一般2026年08月04日 「始皇帝モノ」は面白い。連載コラムその6 ─応用編⑶『ミーユエ 王朝を照らす月』の紹介─(法苑WEB連載第26回)執筆者:坂和章平 法苑WEB

(1)コラム3では、「始皇帝モノは面白い」応用編⑴として、『大秦帝国』シリーズ全4作、すなわち、①『大秦帝国』②『大秦帝国縦横=強国への道=』③『昭王〜大秦帝国の夜明け〜』④『始皇帝 天下統一』を紹介した。これらは秦の25代君主・嬴渠梁、26代・嬴駟、28代・嬴稷、30代・嬴子楚たち(27代・嬴蕩は3年のみ、29代・嬴柱は3日のみの在位)が、大胆な法治主義改革と衛鞅、呂不韋、李斯等の賢才の登用によって西方の野蛮な弱小国だった秦を強国化していく姿を、男たちの権謀術策や肉弾相撃つ戦争の数々、そしてその裏側にあるさまざまな政略結婚や恋愛・悲恋の中で描いた「歴史モノ」だった。
(2)続く、コラム4では、「「始皇帝モノ」は面白い」応用編⑵として『コウラン伝 始皇帝の母』(前半・1~38話)を紹介し、コラム5では、「「始皇帝モノ」は面白い」応用編⑵として、『コウラン伝 始皇帝の母』(後半・39~62話)を紹介した。そこでコラム6では、「「始皇帝モノ」は面白い」応用編⑶として、『ミーユエ 王朝を照らす月』(15年・全81話)(以下本作と略称)を紹介する。
(3)あなたは孫儷という美人女優を知ってる?鄭暁龍監督が『宮廷の諍い女』(11~12年)で起用し、本作で再びタッグを組んだ孫儷は上海テレビ祭マグノリア賞の主演女優賞を受賞!2020年に何の予備知識もなしに本作を観た私はたちまちその魅力にハマってしまった。本作は歴史モノとしても面白いが、羋月を演じた孫儷が大きな話題を呼んだ。始皇帝の高祖母(おばあさんのおばあさん)となる羋月は、女性初の摂政、宣太后として権力を振るうと共に、異民族の義渠王と浮き名を流した奔放な女性。本作は嬴駟(26代)から嬴蕩(27代)、嬴稷(28代)へと続く、秦の強国化時代を描いているが、その面白さにハマること必至!
私は本作を「始皇帝モノ」の一作と位置づけたが、「始皇帝モノ」を楽しむためには、①春秋戦国時代とは?戦国七雄とは?②合従(がっしょう)連衡(れんこう)とは?諸子百家とは?③商鞅(しょうおう)の法治主義とは?なぜ秦国は法治主義を?、という3つの基礎知識が不可欠だ。以下、1つずつ解説する。
(1)日本の戦国時代は、足利尊氏が1336年に開いた室町幕府の権威が低下し、守護大名に代わって戦国大名が台頭する中、15世紀末(1467年~77年の応仁の乱)から16世紀末(1568年の織田信長の上洛)まで続いたが、1600年の関ヶ原の合戦を節目として終了し、1603年に徳川幕府が成立した後は1853年のペリー来航まで約250年間も太平の世が続いた。しかし、周の没落を契機として始まった中国の春秋(BC770~403年)戦国(BC403~221年)時代は約550年間も続いたから大変だ。
(2)「戦国七雄」とは、秦、楚、斉、燕、趙、魏、韓の七国だが、その抗争と興亡のサマは『キングダム~戦国七雄』(コラム1)で紹介したとおりだ。
(1)司馬遼太郎の小説『関ヶ原』(66年)では、豊臣家の忠臣・石田三成が米沢藩・上杉家の家老・直江兼続と結んで関東にある徳川家康を挟み討ちにしようとする壮大な計略が興味深く描かれていたが、その原型(?)はすべて中国の戦国時代の合従(がっしょう)連衡(れんこう)にある。『三国志』では諸葛孔明が蜀の劉備に説いた「天下三分の計」が有名だが、「始皇帝モノ」では合従(がっしょう)連衡(れんこう)がキーワードだ。
(2)春秋時代には、「仁」「礼」を説く儒家の孔子、儒家に対立し、無為自然を説く老子、博愛を唱える平和主義者で非戦論の墨家等の「諸子百家」が登場したが、戦国時代に入ると、魏から秦に入って嬴渠(えいきょ)梁(りょう)に認められた商鞅(しょうおう)の「法家」をはじめ、「縦横家」と呼ばれるたくさんの外交術の専門家が登場し、戦国七雄の間を行き来してさまざまな同盟工作を展開した。合従の代表は蘇(そ)秦(しん)、連衡の代表は張(ちょう)儀(ぎ)だが、その他、楚には有名な屈(くっ)原(げん)もいる。ちなみに、これら「諸子百家」の源流は今なお謎多い人物、鬼(き)谷子(こくし)にあるから、『鬼(き)谷子(こくし)─聖なる謀─』(16年・全12話)も必見!
