紛争・賠償2025年04月24日 発刊によせて 発刊によせて執筆者より 執筆者:藤田貴彦

 私は、もともと歯科医師として歯科医院で勤務しておりましたが、途中で道を逸れ、弁護士になりました。弁護士になってからは、歯科医院における紛争事案に加え、一般民事事件も取り扱っていましたが、その中でも交通事故事案の割合が増えていきました。そんな折、損害保険会社の方から、小学生が学校内で友達の歯を折ってしまった事故について、個人賠償責任保険で対応するにあたって症状固定や将来の治療費についてどのように考えればよいかという相談を受けました。その後も、部活中の事故や交通事故などで歯を損傷した事案について相談をときどき受けるようになりましたが、歯科領域の傷害や後遺障害に関わる争点や裁判例について、詳しく論じたり体系的にまとめたりしている書籍がないことに気が付きました。

 おそらく、その理由としましては、脳や関節など他の部位の傷害や後遺障害と比べて損害額が大きくないことや事故全体の中で歯を損傷する事故の割合が大きくないことなどから、歯科領域の傷害や後遺障害に関わる争点や裁判例がそれほど重要視されてこなかったからではないかと推測をしています。

 しかし、現在の技術では歯は一度失うと再生せず、人工的な装置(インプラントや義歯など)により置き換えなければなりません。そのため、事故の影響は一生涯残るといえますので、被害者には適正な賠償がなされるべきと考えます。

 また、加害者側に賠償責任保険が付いているために、被害者を治療した歯科医院が、インプラントやセラミッククラウンなど自費治療分の治療費について、当該歯科医院で普段設定されている治療費よりもはるかに高い金額を請求するケースも散見されます。この場合、加害者側保険会社が害されるのはもちろんですが、被害者に過失責任がある事案ですと、歯科医院側だけが儲けて被害者も損をするということになってしまいます。

 歯科領域の傷害や後遺障害が発生した事案において、被害者にとっても加害者にとっても公平な損害の賠償が実現されるためには、まずは、賠償実務に関わってきた弁護士や損害保険会社の担当者の皆さんに歯科領域の傷害や後遺障害に関する争点についても注目をしてもらう必要があると思われます。

 また、本書の出版に先立って、タイミングよく、通称赤い本の2025年版下巻では、「インプラント治療に関する費用」が講演テーマに取り上げられております。

 このことと合わせて、本書の出版が、歯科領域の傷害や後遺障害にスポットライトが当たるきっかけになれば大変うれしく思います。

(2025年4月執筆)

発刊によせて執筆者より 全76記事

  1. 発刊によせて
  2. この世には地獄がある
  3. 使い倒していただくことを願って
  4. 発刊によせて
  5. 最適な贈与契約のために
  6. 発刊によせて
  7. 税理士事務所経営のささやかな羅針盤となるように
  8. 相続問題に効く100の処方箋
  9. 相続土地国庫帰属制度の利活用促進の一助になれば
  10. 患者と医療従事者とのより望ましい関係の構築を願って
  11. 遺言・遺産分割による財産移転の多様化と課税問題
  12. 専門職後見人の後見業務
  13. 不動産の共有、社会問題化と民法改正による新しい仕組みの構築
  14. 登記手続の周知
  15. 育児・介護休業制度に対する職場の意識改革
  16. メンタルヘルスはベタなテーマかもしれないけれど
  17. 持続可能な雇用・SDGsな労使関係
  18. 自動車産業における100年に1度の大変革
  19. 中小企業の事業承継の現状と士業間の連携
  20. 消費税法に係る近年の改正について
  21. コーポレートガバナンスと2つのインセンティブ
  22. 労働者の健康を重視した企業経営
  23. 被害者の自殺と過失相殺
  24. <新型コロナウイルス>「株主総会運営に係るQ&A」と中小企業の株主総会
  25. 意外と使える限定承認
  26. 保育士・保育教諭が知っておきたい法改正~体罰禁止を明示した改正法について~
  27. 筆界と所有権界のミスマッチ
  28. 相続法改正と遺言
  29. 資格士業の幸せと矜持
  30. 労働基準法改正への対応等、ケアマネジャーに求められる対応は十分か
  31. 人身損害と物的損害の狭間
  32. <新債権法対応>契約実務における3つの失敗例
  33. 新債権法施行へのカウントダウン - 弁護士実務への影響 -
  34. 不動産売買における瑕疵担保責任から契約不適合責任への転換の影響
  35. 子を巡る紛争の解決基準について
  36. 所有者不明土地問題の現象の一側面
  37. 相続法の大改正で何が変わるのか
  38. 民法改正による交通事故損害賠償業務への影響
  39. 「相手が不快に思えばハラスメント」の大罪
  40. 身体拘束をしないこと
  41. 合同会社の設立時にご検討いただきたい点
  42. 社会福祉法人のガバナンスが機能不全している実態が社会問題に
  43. 借地に関する民法改正
  44. ただの同棲なのか保護すべき事実婚なのか
  45. 農地相談についての雑感
  46. 瑕疵か契約不適合か 品確法は、改正民法に用語を合わせるべきである
  47. 外国人受入れ要件としての日本語能力の重要性
  48. 相続法改正の追加試案について
  49. 民法(債権法)改正
  50. 相続人不存在と不在者の話
  51. 財産分与の『2分の1ルール』を修正する事情について
  52. 離婚を引き金とする貧困問題と事情変更による養育費の変更
  53. 建物漏水事故の増加と漏水事故に関する終局的責任の帰趨
  54. 働き方改革は売上を犠牲にする?
  55. 次期会社法改正に向けた議論状況
  56. 消費者契約法改正と「クロレラチラシ配布差止等請求事件最高裁判決(最判H29.1.24) 」の及ぼす影響
  57. 「買主、注意せよ」から「売主、注意せよ」へ
  58. 障害福祉法制の展望
  59. 評価単位について
  60. 止まない「バイトテロ」
  61. 新行政不服審査法の施行について
  62. JR東海認知症事件最高裁判決について
  63. 不動産業界を変容させる三本の矢
  64. 経営支配権をめぐる紛争について
  65. マンションにおける管理規約
  66. 相続法の改正
  67. 消防予防行政の執行体制の足腰を強化することが必要
  68. 最近の地方議会の取組み
  69. 空き家 どうする?
  70. 個人情報保護法、10年ぶりの改正!
  71. 最近の事業承継・傾向と対策
  72. ネーム・アンド・シェイムで過重労働は防止できるのか
  73. 離婚認容基準の変化と解決の視点
  74. 境界をめぐって
  75. 妻の不倫相手の子に対しても養育費の支払義務がある?
  76. 個別労働紛争解決のためのアドバイス

執筆者

藤田 貴彦ふじた たかひこ

弁護士(橋爪・藤田法律事務所)、歯科医師

略歴・経歴

平成17年 岡山大学歯学部歯学科卒業 歯科医師国家試験合格
平成27年 弁護士登録(愛媛弁護士会)
平成28年 橋爪・藤田法律事務所開設

<主な著書>
交通事故裁判における 歯科領域の傷害・後遺障害-因果関係、治療の相当性、将来治療費等-(編著 新日本法規出版)

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