民事2017年05月18日 消費者契約法改正と「クロレラチラシ配布差止等請求事件最高裁判決(最判H29.1.24) 」の及ぼす影響 発刊によせて執筆者より 執筆者:加藤了嗣
1 平成28年改正消費者契約法の施行
消費者と事業者との契約関係を規律する基本法である消費者契約法は、平成28年5月25日に、施行後の裁判例の集積や高齢化の進展等の社会経済状況の変化に対応するために消費者の権利を拡大する改正法が成立し、平成29年6月3日から施行されることとなりました。
今回の改正は、内閣府消費者委員会消費者契約法専門調査会における長年の議論・検討を踏まえ、実体法部分(第2章)について多岐にわたる改正がなされました。具体的には、①過量契約取消権の創設(4条4項)、②不実告知における「重要事項」の拡大(4条5項3号)、③取消権を行使した消費者の返還義務の範囲の明確化(6条の2・本条は改正民法施行時より施行)、④取消権の行使期間(短期)の伸長(7条)、⑤無効となる不法行為責任の「民法の規定による」を削除(8条1項3号、4号)、⑥解除権を放棄させる条項の無効(8条の2)、⑦10条前段要件に該当する条項として意思表示擬制条項を例示(10条)、などです。
もっとも、消費者契約法専門調査会で検討されたものの積み残しとなった論点も多数あり、引き続き審議が継続されています。
2 不当勧誘規制における「勧誘」の意義
継続審議となった論点の一つが、不当勧誘規制における「勧誘」要件(4条、5条、12条)の意義・範囲です。具体的には、広告やチラシ等の不特定多数に向けた働きかけが「勧誘」にあたるのか、という問題です。「勧誘」にあたるということになれば、仮に広告やチラシに不実記載等がなされていた場合には、消費者は契約を取り消す(4条1項1号)ことが可能となりますし、適格消費者団体はこのような広告やチラシの使用差止請求(12条)が可能となります。
従前の行政解釈では、このような不特定多数に向けた広告等については「勧誘」にあたらないとの見解が示されており(消費者庁消費者制度課編「逐条解説消費者契約法」第2版補訂版、商事法務、2015 )、また、下級審裁判例も、新聞広告は「勧誘」にあたらないとした裁判例がある一方で、パンフレット等の広告が「勧誘」にあたるとした裁判例もあるなど、その判断は分かれていました。
3 クロレラチラシ配布差止等請求事件最高裁判決(最判H29.1.24)
平成29年1月24日、最高裁は、「勧誘」要件につき、重要な判断を示しました。
本件は、適格消費者団体が、クロレラ販売業者が別名義で配布していた折り込みチラシにつき、景品表示法の不当表示に基づく差止と消費者契約法の不実告知(4条1項1号)に基づく差止(12条)を求めた事案です。ちなみに、この折り込みチラシは、クロレラには「病気と闘う免疫力を整える」「細胞の働きを活発にする」「排毒・解毒作用」「高血圧・動脈硬化の予防」「肝臓・腎臓の働きを活発にする」などの効用がある旨の記載がなされており、かつ、クロレラを服用したところ「腰部脊柱管狭窄症」「肺気腫」「自律神経失調症、高血圧」「腰痛、坐骨神経痛」「糖尿病」「パーキンソン病、便秘」「間質性肺炎、関節リウマチ、貧血」等の症状が改善した旨の体験談も掲載されていました。
第1審の京都地裁平成27年1月21日判決は、チラシの記載が不当表示にあたるとして、景品表示法に基づく差止請求を認容しました(消費者契約法の「勧誘」については判断をしていません)。
控訴審の大阪高裁平成28年2月25日判決は、景品表示法の不当表示に基づく差止請求については、販売業者が第1審判決後に当該折り込みチラシの配布を中止しており、今後も使用されるおそれがあるとは認められず差し止め の必要性はない、との理由で請求を棄却し、消費者契約法の不実告知に基づく差止については、「特定の者に向けた勧誘方法であれば規制すべき勧誘に含まれるが、不特定多数向けのもの等、客観的に見て特定の消費者に働きかけ、個別の契約締結の意思の形成に直接影響を与えているとは考えられないものについては、勧誘に含まれないと解するのが相当である。」と判示し、当該折り込み チラシの配布は「勧誘」(12条)にあたらないとして控訴を棄却しました。