(3)戦国時代中期の七国の配置図(概略)は、次のとおりだ。
(4)「合従(がっしょう)連衡(れんこう)」とは、ことばの意味研究所が『四字熟語 合従連衡』で引用しているgoo辞書では「その時の利害に従って、結びついたり離れたりすること。また、その時勢を察して、巧みにはかりごとを巡らす政策、特に外交政策のこと」、「もとは中国戦国時代、蘇秦(そしん)の合従策と張(ちょう)儀(ぎ)の連衡策のことをいう」と解説されている。ちなみに、これは、第二次世界大戦後の「東西冷戦」の中、ソ連の西方への侵攻を阻止するため、ヨーロッパ各国が独・仏・英を中核として結成した集団安全保障体制(軍事同盟)たる「NATO」(北大西洋条約機構)とも共通する考え方だからビックリ!
(5)「合従」とは、西から急速に勢力を伸ばす秦に対抗するため、北から南へ縦に並ぶ趙、韓、魏、楚の四国と、趙・魏のさらに東にある燕、斉の六国が連合して秦に対抗しようとする考えだ。その代表的な「縦横家」である蘇(そ)秦(しん)は、まず燕を説得した後に趙に行き、続いて韓、魏、斉、楚の説得に成功。これによって彼は合従(がっしょう)連衡(れんこう)の長になるとともに、各国の宰相も兼ねたため、秦は15年間も出兵できなくなったからすごい。合従による集団安全保障体制の確立で秦からの脅威に対する抑止力の形成に成功したわけだ。ちなみに、蘇秦が六国の説得に使ったのが、「鶏のくちばしになるほうが、牛の尻になるよりもよい」という意味の四文字熟語「鶏口牛後」。このことわざを使って説得する蘇(そ)秦(しん)の口車(?)に六国(の王)はまんまと乗ったわけだが、問題はその継続性だ。
(6)他方、蘇(そ)秦(しん)と共に鬼(き)谷子(こくし)の下で学んだと言われている「縦横家」が張(ちょう)儀(ぎ)。羋(ミー)月(ユエ)の「良き友」として本作に登場する興味深いキャラの張(ちょう)儀(ぎ)は、秦で重用される中、まず、「蘇(そ)秦(しん)の主張する合従作は口先で成り立っているだけ」、「現実に燕と趙、斉と魏・楚は隣国同士で領土問題を争っているのだから、楚は秦と結んで燕を責めた方が良い(現実的だ)」と楚の懐王(羋(ミー)月(ユエ)の父・威王の子で21代楚王)に連衡策を主張。そして、「楚が斉との同盟を破棄すれば秦の領地600里四方を割譲する」と働きかけて斉との同盟を破棄させた上、秦と斉との同盟まで成立させたからすごい。これは今日でもずっと生き続けている「遠交近攻策」による各個撃破策だ。石田三成と直江兼続が立案した、徳川家康を東西から挟み撃ちにするという遠交近攻策は失敗に終わったが、張(ちょう)儀(ぎ)の楚に対する連衡の働きかけは見事に成功!これによって合従による六国の対秦同盟は破綻し、秦の強大化が一層進むことに。本作では、この張(ちょう)儀(ぎ)は羋(ミー)月(ユエ)との若き日の出会いから、彼女が28代・嬴稷(えいしょく)の摂政に就任する時代まで、節目毎に登場し、八面六臂の活躍をするので、その動静に注目!ちなみに、26代・嬴駟(えいし)は新たな官職として相邦(後の相国)を創設したが、その2代目の相邦に張(ちょう)儀(ぎ)が就任しているから、本作における彼の活躍は大きな見どころだ。
