民事2019年05月10日 人身損害と物的損害の狭間 発刊によせて執筆者より 執筆者:志賀晃
1 人身損害賠償請求権と物的損害賠償請求権
先日上梓した『Q&Aと事例 物損交通事故 解決の実務』という書籍の「人身損害と物的損害の区別とその意義」という箇所で,人身損害と物的損害では運行供用者責任の適用の有無が異なり,また,同一の交通事故により生じた損害であっても人身損害と物的損害では短期消滅時効の起算点が一致しない場合があるということに触れたところ,最近発表された判例雑誌で,これらの点に関連する興味深い裁判例を目にする機会があったので,ここで紹介したいと思います。
2 同一の事故について民法709条責任は否定しつつ自賠法3条責任(運行供用者責任)を認めた事例(千葉地判平成29年12月20日自保2030・106)
この訴訟の事案は,原告運転の自転車と被告運転の普通乗用自動車との接触事故について,原告が,上記事故は被告の前方不注視という過失により生じたと主張して,被告に対して,人身損害及び物的損害の賠償を求めたというものです。
この訴訟において,原告は,責任原因として,民法709条,自賠法3条(人身損害部分のみ)を主張したところ,裁判所は,民法709条に基づく請求については,被告に前方不注視の過失があったということはできないことから,請求に理由がないと判断しました。
これに対し,自賠法3条に基づく請求については,裁判所は,「被告は,本件事故につき,前方不注視の過失があったということはできないとしても,被告が被告車を進行させるに当たり,例えば,原告自転車を安全に通行させるために被告車が原告自転車とのすれ違いを開始する前に被告車を停止させるなどの措置を講ずれば,本件事故が発生しなかった可能性がないとはいえないから,被告は,被告車の運行に関し注意を怠らなかったとまでは認めることができない」として,人身損害について,被告の責任を認めました(ただし,結論としては,原告の請求は棄却されています)。
上記判決において,請求原因の相違により被告の責任について判断が分かれる結果となったのは,自賠法3条における被害者の主張・立証責任の緩和がその背景にあるものと考えられます。
3 人身損害・物的損害双方の賠償を請求する反訴において物的損害賠償請求権の消滅時効の起算点を事故発生日とした事例(東京地判平成30年6月13日自保2029・37)
この訴訟の事案は,平成18年8月28日発生の交通事故について,反訴原告が,反訴被告に対して,平成28年5月26日(後遺障害診断書上の症状固定日の3年以内)に,人身損害,物的損害の賠償を請求する反訴を提起し,反訴被告は,この反訴請求のうち物的損害の賠償請求について消滅時効を援用したというものです。
この事案において,裁判所は,物的損害については「本件事故は平成18年8月28日に発生したから,反訴原告は同日の時点で物損に係る損害について賠償請求をすることが可能な程度に損害の発生を知ったというべきであり,反訴原告も反訴被告に対する物損に係る損害賠償請求権については,本件訴訟が提起される前に3年の消滅時効期間が経過していることが明らかである」と判断しました。
この判決は,反訴被告が人身損害の賠償請求権については時効の援用を行っていないことから,学問的な価値は低いものと思われますが,実務家にとっては,物的損害の他に人身損害が発生している事案であっても,物的損害の賠償請求権の消滅時効は,治癒日や症状固定日といった人身損害についての時効期間の開始を待たずに進行する場合がある(むしろ,多くの交通事故では,事故発生日当日に被害者は損害の発生の他,連絡先の交換等により加害者の氏名等も認識していることが多いことから,物的損害の賠償請求権の起算点は事故発生日になることが多いでしょう)という意味において,「時効の管理」について注意を促すものとしての意義を有するものと思われます。
(2019年4月執筆)
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執筆者
志賀 晃しが あきら
弁護士(志賀総合法律事務所)
略歴・経歴
東京弁護士会所属
司法研修所第59期
日本弁護士連合会・民事司法改革総合推進本部幹事(損害賠償制度検討部会所属)
東京弁護士会・民事司法改革実現本部幹事(損害賠償増額検討部会所属)
東京弁護士会・不法行為法研究部部員
公益財団法人日弁連交通事故相談センター東京支部・東京都26市役所交通事故相談担当
<主要著書>
『Q&Aと事例 物損交通事故 解決の実務』(編著)
『未成年者・精神障害者の監督者責任-Q&Aと事例-』(共著)
※令和元年12月時点
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