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民事2015年07月15日 境界をめぐって 発刊によせて執筆者より 執筆者:馬橋隆紀

1.法廷に敷かれた地図

 今から20年程前、私は東京高等裁判所の控訴人、控訴人席を動かし、法廷の床に八畳もある地図を広げていました。これは、ある土地をめぐって、それが公有地か私有地かが争いになった事件の書証の調べの場でした。事件の記憶は時の経過とともに曖昧になっているものの、その光景は今でも記憶に残っています。
 ところで、一般の土地をめぐる争いは、現時点のあるいは少し以前の時点での所有権者が確定され、それをもとに手続が進むことがほとんどです。しかし、境界をめぐる争いは、筆と筆との筆界を争うものか、所有権界を争うものかを問わず、その立証のためには、時代を遡らなければならないことが少なくありません。本件の所有権は明治時代、さらには江戸時代にまで遡らなければならないものでした。
 今回、弁護士と土地家屋調査士とともに「境界紛争事件処理マニュアル」を編集・執筆するにあたり、この20年前の光景を想い出しました。

2.「根除堀」の話

 実は、この事件は、第1審では自治体が敗訴し、私が控訴審を受任したものの、どんな立証をするかに苦労することになりました。多くの証拠はすでに提出されているため、まず、その証拠を再検討することにしました。その証拠のなかで、明治時代に作成されたという地図の一部分のコピーが提出されていました。これは、一般に地引絵図(地図)と言われ、明治初期の地租改正時に作成されたものですが、その正確な時期は定かではありませんでした。また、この地引絵図もきちんと保存されていたわけではなく、どこか倉庫の奥に放り込まれていたものが、たまたま発見されたというぼろぼろのものでした。ただ、第1審では、その地図の部分を何のための立証に使い、これを所有権の存在とどう結びつけるかが主張されていないこともあって、判決も証拠としてほとんど評価していませんでした。
 そこで、この地引絵図を再検討してみると、これら地引絵図には係争地部分は「根除堀」と記載され、色づけられた部分であることが判明しました。第1審に提出されたのは一部のコピーでその色も明らかではありませんでした。調べてみると「根除堀」とは、周囲の山林の樹木の根が耕作する畑に入らないように山林と畑の間を掘削して溝を造ったものとのことです。では、この根除堀部分は、誰が所有しているものなのか、畑の所有者のものだったのか、それとも山林の所有者のものだったのか。もし、畑側の所有者が根除堀を造ったとすれば、その部分は畑地の所有者の土地となります。そうでなければ、山林側の所有者のものとなります。大きく地図を広げてみると「根除堀」と記載された部分がその他に数多く存在することが判りました。そこで、地引絵図全体に「根除堀」と記載された部分について、その後の経過をたどり、その各土地が現在誰のものであり、どう使われているかを照合し、これを詳細に記載し説明することにしました。そのために、控訴審では地引絵図全体を書証として提出することとし、その原本である八畳を超える地引絵図を法廷に持ち込み広げたわけです。
 結果は、他の証拠と主張も相まって控訴審では第1審判決は覆され、当方の勝訴となりました。

3.立証の難しさ

 ところで、我々実務家は、どんな事件でもその証拠の収集に苦労するところです。
 よく初めての相談者は「先生、何を持って相談をしに行けばよいのか」と問うてきます。「まず、費用を」とも言いたいところですが、私は「関係しそうなものは、あるもの何でも持って来てください」と言うことにしています。これは証拠の選択を依頼者にまかせると、本来は重要なもの、あるいはいくつかの書面を結びつけると証拠として価値のあるものが最初から姿を消してしまう危険があるからです。
 そして、筆界や所有権界をめぐる争いは前述のように相当過去へと遡ることになります。先程の地図までは無理としても、都道府県の図書館や古文書館に行くと古地図があることもあります。また、古くからのその地の家を訪ねると先代が区画整理組合の組合長をしていたとかで、古い図面を持っていたりします。
 さらに、他人に頼らなくても想い出のアルバムの写真が当時の境界付近の状況を表していることもあります。家の前で撮った家族写真を時効の占有開始時の証拠とすることができたこともあります。写真は、撮影年月日が不明なこともありますが、服装が学校の制服を着ての入学記念のための写真だったとか、また、玄関前に止めてある自動車の年式等からある程度の時期が特定できることもあります。
 ただ、証拠があったからといって、その証拠を効果的に使って、土地の筆界や所有権界の立証と結びつけられなければ意味がありません。先程の地図の件では、ただ地図を出しただけでは駄目で、それが何を表しているのかを、作成から現在に至るまで詳細に説明しました。さらに、第1審では当該部分のみのコピーを証拠として提出しましたが、控訴審は地引絵図全体を証拠とし、その地図とはどんなものか、どう記載されているかを示したのも心証形成の上では効果的だったのかもしれません。

4.弁護士と土地家屋調査士

 今回、弁護士と土地家屋調査士と共同で前述の書籍を執筆したことで、その過程でお互いに知らないことが多いことに気付くとともに、土地家屋調査士と共同して仕事をしていればよかったと気付くことも多々ありました。例えば、今回、根除堀について20年ぶりに調べてみると、土地家屋調査士会連合会の会報2008年8月号(No.619)で佐藤忠治土地家屋調査士が根除堀についての地域ごとの地域慣習について詳細な検討をされていることを知りました。当時これが出されていればと思い、また、当時土地家屋調査士さんの意見も聞いておけばと悔やんだところです。ただ、一方で、両者の考え方の違いにも気付かされました。弁護士は、筆界確定は裁判所で筆界を創り出してもらうような感覚がありますが、土地家屋調査士は明治初期に確定された筆界を見つけ出すことが役割と考えているようにも思われました。
 筆界をめぐる紛争は、隣接所有者間の長年の感情とか土地への執着とか本来不合理なものがその裏にあることも少なくありません。私も叔父と甥がブロック幅の2分の1をめぐって争う事案を経験したこともありました。それをいかに解消するかも我々専門家の悩むところです。
 近時は、土地家屋調査士も筆界確定制度が設けられ、また、認定土地家屋調査士の資格も付与されたこともあって、その紛争解決能力や証拠を見出し、評価する目は養われています。境界をめぐる紛争解決に両者の協力は不可欠と思われます。

5.地引絵図の行方

 最後に、かつて市役所の物置の隅に放置された地引絵図は、この訴訟を契機に立派に表装され、今は市の博物館に明治初期の市内の状況を示す貴重な資料として保管されています。

(2015年7月執筆)

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