(1)米英を中心とする西欧型民主主義国の統治の基本は法治。露中の一党独裁型中央集権国に対して、法と民主主義に最大の価値を置いている。すると、BC3世紀に商鞅(しょうおう)が説いた「法治」はそれと同じ?司法試験を目指して「六法」を学び、「基本的人権の擁護と社会正義の実現」を目的とする「弁護士法」の下で弁護士業務を52年間も続けてきた私としては、さすがに「それは同じ」とは言えず、大いに異質なものを感じるものの、中国ではそんな昔から「人治」に対する「法治」の考え方(大系)が確立されていたことにビックリ!本作を通じてその内容をしっかり把握したい。
(2)商鞅(しょうおう)を一方の主人公とした『大秦帝国』(コラム1)では、全編を通じて、魏から秦に入った商鞅(しょうおう)が25代・嬴渠(えいきょ)梁(りょう)の後ろ盾を得て「変法」を強行していくサマがリアルに描かれていた。その導入部では、太子時代の嬴駟(えいし)が「商鞅(しょうおう)の法」に触れたため、その罰として追放されただけでなく、嬴駟(えいし)の傅役(もりやく)だった公子・嬴(えい)虔(けん)と教育係の公孫(こうそん)賈(か)が劓(ぎ)(鼻削ぎの刑)と刺青の刑に処せられる姿が描かれていた。そして、それをずっと恨んでいた嬴駟(えいし)は、嬴渠(えいきょ)梁(りょう)の死後、商鞅(しょうおう)に罪を被せ、商鞅(しょうおう)を車裂きの刑に処したから、嬴駟(えいし)はある意味でひどい王!?それに対して、『ミーユエ』中の嬴駟(えいし)は終始“いい男”として描かれているので、その対比にも注目。本作にみる嬴駟(えいし)は商鞅(しょうおう)は処罰したものの、法治主義の方針はそのまま維持することで国力を増強させていったから立派なものだ。
(3)商鞅(しょうおう)が唱えた「変法」の第1弾(BC359)はコラム1で紹介したとおり、①農耕奨励②軍功叙爵(軍功を挙げれば平民でも爵位を与える)③什伍の連座(十人組と五人組を設けて相互に監視させ、罪を犯せば連帯責任を)④旅客検問⑤私闘禁止。第2弾(BC350年)は①新田法②新国人法③新領土法だ。「改革」には既得権益を守ろうとする守旧派の抵抗がつきもの。そのことは「(古い体質の)自民党をぶっ壊す」と声高に叫んだ小泉純一郎元総理とそれを金融財政面から支えた竹中平蔵氏が、抵抗勢力からボロクソに叩かれたのと同じだ。とりわけ変法によって突如貴族の特権を剥奪されてしまう勢力が死に物狂いで抵抗したのは当然だから、商鞅(しょうおう)の苦難は如何ばかり!
