カートの中身空

閲覧履歴

最近閲覧した商品

表示情報はありません

最近閲覧した記事

一般2010年07月01日 上海の成熟した喧噪と法意識の違い 日本人弁護士が見た中国 一般社団法人日中法務交流・協力日本機構からの便り 執筆者:菅原哲朗

 新華路から中山西路へ、交差点で停車する我々のタクシーは赤信号が青に変わるのをジリジリと待つ。10秒・5・4・3秒と数字が減るに従って隣車線の黒塗りの乗用車とタクシーはブレーキを緩めて徐々に頭が動き出し、2秒・1・0・青信号とともに一斉にアクセルをふかす。我先に頭を突っ込み、渋滞を蹴散らすように次々にクラクションを鳴らす。ここに「歩行者優先のルール」はなく、車社会・上海の現実だ。
 タクシーの運転手と外国人乗客とのトラブル予防に英語と日本語の案内が後部座席に掲示されている。懇切丁寧な記載で「運転手と言葉が通じなかったら、相談無料の上海コールセンター962288までお電話下さい。」との危機管理対策だ。
 万博会場は、鉄柵だらけで、暑い日差しの下、バスに乗った全国からの団体ツアー客の時間待ちの列であふれている。
 中山公園駅へ地下鉄2号線に乗るため歩く。世界博覧会(略して、「世博」で、つまり「万国博覧会」だ)の期間は地下鉄が混んでもやむを得ない。自動切符売場から改札口に入るため、肩にかけた手荷物を下ろし、改札口の混雑をかき分けて飛行場並のレントゲン検査機器のゲートを通す。上海市政府は特別警察のパトカーが目につくように、また世界博覧会のため地下鉄および高級ホテルのロビーに危険物発見のレントゲン検査機器をあちこち配置した。

 上海在住中国人にとって都市戸籍と農民戸籍の身分差に加え、上海市民の貧富の差も甚だしくなった。あたかも物理・化学の実験のように、中国では市民社会の危機管理のため自然科学だけでなく社会科学も実験できる。有効にシステムが働けば、暫定ルールが法になる。
 上海では社会ルールを新設し、つねに実験している。デパートやエスカレーターの地下鉄の手すりに「請左行右立文明乗梯」「世博天地・左行右立」と大書されている。
 永年の習慣は、「常識」として頭脳に入る。もともと車も来ないのに赤信号に従い、横断歩道で青信号に変わるのをジット待つのは日本人だけらしい。これも潜在意識に日本のルールが染み込んでいるため無意識のなせる技だ。
 北京から東京の大学にきた留学生が、新宿駅前の広い道路を渡ろうとして2、3歩進んで自分一人であるのに気づいた。慌てて歩道に戻り、カルチャーショックを受ける。
 白線で表示された横断歩道以外のところから誰もわたらない。しかも300人余りの群衆が歩道に佇み、赤信号が青信号に変わるまで、忍耐強く待っている。青信号に変わると整然と群衆が流れていく。そうだここは日本だ、交通ルールを厳格に守らなければガイジン(外人)だ、と言われる。
 日本の日常生活の行動の中に、社会常識として法律や規則を厳格に守るべきだとの意識が社会に息づいている。言葉で一々確認しなくても、自分は法律を守るし、全く知らない相手も法律を守るはずとの無意識の相互信頼が日本人同士にはある。
 社会資本たる上海のハードウエアは、超高層ビル・高速道路とリニアモーターや高級車で満たせる。しかし市民の心理たる常識というソフトウエアーは急速な近代化に追いつかない。中国と日本では法律を遵守する国民の意識が異なる。そこで上海市政府がルールの牽引車になる。右か左か、誰がルールを作るのか?

 東京では地下鉄のエスカレーターを歩く人のために右側を空けて左側に立つ。他方、大阪JR梅田駅のエスカレータの壁ポスターには「走るのは大変危険(赤字)です。歩かれるかたのため、左側をおあけ下さい。」と書いてある。つまり大阪では逆で、左側を急ぐ人が歩き、立つ人は右側だ。この違いは自然になされる。狭い日本でも地域差が生まれる。 社会ルールや習慣は日々生成流転している。戦争や死刑執行の正当性には様々な論議があるが、人類の歴史の中で、同じ同胞の命を奪う行為を「殺人」として禁止し、同じ仲間の財産を自分のものとする行為は「窃盗」だ。常識であっても、法として確認する。国家として人間をルールで縛るためには、違反者を処罰で強制して法という形式を取らざるを得ないのだ。法は最低限の道徳といわれる。常識の延長に「法」という見えざる枠がある。
 上海市政府は、どうも大阪万博を見習い、エスカレーターでも大阪ルールを採用したらしい。上海では「左側は歩け、右側は佇立しろ、これが文明だ」とルールを決めた。
 高度経済成長を続ける上海の成熟した喧噪は、世界の注目を集める世博が成功裏に終わるか、否か、落ち着き所を探しているようだ。

(2010年6月執筆)

