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消防2016年02月24日 消防予防行政の執行体制の足腰を強化することが必要 発刊によせて執筆者より 執筆者:小林恭一

消防ニーズの増大と予防行政

 消防は、消防組織法上、市町村の責務として位置づけられ、火災など災害の防除と軽減のために第一線で活動するとともに、日々の救急業務を担っている。
 21世紀に入って、日本列島の地殻構造が不安定化して大規模な地震や噴火がしばしば発生するようになり、また、地球温暖化により気候が先鋭化して大規模な気象災害も頻発するようになった。一方で、社会の高齢化が急速に進み、救急需要も増え続けている。団塊の世代が今後どんどん高齢化するため、救急ニーズがさらに急増することは必至である。
 このように、消防のニーズは近年高まる一方だが、景気低迷と地方財政の逼迫により、公共サービスは縮小を余儀なくされており、その中で消防職員を増加させることは難しい。このような状況であおりを食っているのが、消防で予防行政に従事する職員たちだ。

予防行政の重要性とその効果

 予防行政と言っても、一般の方にはなじみが薄いと思うが、建物の防火安全を支える重要な行政だ。日本の建物の防火安全性は建築基準法の防火規定と消防法の消防設備規制・防火管理規制によって担保されている。その消防法令を執行するのが予防行政担当職員だ。
 昭和40年代の高度成長時代には、数十人の死者を伴う火災が頻発し、100人以上の死者が出たこともある。建物の防火安全性が低かったためだが、この状況を変えたのは、建築基準法令と消防法令の相次ぐ規制強化だった。
 特に、病院やホテル、福祉施設など、火災が発生すると人命危険に直結する用途の建物については、「遡及適用(古い建物であっても最新の消防法令を適用しなければならないとする規制)」が実施されたことが大きな効果を上げた。この改正は、熊本大洋デパート火災(昭和48年、100人死亡)を契機として、「憲法の財産権の侵害ではないか」など国会での大論戦を経て難産の末に成立したが、その効果は劇的だった。遡及適用対象用途の建築物は、遡及期限とされた5年程度のうちに、火災1件あたりの焼損面積や死者数が5分の1~10分の1に激減したのだ。
 規制強化された法令を既存の建物に遡及適用することは、新築段階で規制するのとは比べものにならない大変さがある。当時の消防の予防行政担当職員は、その辛い仕事を黙々とこなし、現在の防火安全の礎を築いたのだ。
 この遡及適用条項は現在も存続している。雑居ビルや高齢者福祉施設の火災などで多数の死者が出て消防法令が強化されると、必ず遡及適用が行われ、予防行政担当職員に重荷が背負わされる。防火安全を支えるもう一方の柱である建築基準法令は、近年の規制緩和の風潮の中で規制強化を行えずにいる。建築確認の民間開放のため、都道府県や市町村など特定行政庁の足腰が弱っていることもあり、消防予防行政に必要以上のロードがかかっている。

予防行政担当職員の減少を食い止め執行体制の足腰を強化することが必要

 このような、地味だが重要な予防行政の担当職員がどんどん減っている。平成元年に比べると20%も減少し、立入検査の実施率も半減してしまった。これは全国平均の数値だが、地方の小規模消防ではもっと縮小化傾向が著しい。
 法律を執行するのは大変だ。法律だけでなく、膨大な政令、省令、告示、解釈通知や行政実例などを理解し、法律が適用される関係者に伝えて、相応の費用がかかる設備の設置や維持管理の義務を納得させなければならない。生活をかけて反撃してくる相手を説得し、時には法律に基づき厳正に違反是正をしなければならない。公正な違反是正ができなければ、世の中に違反が蔓延し、せっかく獲得した防火安全性が失われていく可能性もある。
 かつては、この難しい消防法令の執行運用は、経験豊かな先輩職員の指導によって行われていた。特に、昭和40年代後半から50年代前半に、遡及適用の最前線で苦労した方々の知識と経験の伝承は極めて重要だった。だが、そんな人たちはもう退職してしまい、その人たちに教えを受けた第二世代も退職し始めている。性能規定化などで条文も複雑・難解になっている。
 地方の予防行政担当者たちは、人員が減らされ、頼るべき先輩職員もいなくなった中で、途方に暮れつつ、何とか防火安全を維持しているのだが、それもそろそろ限界に来ているのではなかろうか。消防法令の正確で公正な解釈・執行が危機に立たされているのだ。
消防予防体制のこれ以上の縮小は、日本の防火安全にとって危険なのでやめるべきだが、地方財政窮迫の中、担当職員の増員は困難だろう。現在の予防人員を維持しつつ、担当職員の質を高め、全体として予防行政執行体制の足腰の強化を図るしかないのではないか。予防行政を担う担当職員が、消防法令を適切に執行できるための教育や手段の整備が、ますます重要になっていくのだと思う。

(2016年2月執筆)

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