(4)『大秦帝国』では商鞅(しょうおう)と嬴渠(えいきょ)梁(りょう)間の臣君の固い絆が描かれ、『始皇帝 天下統一』や『李皓鑭(りこうらん)』では、若き秦王嬴(えい)政(せい)を相邦の呂不韋(りょふい)と王后の趙姫(李皓鑭(りこうらん))が補佐する中、それを煙たく思う嬴(えい)政(せい)が奇才・李斯(りし)と出会い彼を重用した結果、呂不韋(りょふい)の追放に至る姿が描かれていた。この李斯(りし)は楚の出身ながらレッキとした法家だ。また、李斯(りし)が最大のライバルとした韓出身の韓非子(かんぴし)も法家だから、法家は層が厚い。ちなみに、嬴(えい)政(せい)から絶賛された韓非子(かんぴし)は李斯(りし)の嫉妬心から失意の最期を遂げたから何とも哀れなものだ。さらに、始皇帝亡き後、扶蘇(ふそ)が即位すれば必ず蒙恬(もうてん)が丞相になることを恐れた李斯(りし)は、宦官の趙(ちょう)高(こう)と謀って、「胡(こ)亥(がい)を太子に立てる」とする始皇帝の遺詔を偽造し、扶蘇(ふそ)と蒙恬(もうてん)に賜死を命じたから酷い。この策は成功したものの、その数年後、李斯(りし)は趙(ちょう)高(こう)の陰謀によって罪をでっち上げられ、悲惨な最期を遂げることになったから、優秀だった法家の才人たちの末路はそれぞれ哀れだ。
以上の、「「始皇帝モノ」を楽しむための3つの基礎知識」を前提として、私は本作を楽しむための5つのポイントとして、①始皇帝直前の秦国の歴代の王は?②羋(ミー)月(ユエ)の出自は?恋愛は?結婚は?子供は?③羋(ミー)月(ユエ)は嬴稷(えいしょく)の摂政として41年間も絶大な権力を!④異民族の義渠(ぎきょ)王(おう)と浮名を流し、結婚し、子供まで!⑤羋(ミー)月(ユエ)死後、始皇帝政権下での羋(び)氏の盛衰は?を挙げたい。以下、この5点について私の独断と偏見を前提とした本作の楽しみ方を提示する。
(1)24代・嬴師隰(えいししつ)の死亡から始まった『大秦帝国』(コラム3)の一方の主人公は衛鞅(えいおう)(商鞅(しょうおう))、他方の主人公は25代・嬴渠(えいきょ)梁(りょう)だった。また、『コウラン伝 始皇帝の母』(コラム4、5)の主人公は、嬴(えい)政(せい)の父親で後に30代王となる嬴子楚(えいしそ)と、嬴(えい)政(せい)を生んだ母・李皓鑭(りこうらん)(趙姫)、そして趙の人質だった子楚(しそ)を秦に連れ戻し、秦王まで登らしめた商人・呂不韋(りょふい)だった。
(2)それに対して、本作は羋(ミー)月(ユエ)の誕生秘話とその子供時代を経た後、“嫁取り”のために楚を訪れた秦の太子・嬴駟(えいし)に見初められた羋(び)妹(しゅ)が嬴駟(えいし)の正室として秦国に嫁ぐ物語になっていく。羋(ミー)月(ユエ)役の孫儷(スンリー)が美人なら、羋(び)妹(しゅ)役の劉涛(リュウタオ)も美人。本作はもちろん小難しい政治談義もテンコ盛りだが、秦の太子が嫁取りのために楚に赴き、さまざまな恋模様を展開していく導入部の物語はメチャ面白い。なるほど、なるほど。しかして、本作の本格的ストーリーは如何に?
