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企業法務2019年01月17日 「相手が不快に思えばハラスメント」の大罪 発刊によせて執筆者より 執筆者:野口彩子

 セクシャルハラスメントという言葉が流行語大賞新語部門金賞を受賞したのは平成元年です。それから約30年が経ち、平成も終わりを迎えようとしている現在でも、セクハラのニュースは後を絶ちませんし、企業からの相談件数はむしろ増えている感覚すらあります。
 セクハラが話題になるたびに、「相手が不快に思えばハラスメントなのだから・・・」といったコメントがテレビやインターネットでまことしやかに流れます。実際、私が企業などでセクハラ研修を行う際、最初に「相手が不快に思えばハラスメント」は○か×か?と聞くと、ほとんど全員が「○」に手を挙げます。
 相手の主観によってハラスメントか否かが決まるのであれば、「私は不快に感じた」と言われてしまえば常にハラスメントが成立し、懲戒処分の対象となったり、損害賠償請求が認容されたりすることにもなりかねません。しかし、具体的な状況や関係性、言動の内容等に拘わらず、相手の主観のみによって不利益を被ることなどあってはならないのは当然であって、セクハラか否かは、あくまで「平均的な労働者の感じ方」を基準として判断すべきものです(平18.10.11雇児発1011002、平28.8.2雇児発0802第1号参照)。
 実は、この「相手が不快に思えばハラスメント」という誤った理解が、かえってハラスメント問題の解決を遠ざける原因になっています。
 客観と相手の主観の2軸によるマトリックスから、4つの領域に分類して考えてみましょう。《①明白型》は主観的にも客観的にもハラスメントである場合、《④問題なし型》はいずれにしてもハラスメントではない場合です。これに対し、《②鈍感型》と《③敏感型》は主観と客観が異なる場合であり、《②鈍感型》は相手が不快に感じていなくても、客観的に見るとハラスメントに該当する場合、《③敏感型》は、相手は不快に感じているものの、客観的にみればハラスメントには該当しない場合です。

 ①のケースでは、明白型とはいえ、ハラスメントの相手方が自分で声をあげることは一般に困難であるため、状況改善のためには上司や同僚による早期の注意・指摘が非常に有効です。しかし、「相手が不快に思っているかどうか」が基準であるという誤解によって、周囲の人は、疑問に思っても「本人は笑っているから、ハラスメントではないだろう」と指摘・注意せず、その結果、ハラスメントが放置され、相手方の被害が深刻化して初めて訴えに至るというケースが多くみられます。
 《②鈍感型》では、行為の相手自身がハラスメントと認識していないため、《①明白型》よりもさらに問題として認識されにくく、客観的にはハラスメントであるのに適切な対応がとられず放置され、事実上黙認されて、これを許容する職場環境が醸成されてしまいます。
 このように、①や②の場合には、「その人が不快に思っていないならハラスメントではないのだから指摘しなくて良い」と、上司や同僚が声をあげなくなってしまい、その結果、客観的にはハラスメントである言動が放置されてしまうという問題が生じます。
 他方、《③敏感型》では、客観的にはハラスメントとまではいえないような言動がハラスメントと誤解されるという問題が生じます。この誤解により、労働者が必要以上に萎縮して必要なコミュニケーションを取れなくなり、ますます労働者同士の相互理解が妨げられるという悪循環が生じるほか、行為の相手は「自分が不快なのだからハラスメントである、会社は行為者を懲戒すべきなのにそれをしないのはおかしい」と誤って思い込み、不満の矛先を会社に向けるという事態も生じ得ます。
 このように、「相手が不快に思えばハラスメント」という誤解は、行為の相手方の主観を問題にすることで、かえって上司や同僚が注意・指摘しづらくなり、ハラスメントが放置されるという問題と、相手方がどう受け止めるかわからないという不安から職場のコミュニケーション不全が生じ、不信感と軋轢の原因になるという問題を引き起こしています。現に、労働者はハラスメントと言われることを恐れるあまり、職場では業務上必要な最低限の会話しかしない、異性の部下と二人で食事に行かない、飲み会では女性の隣に誰も座らない、といった現象まで実際に生じています(昨年、ネット上では、「ハラスメントを未然に防ぐ会」略して「ハラミ会」と称して、女性を誘わず男性のみで飲みに行くという話題が注目を集めました)。
 ハラスメントがなくならないのは、「相手が不快に思えばハラスメント」という大きな誤解が原因、というのは言いすぎでしょうか。しかし、ハラスメントか否かは平均的な労働者の感覚で決まるという理解が進めば、行為の相手方も「自分は不快だが、平均的な労働者も不快に思うだろうか?」と立ち止まって考えるでしょうし、ハラスメントを目撃した上司や周囲の同僚も、「相手は不快に思っていないかもしれないが、あんなことをされたら平均的な労働者は不快に思うだろう。やはり問題だと注意しよう」と考えることができるでしょう。私は、このような内容のセミナーを継続的に実施することによって、ハラスメントが劇的に減少することを実感しています。
 現在、ハラスメント法制化の動きも出てきていますが、ハラスメントが相手の主観のみを基準とするものではないことをより明確に打ち出してほしいと切に思います。
 なお、本稿ではセクハラを題材に述べましたが、パワハラについても、相手の主観のみで決まるものではないことは全く同様であり、必要以上にハラスメントを恐れるあまり、必要な注意指導が困難になっているという問題も生じています。働き方改革をはじめ、労働環境をめぐる法制度は激変していますが、より良い職場環境の実現に資するものであってほしいと思います。

(2019年1月執筆)

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