民事2016年05月06日 不動産業界を変容させる三本の矢 発刊によせて執筆者より 執筆者:柴田龍太郎
アベノミクスの三本の矢は、最近ではその効果のほどが議論されはじめていますが、これからお話しする不動産業界に対する三本の矢は、不動産に関する専門家による調査、いわゆる「インスペクション」の徹底的な普及や宅地建物取引士(以下「取引士」という。)の責任の強化をもたらし、確実に不動産業界を変容させていくと考えています。
それでは、その三本の矢とは何か。一の矢は最近の一連の宅建業法の改正。二の矢は、現在国会で審議中の民法(債権法)改正。三の矢は、同じく国会で審議中のTPPです。平成28年の宅建業法の改正では、買主消費者保護の観点から、宅建業者に対し、「媒介契約の締結時に建物状況調査(インスペクション)を実施する者のあっせんに関する事項を記載した書面の依頼者への交付」を義務付けるわけです。これにより、中古住宅のインスペクションがより身近なものになると思います。更に二の矢の民法(債権法)改正により、無過失責任(法定責任)である「瑕疵担保責任」を契約責任である「契約の内容に適合しない場合の売主の責任」(契約不適合責任)とし、売主に「履行利益」という重い法的責任を負わせることになることから、売主は自らの利益のために、インスペクションを実施し、物件の状況を正確に把握した上で、例えば「土壌汚染はあるが、売買代金を減額して引き渡す。」あるいは、「土壌汚染を除去して引き渡す。」というかたちで契約の具体的内容を決めることになるでしょう。この段階では、中古住宅を超えた不動産全体のインスペクションが普及し始めるのです。更に、TPPにより、アメリカ型のローンや保険制度が確実に日本に入り込むと、ノンリコースローンに代表される商品は、売買物件だけを担保とすることから物件に対するインスペクションはより厳格に実施されるはずであり、その段階でのインスペクションはアメリカのエスクロー的な公正な第三者によるものになっていくのではないかと予想しています。
次に取引士の責任強化についていうと、平成27年宅建業法改正では、業界の悲願であった宅地建物取引主任者を取引士に名称変更したことをきっかけにコンプライアンス徹底の観点から取引士に対し、①「公正誠実義務」(第15条)、②「信用失墜行為の禁止」(第15条の2)、③「知識及び能力の維持向上」(第15条の3)を課しました。私は、その中で特に注目しているのが、第15条の規定で、同条は、「宅地建物取引士は、宅地建物取引業の業務に従事するときは、宅地又は建物の取引の専門家として、購入者等の利益の保護及び円滑な宅地又は建物の流通に資するよう、公正かつ誠実にこの法律に定める事務を行うとともに、宅地建物取引業に関連する業務に従事する者との連携に努めなければならない。」としています。この規定は、まず、従業者の場合もある「取引士」に宅建業者とは独立に「購入者の保護」等の責務を課するものであり、その地位の向上とともに法的責任に関し、明確な根拠を与えるものとなりました。したがって、今後、トラブルの際は免許業者とともに関与した取引士が訴訟の対象となる事案が増加することが予想されます。また、このことは反面、取引士は、使用者である免許業者が不正をなそうとするときは、加担をしてはならないことはもとより、体を張ってもやめさせる責務も課するものであり、業界における取引士の役割と責任は極めて重いものになったと思います。また、取引士においては、インスペクション等の新しい制度について、正確な理解のもとに適切なアドバイス義務も課せられるので、上記のように「知識及び能力の維持向上」(第15条の3)も求められるわけであります。
(2016年4月執筆)
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