(3)本作の主人公はもちろん羋(ミー)月(ユエ)だが、導入部のストーリーを牽引するのは若き日の秦の太子・嬴駟(えいし)。彼は『大秦帝国』の一方の主人公だった25代・嬴渠(えいきょ)梁(りょう)の子で、後に26代王になる人物だ。そして、嬴駟(えいし)の正室となった楚の公(こう)主(しゅ)・羋姝(びしゅ)が産んだ子が27代の嬴蕩(えいとう)であり、嬴駟(えいし)と側室だった羋(ミー)月(ユエ)の間に生まれた子が28代の嬴稷(えいしょく)だ。嬴蕩(えいとう)の在位はわずか3年だったが、嬴稷(えいしょく)は55年間の長きにわたって在位したから、羋(ミー)月(ユエ)は摂政として41年間も実権を振るうことになる。始皇帝が登場する直前の、25代~31代の歴代秦王の系譜を表にすれば、次のとおりだ。
(1)本作の時代はBC4世紀。「戦国七雄」と呼ばれた秦、楚、斉、燕、趙、魏、韓が争う戦国時代の真っ只中だ。そんな時代状況下、楚の国に「覇星」が現れ、「もうすぐ生まれてくる子が国を制する」という予言が楚王の羋商(びしょう)のもとに届けられるところから物語は始まる。そんな予言に羋商(びしょう)は大喜びだが、身分の低い侍妾・向(しょう)氏(し)から生まれたのは女児だったからアレレ、アレレ。羋商(びしょう)の失意は如何ばかり。王后・威(い)后(こう)の進言によって籠に入れられて川に流されたものの、奇跡的に生き延びた赤子は羋商(びしょう)から羋(ミー)月(ユエ)と命名され、向(しょう)氏(し)のもとで育つことに。
(2)本作冒頭の、「天下を統べる兆しの星=覇星」が現れたのは楚の後宮に未来の覇者が生まれた証だとする説明は、イエスキリストの生誕物語と同じ。また、赤子が籠に入れられて川に流されるシーンは、後に預言者モーゼとなるユダヤ人の赤子が川に流される『十戒』(56年)の導入部を彷彿させるが、本作はあくまで中国時代劇ドラマだ。本作では、少女時代の羋(ミー)月(ユエ)が威(い)后(こう)から目の敵とされながらも、天真爛漫で聡明な娘に育っていく姿が描かれるのでそれに注目!
(3)本作導入部では、羋(ミー)月(ユエ)が楚の高名な政治家・屈(くつ)原(げん)の弟子、黄歇(こうあつ)と恋仲になる姿も描かれるが、そのために羋(ミー)月(ユエ)の異母姉たる羋茵(びいん)が黄歇(こうあつ)を巡る恋敵になってしまうから大変。以降、羋(ミー)月(ユエ)は羋茵(びいん)から徹底的にいじめられることに。
(4)他方、威(い)后(こう)の娘・羋姝(びしゅ)は異母妹の羋(ミー)月(ユエ)と何かと気が合ったようで、事あるごとに羋(ミー)月(ユエ)の手助けを。そのため、羋(ミー)月(ユエ)は泣く泣く黄歇(こうあつ)と別れ、嬴駟(えいし)との婚姻のため秦に赴くことになった羋姝(びしゅ)の侍女として共に秦に赴くことに。
(5)嬴駟(えいし)の正室は羋姝(びしゅ)だが、秦に入った後、嬴駟(えいし)の気に入られた羋(ミー)月(ユエ)は側室の一人に。ちなみに、日本の戦国時代と同じく、中国の戦国時代も各国の王は多くの側室を持ち、多くの子供を産ませることが大切(義務?)だった。そのため、羋(ミー)月(ユエ)の時代には正室(王后)の他、側室には夫人、美人、良人、八子、七子、长使、少使というランクまであったそうだからすごい(うらやましい?)。なお、書籍係(?)として嬴駟(えいし)の王務を助け重宝されていた羋(ミー)月(ユエ)は、側室としての役割を果たしていく中で八子に登り、その後は正室たる羋姝(びしゅ)のライバルになっていくから、本作では羋(ミー)月(ユエ)の側室としての立身出世ドラマも大きな焦点だ。すると、羋姝(びしゅ)と羋(ミー)月(ユエ)が共に男児を産んだ場合、2人の女の対立構造や2人の息子の対抗意識は如何に?ちなみに、本作では、恋人の黄歇(こうあつ)を想う気持ちを理解する嬴駟(えいし)が、共に床に入ることを拒否する羋(ミー)月(ユエ)を許すシーンが登場する。これは現実にはありえない風景(?)だろうが、清く正しく美しい嬴駟(えいし)と羋(ミー)月(ユエ)の恋模様を描く本作前半では、それもあり!?