これに対し、最高裁(平成29年1月24日第三小法廷判決)は、結論としては、業者のチラシ配布の中止を理由として上告を棄却しましたが、折り込み チラシの配布が勧誘にあたるかについては、「事業者等による働きかけが不特定多数の消費者に向けられたものであったとしても,そのことから直ちにその働きかけが法12条1項及び2項にいう「勧誘」に当たらないということはできないというべきである。 」と判示し、原審(大阪高裁)の判断を明確に否定しました。
本判決は、その理由として、消費者契約法の不当勧誘規制の趣旨につき同法4条及び5条を明示的に引用して検討したうえで、「例えば,事業者が,その記載内容全体から判断して消費者が当該事業者の商品等の内容や取引条件その他これらの取引に関する事項を具体的に認識し得るような新聞広告により不特定多数の消費者に向けて働きかけを行うときは,当該働きかけが個別の消費者の意思形成に直接影響を与えることもあり得るから,事業者等が不特定多数の消費者に向けて働きかけを行う場合を上記各規定にいう「勧誘」に当たらないとしてその適用対象から一律に除外することは,上記の法の趣旨目的に照らし相当とはいい難い。 」と述べています。
すなわち、本判決は、広告・チラシの記載内容が消費者の意思形成に影響を与える程度によっては、消費者契約法4条による取消しが肯定され得ることを含意しており、ネット広告やDM、新聞折り込み チラシなどを契機にとして セールス・トークなくして締結された消費者契約にも不当勧誘規制の適用があり得るとする点で、極めて重要な判決といえます。
4 本判決の影響
本判決により、今後は、「不特定多数に向けた広告である」との理由のみをもって、消費者契約法の不当勧誘規制を免れることはできず、広告等の具体的記載内容等に照らし、消費者の最終的な契約締結の意思形成に実質的に影響を与えているか否かにより「勧誘」にあたるか否かが判断されることになります。
従って、具体的な商品内容や取引条件が掲載されたネットショップのページなど、それ自体で顧客誘引から購入申し込みまでが自己完結しているような形態のものについては、消費者の最終的な契約締結の意思形成に実質的に影響を与えているとして「勧誘」にあたると判断される可能性があり、そこに重要事項の不実記載があれば、これを事実と誤信して契約を締結した消費者は、消費者取消権に基づき当該契約を取り消すことも可能となります。
5 改正消費者契約法、消費者団体訴訟制度(被害回復制度)との関係
改正消費者契約法は、不実告知等の対象となる重要事項につき、従前より規定されていた「商品・役務の質、用途その他の内容」及び「価格その他の取引条件」のほか、限定的ながら契約締結動機の一部(「生命、身体、財産その他の重要な利益についての損害又は危険を回避するために通常必要であると判断される事情」)までその対象が拡大されています(4条5項3号)。従って、広告等において、商品内容や取引条件に不実告知がなされた場合のみならず、「○○という不利益を回避するためには当該商品の購入が必要である。」等の購入意欲をそそる記載についても、不実告知が認められる可能性があります。
また、平成28年10月1日から施行された消費者裁判手続特例法により、特定適格消費者団体が、多数の消費者に発生した被害を集団的に回復するために事業者に対し訴訟を提起できる制度が創設されました(被害回復制度)。これは、消費者被害事件の多くが、同種の被害が拡散的に多発するものの個々の被害額としては少額であるため、各被害者個人において被害回復手段を講ずることが困難であるとの事情に鑑みて、消費者団体に被害回復の訴権を認め、被害救済を図り易くすることが趣意とされています。
例えば、ある業者の特定の広告表示に不実告知があり、これを信じた多数の消費者が商品を購入し被害をこうむったというケースなどは、まさに、被害回復制度が実効的に機能する領域であると思われ、今後の実務の運用が注目されます。
今回の最高裁判決は、改正消費者契約法及び消費者団体訴訟制度(被害回復制度 )と相俟って、欺瞞的な広告表示により不当な契約を締結させられた消費者を救済する有用な手段をとなりえ得ましょう 。また、業者側においても、このようなリスクの存在自体が、広告表示の適正を図る重要なインセンティブとして機能することが期待されるところです。
(2017年5月執筆)
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