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相続・遺言2020年08月19日 民事信託こぼれ話 第7話 農地の信託~農地を転用し有効活用することを目的として~ 民事信託特集 執筆者:澁井和夫

1.相談の経緯

 甲は、複数区画の田畑や山林、果樹林を持ち、国道沿いの土地には賃貸アパートを保有し、その他にも古くからの貸地や貸家を数か所所有管理している不動産賃貸業を兼業とする農家ですが、甲の二人のご子息は、いずれも東京在住のサラリーマンで、二人とも、東京の本拠を引き払って将来甲の所有地に戻る計画はありません。
 また、甲はこのところ体調がすぐれず、農業は甲の妻が野菜作りのみを細々と続けている状況で、甲自身は車で10分程離れたケア付きの高齢者施設に入所することを決めました。したがって、ご自宅には、甲の妻の一人住まいとなります。
 このような状況を踏まえて、甲の長男(乙)は相続を視野に入れつつ、資産の有効活用と整理に着手しなければならないと考え、知り合いの弁護士に相談したところ、甲の財産を民事信託により引受け、その後、いろいろと計画を練っていったらよいのではないかとの提案を受けました。ただ、その弁護士も民事信託の業務経験がなかったので、当庫(世田谷信用金庫)に相談することになったのです。
 甲は、様々で煩雑な手続きを自身で実行するのは困難と考え、乙から紹介された弁護士を代理人に選任し、民事信託契約の作成、締結とそのあとの事務処理を任せることにしました。そこで、甲、弁護士(甲の代理人)、世田谷信用金庫の三者で、民事信託のスキームを活用して、甲の所有資産の活用や組替え、処分整理をプランニングしていくことになりました。
 甲を委託者兼受益者、乙を受託者、弁護士が信託監督人となる仕組みで、相続を見据えて信託の設計を進めました。
ここで、問題となったのが、信託における農地の取扱いです。農地は、農地法により所有権の移転について制約があります。所有権移転ができないと委託者から受託者へ信託財産に組み込もうとする不動産の名義移転ができません。農地のままでは信託できないのです。信託を原因とする所有権移転の前提として、農地の転用が不可欠なのです。
 

2.一部停止条件付民事信託

 そこで、不動産利用の現況を確認するとともに、登記上の地目を把握しました。すると、ご自宅の土地については、建物が建っているにもかかわらず地目は畑であったり、ご自宅の家屋については、相続登記が未了で、亡くなった甲の父上のままとなっているなど、様々な問題点が明らかになりました。
 先祖代々承継してきた不動産であるだけに、変更の登記が未了であることや、現況の利用と地目が不一致の土地など、信託契約を締結する前に解決すべき課題も見つかりました。乙もこれまで甲の不動産管理に立ち入ったことがなかったので、驚くことも多かったのです。
 今後の利活用や整理を考えていくうえで、いずれにしろこれらの課題は解決を要します。今回の民事信託を契機に、一気呵成に課題解決に取り組みました。幸いにも、甲がもともと地元農業委員会の重鎮であったこと、弁護士の手際の良さもあって、思っていた以上にスムーズに事案の処理が進みました。
 ところで、民事信託契約の作成に当たっては、農地の転用、地目変更の完了を待たず、信託財産とされるべき甲の財産を包括的に信託契約の対象として列挙しました。そして、信託を原因に所有権移転登記ができない土地については、農地転用手続等が終了するまでは、効力を停止する表現としました。その案文は次の通りです。

【信託契約の案文】
〇信託目的に関する条文
第3条
この信託の目的は、甲の生涯を通じて、甲にとって必要となる生活・介護・療養の資金及び費用を確保するため、乙が次の各号の事項を行うことを目的とする。
(1)信託金については、甲のために不要不急の支払いを防除し、信託目的達成のために支弁し、または安全に管理運用すること。
(2)信託不動産については、相続人である次世代親族に安全・円滑に承継すべく、法務・税務の観点から財産価値の維持向上に努め、有効活用を図ること。具合的には、乙は、次に掲げる瀬策を行うことができる。
 ①信託建物の取り壊し、建替えまたは信託不動産の等価交換などによる管理運用。
 ②信託不動産の処分または買換え。
 ③信託不動産を担保に供して融資を受ける資金調達。
 ④信託財産に組み入れる新たな不動産の取得。
 ⑤その他、信託財産の価値の維持、向上または安全・円滑な承継に資する行為。