(1)2025年10/4の自民党総裁選挙では、圧倒的優位を伝えられた“本命”の小泉進次郎候補を高市早苗候補が破ったからビックリ!彼女は、「総裁にはなったが、総理になれないかもしれない、かわいそうな女」と自虐ネタを飛ばしつつ、国会での総理指名に向けて大奮闘!その結果、26年間も自民党との連立関係にあった公明党から一方的に連立離脱宣言されたことにもめげず、日本維新の会の吉村洋文代表とのたった一夜の党首会談で電光石火の「自維連立合意」を成立させたからすごい。さらに、2025年11/7の台湾有事と存立危機事態を巡る国会答弁を契機とした中国の猛反発にもかかわらず、高市内閣は高支持率をキープし続けているから立派なものだ。彼女が敬愛し、師と仰いでいるサッチャー首相の域に近づけるかどうかはともかく、日本で誕生した初の女性総理としてしっかり働いてもらいたい。考えてみれば、日本には卑弥呼や北条政子がいた。イギリスにはエリザベス女王が、古代エジプトにはクレオパトラがいた。そして、中国には則天武后や西太后もいた。そんな中で特筆すべきは、クレオパトラより前の紀元前3世紀の秦に女性初の摂政・羋(ミー)月(ユエ)がいたことだ。
(2)羋(ミー)月(ユエ)は側室とはいえ、楚王・羋(び)商(しょう)と侍女・向(しょう)氏(し)の間に生まれた娘で、26代・嬴駟(えいし)の正室となった羋姝(びしゅ)の異母妹だ。羋姝(びしゅ)のたっての願いを受け入れ、羋(ミー)月(ユエ)は羋姝(びしゅ)の侍女として秦国に赴いたが、嬴駟(えいし)の側室となったため、嬴駟(えいし)の愛を巡って次第に(異母)姉妹の対立が激化したのは仕方ない。また、嬴駟(えいし)と羋姝(びしゅ)との間に嬴蕩(えいとう)が生まれ、嬴駟(えいし)と羋(ミー)月(ユエ)との間に嬴稷(えいしょく)が生まれたことによって嬴駟(えいし)の後継ぎを巡る“思惑”が交錯するようになると、2人の対立が激化したのも仕方ない。そのため、嬴駟(えいし)の死亡後は羋姝(びしゅ)とその取り巻きたちの策謀によって嬴稷(えいしょく)は遠く燕国の人質として送られたから、それに同行した羋(ミー)月(ユエ)も大きな苦難を味わうことに。しかし、そんな艱難辛苦の中、嬴駟(えいし)の後を継いだ27代・嬴蕩(えいとう)が王位わずか3年で死亡すると、羋(ミー)月(ユエ)の息子・嬴稷(えいしょく)が28代王に就任。そして、羋(ミー)月(ユエ)は若き嬴稷(えいしょく)の摂政に就任することに。
(3)ちなみに、謎の商人・呂不韋(りょふい)の勧め(策略)に乗って、趙の人質とされていた嬴子楚(えいしそ)を養子にすることによって、同人を嬴稷(えいしょく)の後継者争いの一人として登場させたのが『コウラン伝』の主要キャストの一人である華(か)陽(よう)夫人。彼女は、子は産まなかったものの、羋(び)氏の出身者として、嬴稷(えいしょく)の後を継ぎ29代王となった嬴柱(えいちゅう)の正室に収まっていた女性だから、彼女にも注目!