一般社団法人日中法務交流・協力日本機構からの便り 全115記事

  1. 中国所在の不動産を巡る紛争と裁判管轄の問題
  2. 「老後は旅先で」~シニアの新しい生き方~
  3. 中国に出資しようとする外資企業に春が来た
  4. 「企業国外投資管理弁法」の概要
  5. 楽しさと便利さが、庶民の生活を作る。
  6. 中国会社法「司法解釈(4)」の要点解説
  7. 日本産業考察活動メモ
  8. 長江文明・インダス文明、再来の始まりを予感
  9. 中国国務院より「外資誘致20条の措置」が公布されました
  10. 中国の対日投資現状とトレンド(2)~中国の対日投資の論理とトレンド~
  11. 観光気分の危機管理
  12. 訴訟委任状に公証人の認証が必要か?
  13. 『外商投資企業設立及び変更届出管理暫定弁法』の解説
  14. 婚活は慎重に!とある中国人女性と日本人男性の事例
  15. 新旧<適格海外機関投資家国内証券投資の外国為替管理規定>の比較
  16. 中国では、今年から営業税から増値税に切り換え課税するようになりました。
  17. 土地使用権の期限切れ
  18. 過度な中国経済悲観論について思うこと
  19. 『中華人民共和国広告法(2015年改正)』の施行による外資企業への影響(後編)
  20. 203高地への道
  21. 中国大陸における債権回収事件(後編)
  22. 中国大陸における債権回収事件(前編)
  23. 訪日観光は平和の保障
  24. 大連事務所15周年&新首席代表披露パーティーを行いました
  25. 再び動き出した中国の環境公益訴訟
  26. 「国家憲法の日」の制定
  27. 中国独占禁止法
  28. 道路の渡り方にみる日中の比較
  29. 日本の弁護士と中国の律師がともに講師となってセミナー
  30. 日中平和友好条約締結35周年に思う
  31. 中国におけるネットビジネス事情
  32. 敦煌莫高窟観光の人数制限と完全予約制の実施
  33. 両国の震災支援を両国民の友好につなげたい
  34. 公共交通機関のサービス体制
  35. 「ありがとう」を頻繁に口にすることの効果
  36. 久しぶりの上海は穏やかだ
  37. 事業再編の意外な落とし穴
  38. 強く望まれる独禁法制の東アジア圏協力協定化
  39. いまこそ日本企業家の心意気を持って
  40. iPadに見る中国の商標権事情
  41. 人民元と円との直接取引がスタート
  42. 中・韓のFTA(自由貿易協定)交渉開始と日本
  43. 固定観念を打破し、異質を結びあわす閃きと気概
  44. 若い世代を引きつける京劇
  45. 大都市は交通インフラが課題だ!
  46. 杭州市政府の若手職員の心意気
  47. 13億4000万人を養う中国の国家戦略
  48. 「命の安全」を考える。
  49. 大連で労働法セミナーを開催しました
  50. 中国でも「禁煙」規定が発効
  51. 中国における震災報道から思う
  52. IT通信手段は、不可欠だ。
  53. 日本人は計画的?中国人は行きあたりばったり?
  54. 広州・北京に見るストライキ事情
  55. 商業賄賂で処罰
  56. 大連事務所は開設10周年を迎えました!
  57. 顔が見える交流
  58. 日本は人治、中国は法治?!
  59. 日本の公証人制度
  60. 充電スタンド建設の加速
  61. 上海の成熟した喧噪と法意識の違い
  62. 中国における日本人死刑執行の重み
  63. 中国の富裕層は日本経済の「救世主」か
  64. 日本に追いつき追い越せ/パートII
  65. 国際交流を望む中国研究者にとって日本は遠い国だ
  66. 「文化産業振興計画」の採択
  67. 国慶節に思う
  68. IC身分証明と在日外国人取締強化
  69. 「日本人は・・・・・」「中国人は・・・・・・・」
  70. 中国の携帯電話産業
  71. メラミン混入粉ミルク事件
  72. 大連市の公証人役場
  73. 東北アジア開発の動きと長春の律師
  74. 循環型経済促進法の制定
  75. 北京オリンピックと私たち
  76. 四川大震災に想う
  77. 日・中企業間の契約交渉の実例
  78. 東アジア共同体
  79. レジ袋の有料化
  80. 通訳の質について
  81. 「中国餃子バッシング」に思う
  82. 中国の休日
  83. インドを見てから、あらためて中国を見る
  84. 日中韓の国境は障害を乗り越え、確実に近くなっている。
  85. 北京市の自転車レンタル事業から中国の環境政策を見る
  86. 福田首相と日中友好
  87. 上海の空、東京の空 四日市公害裁判提訴(1967年)から40年後の今に想う
  88. 物権法の制定過程
  89. 司法より行政に権力がある
  90. 中国の『走出去』戦略を読む
  91. 中国の環境問題
  92. 中国のオーケストラ
  93. 春節
  94. 「いじめ」は共通語だ!
  95. 中国を見る眼
  96. 最高人民法院を訪問しました
  97. 機内食のコップ あっという間の進歩
  98. 冷静な眼と暖かい心
  99. 自主的な総合的力量を備える
  100. 宴席は丸か四角か
  101. 「十一五」規画始動!
  102. 依頼人の人権擁護
  103. 身の安全
  104. 中国で「勤勉さ」を学ぶ
  105. 203高地や旅順口などの戦跡を訪れて思う
  106. 「ソウルで味わった韓流の逞しさ」
  107. 中国と日本の立法・行政・司法
  108. くれぐれも御用心
  109. 海外旅行は、法リスクの宝庫だ。
  110. 互いの理解
  111. 信頼関係の形成に向けて
  112. 中国憲法における「改革・開放」路線
  113. 苦情処理センターの効用
  114. 信頼できる中国人パートナーを得る
  115. 外国への進出と契約
  • footer_購読者専用ダウンロードサービス
  • footer_法苑WEB
  • footer_裁判官検索