〇信託不動産の公示と停止条件を示す条文
第6条
甲及び乙は、この契約後遅滞なく、信託不動産について、信託を原因とする所有権移転の登記を行う。
2 乙は、前項の登記と同時に、信託の登記を行う。
3 信託土地のうち地目が田または畑である土地については、当該農地の転用手続が完了し地目が変更されるまでの間、この契約の効力は停止される。
4 前3項の手続に要する費用は、甲が負担し、または乙に信託財産から支弁させる。

3.信託事業の展開

 甲の所有地には地目で見ると、田、畑、山林、雑種地、果樹林、宅地と様々な用途の土地が含まれます。信託事業では、相続を視野に入れつつ、将来性を見据えながら順々に用途の転用による有効利用や資産の分類、整理を進めていくこととしました。
 先ず、お一人住まいとなる乙の母上(甲の妻)の住みやすい住居の確保と、自宅敷地の有効活用を考え、自宅の取り壊しと、そのあとに賃貸物件と新しい自宅を建築することから、着手しました。これから、3年程度の期間をかけて、複数個所に散らばっている信託不動産の活用と整理を展開していきます。
 筆者も農地に関していろいろ勉強になりました。そもそも、農地とはどのようなものを農地というのか?。農地の定義を考えるとなかなか難しいところがあります。そのことについて、末尾にコラムとして掲げましたので参考にしてください。
 なお、農地の転用、権利移転に関することについては、基本的に農地法の3条から5条に規定されています。

【コラム】 農地か農地でないかの基準

 農地法では、農地とは「耕作の目的に供されている土地」と定義されているのですが、これは農地の本質を端的に表しているとは言え、この定義に照らして問題となる土地が農地か否かを判定するのは、実際には難しい場合があります。しかし、農地の判定を巡って、多くの判例が積み重ねられており、おおむね次のような基準が生まれていると言えるようです。

①客観的事実の状況で判定する
 地目が田や畑でも実際には宅地として利用されている場合は、農地とは言えません。この場合、農地転用がなされているのに地目変更がなされていない場合と、無断で農地を転用してしまっている場合とが考えられます。反対に、登記地目が雑種地等でも、事実上耕作されている場合は農地と判定されます。ただし、一時的な事実状態だけで農地と判断されるものではなく、逆に、何らかの理由で休耕地となっていても農地と判定されます。客観性がなければならず、その土地の所有者や使用者が、農地として利用したいと思っているなどと主張しても、その主観的な意思があることだけで、農地と判定できることにはなりません。さらに、一時的な利用で家庭菜園としていたり、一坪農園的なものは農地ではありません。

②作物の種類は判定基準にはならない
 作物の種類はコメ、麦、野菜が太宗を占めますがこれに限りません。ハス、タケノコ、ワサビであってもこれを栽培していれば農地です。植林のための木の苗を育苗している場合も農地と判定されます。

③肥培管理の事実も一基準とされる
 土地を耕し、肥料をまいている事実がある場合、作物を栽培していれば、その土地は農地と判定されます。竹林で、たまたまタケノコを採取している程度では、農地とは言えません。

(2020年8月執筆)

執筆者

澁井 和夫しぶい かずお

世田谷信用金庫顧問

略歴・経歴

三井信託銀行(株)(現・三井住友信託銀行(株))入社後、不動産開発部長兼不動産鑑定部長を最後に退社、その後㈱鑑定法人エイ・スクエアを設立し、取締役副社長を務め、(社)日本不動産鑑定協会(現公益法人日本不動産鑑定士協会連合会)主任研究員を経て、世田谷信用金庫顧問に至る。 世田谷信用金庫では、2007年6月のコンサルティング・プラザ玉川(最寄駅:東急田園都市線「二子玉川駅」)開設を機に、信託・不動産に精通するスタッフを投入して、高齢者の不動産を主とした資産の管理に、信託スキームを提案するコンサルティング業務を手がけるなど、金融界における民事信託の先駆者でもある。
不動産鑑定士、資産評価政策学会理事。

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