(1)私は高一の授業で中国史を1年間学び、そこで中国史は漢民族と異民族との攻防と王朝交代の歴史であることを知った。もっとも、夏⇒殷⇒周と続いた古代国家の時代が終わった後、BC770~221年の春秋戦国時代では秦・楚・斉・燕・韓・趙・魏の七国が争ったが、楚や魏等の有力国に比べると、最も西に位置し、異民族に近い存在だと見下されていた秦が中国を統一し、その始皇帝が、異民族の侵入を防ぐために万里の長城を築いたのだから、何とも皮肉なものだ。ちなみに、万里の長城が、秦⇒漢⇒隋⇒唐⇒宋⇒明⇒清と続いた歴史の中でも貴重な存在だったことを、私は2025年末から読み進め2026年2月末に読了した北方謙三の『水滸伝』全19巻(集英社文庫)で再確認することができた。
(2)羋(ミー)月(ユエ)は嬴駟(えいし)の正室として嫁入りする羋姝(びしゅ)の侍女として付き添ったが、楚から秦までの道のりは遠く、途中で異民族の義渠(ぎきょ)に襲われたからさあ大変。姉思いの羋(ミー)月(ユエ)は機転を効かして自分が羋姝(びしゅ)だと名乗ったため、羋姝(びしゅ)は無事に秦にたどり着いたものの、人質になってしまった羋(ミー)月(ユエ)は大変だ。しかして、この異民族の義渠(ぎきょ)とはどんな人物?さらに、本作では人質時代の羋(ミー)月(ユエ)が“狼の子”を引き取り、親身に世話する姿が描かれるが、その狼男が後に秦の大将軍「白起(はくき)」に成長するので、それにも注目!
(3)羋(ミー)月(ユエ)は楚王と侍妾・向(しょう)氏(し)との間に生まれた娘だが、羋(ミー)月(ユエ)には2人の弟がいた。その一人は向夫人が楚王の羋商(びしょう)との間に産んだ2人目の子、戎(じゅう)だ。これにより向夫人は妃に格上げになり、神殿と錦衣が与えられたが、それを知った王后は向(しょう)氏(し)を王宮の外へ追放すると共に、向(しょうし)氏(し)は魏(ぎ)甲(こう)という男に犯されるという酷い仕打ちを受けることに。さらに、この戎(じゅう)は羋(ミー)月(ユエ)と共に、羋商(びしょう)の死後、威后(いこう)によって殉葬名簿に加えられ殺されそうになるから大変だ。他方、少女時代を王宮で過ごした羋(ミー)月(ユエ)に対し、向氏(しょうし)は博打と酒に溺れる魏(ぎ)甲(こう)と不幸な生活を送っていたが、それでもこの2人の間に魏冉(ぎぜん)が生まれたから男女関係は面白い。羋(ミー)月(ユエ)の異父弟になるこの魏冉(ぎぜん)は、後に白起(はくき)と並ぶ秦の大将軍として大活躍するので、それにも注目!
(4)本作導入部にみる義渠(ぎきょ)は身の危険も厭わず、何かと羋(ミー)月(ユエ)のために尽力する“いい男”だが、困るのは羋(ミー)月(ユエ)に対する独占欲が極端に強いこと。そのため、本作の後半、羋(ミー)月(ユエ)が28代・嬴稷(えいしょく)の摂政として実権を握るようになった中でも、義渠(ぎきょ)は羋(ミー)月(ユエ)に対して「お前は俺の女だ」と言わんばかりの姿勢を示すから、アレレ、アレレ!そんな姿に息子の嬴稷(えいしょく)がおかむりなのは当然だが、何と羋(ミー)月(ユエ)はそんな義渠(ぎきょ)との間に新たな子供を産んだというからすごい。さらに、一説によると、羋(ミー)月(ユエ)は老いては魏(ぎ)丑夫(ちゅうふ)という若い男を情夫にして寵愛したというから、ひょっとして、羋(ミー)月(ユエ)はとんでもない浮気女・・・?
