパートの土地・建物を担保に資金調達した場合、同じような事態が生じたら、このアパートを処分して信託債務をゼロにしなければならないのでしょうか?このことは合理的と言えるでしょうか。どちらの場合も、信託不動産をそのままにして債務負担付きで残余財産受益者等に引渡すほうが得策とは言えないでしょうか?
   そのような選択肢を残すため、条文には、ただし書きが付いています。
   「ただし、当該債務についてその弁済するために必要と認められる財産を留保した場合は、この限りでない。」です。
   まあ、ケースバイケースとは言え、信託財産の債務負担付き引渡しは認められてい るわけです。
(2)ただし書きのケースに該当するか否かの判断はどうするか?
   では、この判断は誰がどのようにするのでしょうか。ちょっと揉め方について想像してみましょう。受託者は「当該債務についてその弁済するために必要と認められる財産を留保した」と主張し、信託残余財産の給付を受ける側は「当該債務についてその弁済するために必要と認められる財産を留保していない」と主張した場合が頭に浮かびます。この場合、争いとなれば法的な手続きを通じて、多分、不動産鑑定士の鑑定作業により、「当該債務についてその弁済するために必要と認められる財産を留保している」かどうか判定されることになるでしょう。筆者は幸いにしてこのような場面には出会っていませんが、この争いは信託法に照らして違反していないかの司法上の判断になると思われます。判例などが積み重なってくれば、判断の基準などが熟してくるでしょう。
(3)税務の判断はどうなるのか?
   ところで、信託借入は税務上信託受益者の借入とされ、委託者兼受益者が親で受託者が息子のようなケースでは、息子が信託受託者として借入をしても、税務上は親の債務となることはすでに説明しました。これが相続財産の圧縮に効果があることが、民事信託組成の一つのメリットです。
   そこで、信託組成の前に念を押す意味で、「信託財産の中で受託者が借入をした場合、この借入が相続時に負の相続財産に加算されるか」と予め税務当局に尋ねたとした場合、明確な答えは得られるでしょうか?尋ね方にもよるかもしれませんが、「一概には判断できない。」という答えにならざるを得ないと思います。
   というのも、そもそも信託法第181条には、「債務弁済後の給付」が原則とされているのですから、相続される財産の中にこの債務が含まれていないことになります。
   一方、ただし書きに該当する場合には、法的に争われる余地があるのですから、確定的な回答は控えられるでしょう。
   最後に、筆者が経験してきた民事信託の委託者兼受益者の相続事例は、すべて第181条ただし書きに該当したものばかりであり、信託借入は相続税の計算上負債に計上され、相続人は信託債務の引受をしているということを付言しておきます。

2.信託借入の弁済原資を信託財産に限定できるか?

 信託受託者としては、信託借入(信託債務)の尻拭いが自らの固有の財産に及ぶことは避けたいと考えるところです。一方、信託財産にお金を貸す側(信託債権者)は、信託財産だけで借入が弁済できないときは、信託受託者の財産からも弁済が受けられる方がリスクは小さくなります。当然のことながら、債務者側(受託者)と債権者側(金融機関)とで利害は対立することになります。
 そこで、信託法は第9章として「限定責任信託の特例」を用意しています。第216条から第247条までがそれに当たります。「限定責任信託」は、有効活用されていない資産を保持する者を委託者、資産の有効活用に有能な能力を保持する者(しかし信託財産の管理運用に無限責任を負いたくない者)を受託者とする信託の組成、すなわち、資産と運用技能のマッチングに有効な道を開こうとするものです。
 しかしながら、「限定責任信託」においては、信託受託者への貸出はいわばノンリコースローンとなり、信託債権者のリスクは高くなるのですから、その信託が「限定責任信託」である旨が明示されてないと困ります。そこで、「限定責任信託」は取引先に対する明示義務を信託法に定めています。

信託法第216条(限定責任信託の要件)
① 限定責任信託は、信託行為においてそのすべての信託財産責任負担債務について、受託者が信託財産に属する財産のみをもってその履行の責任を負う旨の定めをし、第232条の定めるところにより登記することによって、限定責任信託としての効力を生ずる。
② 以下略
   関連条文
   信託法第232条(限定責任信託の定めの登記)
  信託行為において第216条第1項の定めがなされたときは、限定責任信託の定めの 登記は、2週間以内に、次に掲げる事項を登記しなければならない。
  1 限定責任信託の目的
  2 限定責任信託の名称
  3 受託者の氏名又は名称及び住所
  4 限定責任に信託の事務処理地
  (以下略)