(1)29代・嬴柱(えいちゅう)の在位はわずか3日だが、特筆すべきは彼には子供が二十数名(28名?)もいたことだ。そのため、「どうでもいい子」(?)=「捨て駒」として趙に人質として出されていた、側室の夏夫人との間に生まれた嬴(えい)異人(いじん)は、羋(ミー)月(ユエ)のひ孫になる。『コウラン伝』(コラム4)で見たように、この嬴(えい)異人(いじん)は呂不韋(りょふい)から「奇貨居くべし」と高く評価されて、趙から秦への脱出に成功。そして、嬴柱(えいちゅう)との間に実子のいなかった正室の華(か)陽(よう)夫人は、「嬴(えい)異人(いじん)を養子としてもらい受けるように」との呂不韋(りょふい)の提案に乗ったことによって、嬴(えい)異人(いじん)が後継ぎに指名され、嬴子傒(えいしけい)との後継者争いに勝利することになるから、その抗争ドラマはすごい。この華(か)陽(よう)夫人は羋(ミー)月(ユエ)と同じ羋(び)氏の女性で、嬴(えい)異人(いじん)の長子たる嬴(えい)政(せい)(始皇帝)のおばあさん。そして、羋(ミー)月(ユエ)は始皇帝の高祖母(おばあさんのおばあさん)だ。
(2)幼い28代・嬴稷(えいしょく)の摂政に就任した羋(ミー)月(ユエ)は、後に「三貴」と呼ばれる、弟の魏冉(ぎぜん)、羋(び)戎(じゅう)、白起(はくき)(という3人の身内)で嬴稷(えいしょく)の周りを固めて、秦国における羋(び)一族の勢力を確立させた。そのため、28代・嬴稷(えいしょく)の治世は55年、羋(ミー)月(ユエ)の摂政・宣(せん)太(たい)后(ごう)としての権力掌握は41年にも及んだ。しかし、宣(せん)太(たい)后(ごう)死亡後は、『コウラン伝』や『大秦帝国』全4作に見られるように羋(び)氏の勢力は次第に衰えていく。したがって、本作では羋(び)氏の絶頂期を築いた宣(せん)太(たい)后(ごう)(=羋(ミー)月(ユエ))の若き日の激動の日々を中心に、その威力をタップリと楽しみたい。
(弁護士・映画評論家)
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- 「始皇帝モノ」は面白い。連載コラムその4 ─応用編⑵『コウラン伝 始皇帝の母』 (前半・1~38話)の紹介─(法苑WEB連載第19回)執筆者:坂和章平
- 私たちが負担した消費税は国に納められているか~インボイス制度からみる消費税のしくみ(前編)(法苑WEB連載第18回)執筆者:深作智行
- 契約に関わる文豪書簡(2)―離縁状できれいに婚姻関係を解消した永井荷風とその妻―(法苑WEB連載第17回)執筆者:中川越
- 契約に関わる文豪書簡(1)―法律の条文のような諭吉・らいてふの書簡―(法苑WEB連載第16回)執筆者:中川越
- 子どもの意見表明の支援は難しい(法苑WEB連載第15回)執筆者:角南和子
- 「始皇帝モノ」は面白い。連載コラムその3 ─応用編⑴『大秦帝国』シリーズ全4作の紹介─(法苑WEB連載第14回)執筆者:坂和章平
- コンダクト・リスクの考え方~他律から自律への転換点~(法苑WEB連載第13回)執筆者:吉森大輔
- 消防法の遡及制度(法苑WEB連載第12回)執筆者:鈴木和男
- 「始皇帝モノ」は面白い。連載コラムその2 ─入門編は『キングダム~戦国の七雄』から─(法苑WEB連載第11回)執筆者:坂和章平
- 株分けもの(法苑WEB連載第10回)執筆者:村上晴彦
- 「始皇帝モノ」は面白い。連載コラムその1 ─『キングダム』シリーズ全4作を楽しもう!─(法苑WEB連載第9回)執筆者:坂和章平
- 小文字の世界(法苑WEB連載第8回)執筆者:田中義幸
- 20年ぶりに「学問のすすめ」を再読して思うこと(法苑WEB連載第7回)執筆者:杉山直
- 今年の賃上げで、実質賃金マイナスを脱却できるか(令和6年の春季労使交渉を振り返る)(法苑WEB連載第6回)執筆者:佐藤純
- ESG法務(法苑WEB連載第5回)執筆者:枝吉経
- これからの交通事故訴訟(法苑WEB連載第4回)執筆者:大島眞一
- 第三の沈黙(法苑WEB連載第3回)執筆者:相場中行
- 憧れのハカランダ(法苑WEB連載第2回)執筆者:佐藤孝史
- 家庭裁判所とデジタル化(法苑WEB連載第1回)執筆者:永井尚子
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