   信託法第219条(取引の相手方に対する明示義務)
  受託者は、限定責任信託の受託者として取引をするに当たっては、その旨を取引の相手方に示さなければ、これを当該取引の相手方に対し主張することができない。
(1)民事信託で限定責任信託を利用できるか?
   結論から言うと、親子間の民事信託にはなじまないと思います。主な理由は次のとおりです。
 ① 受託者が相続人である場合が多く、この場合、受託者がやがて信託残余財産を引き受ける立場にあることを考えると、限定責任信託にする意味が薄いこと。
 ② 限定責任信託を行うには、信託法により定められた義務等をクリアしなければならない負担が生じること。
 ③ 取引の相手方に、限定責任信託について理解を求めなければならないこと。 ただし、民事信託において限定責任信託の効用を否定するものではありません。我々が取扱う事案では、そのメリットを生かせるようなケースがあまり出てこないのではないかということです。
   ところで、定められた要件を備えず法的な効力を生じないにもかかわらず、民事信託契約に、「受託者は信託財産に属する財産のみをもってその履行の責任を負う」旨の定めをしている例を見たことがありますが、この契約の有効性については疑問のあるところです。少なくとも、取引の相手方に対しては効力を持たないでしょう。
(2)取引金融機関との関係
   限定責任信託の要件を備え、その旨取引の相手方に明示しない限り、当該信託が限定責任信託であることを主張できないのですから、信託受託者に対して融資をする金融機関は、この点を確認して取扱いを決めることになります。先に述べたように、限定責任信託であればノンリコースローンに準じた取扱いとなるでしょうし、そうでなければ、一般の融資(リコースローン)の取扱いとなるでしょう。後者の場合は、仮に信託財産に債務超過などの不測の事態が生じて弁済が滞った場合、受託者の固有の財産に訴求することが可能です。受託者はいわば信託債務の連帯保証人として、その債務の弁済に当たることになるでしょう。
 とは言え、これは前にも述べたことですが、金融機関は、信託借入が信託財産の中で弁済可能な範囲に留まるように留意して、融資の可否の検討をすべきです。

3.信託借入の弁済と受益者への配当給付の関係

 信託受益者と信託受託者とは、信託受益権の観点からすると、債権者と債務者の関係になります。一方、信託借入を行うと、融資を実行した金融機関と信託受託者とは債権者と債務者の関係になります。つまり、受託者にとって、受益権者と金融機関の両者とも債権者です。
そこで、受益者からは、受益権に応じて配当をよこせと債務の履行を請求され、同時に金融機関からは信託借入金の元利返済を迫られたとき、どちらを先にして債務履行をすべきでしょうか。
 これについて、信託法はその順位を定め、先ず金融機関へ返済を行い。残りから受益者に信託配当を行えばよいとしています。この法文のおかげで、金融機関の信託受託者への貸出しリスクは軽減されていることになります。
 なお、世田谷信用金庫が融資をする場合には、念のため、民事信託契約の中に、借入金の弁済が信託配当の給付に優先することを確認する条文をいれていただいています。

信託法第101条(受益債権と信託債権の関係)
受益債権は、信託債権に後れる。

(2020年10月執筆)

執筆者

澁井 和夫しぶい かずお

世田谷信用金庫顧問

略歴・経歴

三井信託銀行(株)(現・三井住友信託銀行(株))入社後、不動産開発部長兼不動産鑑定部長を最後に退社、その後㈱鑑定法人エイ・スクエアを設立し、取締役副社長を務め、(社)日本不動産鑑定協会(現公益法人日本不動産鑑定士協会連合会)主任研究員を経て、世田谷信用金庫顧問に至る。 世田谷信用金庫では、2007年6月のコンサルティング・プラザ玉川(最寄駅:東急田園都市線「二子玉川駅」)開設を機に、信託・不動産に精通するスタッフを投入して、高齢者の不動産を主とした資産の管理に、信託スキームを提案するコンサルティング業務を手がけるなど、金融界における民事信託の先駆者でもある。
不動産鑑定士、資産評価政策学会理事。

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