民事2017年07月06日 建物漏水事故の増加と漏水事故に関する終局的責任の帰趨 発刊によせて執筆者より 執筆者:田中敦
平成26年に、損害保険料率算出機構が、火災保険の参考純率の改定を行い、住宅総合保険の参考純率を平均で3.5%引き上げたことは記憶に新しいところかと思います。
この参考純率改定の背景として、損害保険料率算出機構は、①自然災害や水濡れ損害による保険金の支払いが近年増加していること、②地球温暖化により自然災害の将来予測に不確実な要素が増しているとの研究成果が発表されたことを説明しています。
近年の異常気象により、過去例にないほどの雨が降ったりすることは、生活実感としても感じられるところですし、また、老朽化した建物が増加していくことによって、雨仕舞いの施工部分や、給排水管の故障・不具合も増加することになりますから、雨漏りや、給排水管からの漏水による建物漏水事故件数が増加していくことは、必然の流れといえます。
これらの建物漏水事故については、建物所有者等が加入する保険により、損害の填補がなされるケースも多いでしょうが(上記の参考純率改定の契機ともなっています。)、保険給付がなされることは、被保険者にとっては解決となっても、保険会社にとっては終局的解決ではなく、その後には、漏水事故について真に責任を負うべき者に対する求償・保険代位(保険法25条)という問題がつきまとうことになります。
例えば、マンションの配管から漏水が生じ、マンション専有部分の所有者に損害が生じ、マンション専有部分の所有者に保険給付がなされた場合を想定します。
この場合、漏水の原因が、マンション配管の施工不良に存したのであれば、マンション配管を施工した請負業者の不法行為責任(民法709条)が問題となり得ます。また、場合によっては、マンションを販売した売主の瑕疵担保責任が問題となるケースもあるでしょう。
さらに、配管の所有・占有関係に応じて、工作物責任(民法717条)が問題となり得ます。マンションの給排水管では、場所によって、専有部分となる場合と、共用部分となる場合があり、漏水箇所に応じた検討も必要となってきます。
仮に、専有部分が賃貸されており、賃借人に損害が生じたのであれば、さらに法律関係は複雑となり得ます。
保険会社としては、きちんと法的責任の帰趨を判断し、求償を行うことのできる事例であれば、厳しく求償を行うとの姿勢を取ることが、近年顕著な傾向であると思います。保険代位・求償が行われれば、建物漏水事故について、終局的に法的責任を負う者が誰なのかが結論付けられることとなります。
そこで判断の指針の一つとなるのが、過去の裁判例の蓄積であると思います。
建物漏水事故自体は、古くから存するものですので、過去の裁判例の蓄積が存するところ、保険代位という事例では、保険会社が、被保険者の立場に代位することとなりますから、仮に過去の裁判例が、保険代位の場面を取り扱ったものでないとしても、上記責任の判断を行うための指針となり得ます。
建物漏水事故の増加というトピックは、まさに、「古くて新しい問題」ということができるでしょう。
(2017年6月執筆)
人気記事
人気商品
関連商品
発刊によせて執筆者より 全70記事
- 税理士事務所経営のささやかな羅針盤となるように
- 相続問題に効く100の処方箋
- 相続土地国庫帰属制度の利活用促進の一助になれば
- 患者と医療従事者とのより望ましい関係の構築を願って
- 遺言・遺産分割による財産移転の多様化と課税問題
- 専門職後見人の後見業務
- 不動産の共有、社会問題化と民法改正による新しい仕組みの構築
- 登記手続の周知
- 育児・介護休業制度に対する職場の意識改革
- メンタルヘルスはベタなテーマかもしれないけれど
- 持続可能な雇用・SDGsな労使関係
- 自動車産業における100年に1度の大変革
- 中小企業の事業承継の現状と士業間の連携
- 消費税法に係る近年の改正について
- コーポレートガバナンスと2つのインセンティブ
- 労働者の健康を重視した企業経営
- 被害者の自殺と過失相殺
- <新型コロナウイルス>「株主総会運営に係るQ&A」と中小企業の株主総会
- 意外と使える限定承認
- 保育士・保育教諭が知っておきたい法改正~体罰禁止を明示した改正法について~
- 筆界と所有権界のミスマッチ
- 相続法改正と遺言
- 資格士業の幸せと矜持
- 労働基準法改正への対応等、ケアマネジャーに求められる対応は十分か
- 人身損害と物的損害の狭間
- <新債権法対応>契約実務における3つの失敗例
- 新債権法施行へのカウントダウン - 弁護士実務への影響 -
- 不動産売買における瑕疵担保責任から契約不適合責任への転換の影響
- 子を巡る紛争の解決基準について
- 所有者不明土地問題の現象の一側面
- 相続法の大改正で何が変わるのか
- 民法改正による交通事故損害賠償業務への影響
- 「相手が不快に思えばハラスメント」の大罪
- 身体拘束をしないこと
- 合同会社の設立時にご検討いただきたい点
- 社会福祉法人のガバナンスが機能不全している実態が社会問題に
- 借地に関する民法改正
- ただの同棲なのか保護すべき事実婚なのか
- 農地相談についての雑感
- 瑕疵か契約不適合か 品確法は、改正民法に用語を合わせるべきである
- 外国人受入れ要件としての日本語能力の重要性
- 相続法改正の追加試案について
- 民法(債権法)改正
- 相続人不存在と不在者の話
- 財産分与の『2分の1ルール』を修正する事情について
- 離婚を引き金とする貧困問題と事情変更による養育費の変更
- 建物漏水事故の増加と漏水事故に関する終局的責任の帰趨
- 働き方改革は売上を犠牲にする?
- 次期会社法改正に向けた議論状況
- 消費者契約法改正と「クロレラチラシ配布差止等請求事件最高裁判決(最判H29.1.24) 」の及ぼす影響
- 「買主、注意せよ」から「売主、注意せよ」へ
- 障害福祉法制の展望
- 評価単位について
- 止まない「バイトテロ」
- 新行政不服審査法の施行について
- JR東海認知症事件最高裁判決について
- 不動産業界を変容させる三本の矢
- 経営支配権をめぐる紛争について
- マンションにおける管理規約
- 相続法の改正
- 消防予防行政の執行体制の足腰を強化することが必要
- 最近の地方議会の取組み
- 空き家 どうする?
- 個人情報保護法、10年ぶりの改正!
- 最近の事業承継・傾向と対策
- ネーム・アンド・シェイムで過重労働は防止できるのか
- 離婚認容基準の変化と解決の視点
- 境界をめぐって
- 妻の不倫相手の子に対しても養育費の支払義務がある?
- 個別労働紛争解決のためのアドバイス
執筆者
田中 敦たなか あつし
弁護士(匠総合法律事務所)
略歴・経歴
平成23年 早稲田大学法学部卒業
平成25年 東京大学大学院法学政治学研究科法曹養成専攻修了
平成26年 司法修習終了(67期)、弁護士登録(第二東京弁護士会)、匠総合法律事務所入所
執筆者の記事
執筆者の書籍
執筆者のセミナー
開催日/エリア | 講師 | セミナータイトル | 定員 | 受講料 |
---|---|---|---|---|
2024年08月28日[] | ■町田 悠生子(弁護士/五三・町田法律事務所) | 【オンライン録画配信】社労士向け 育介法2024年改正対応 ポイント解説 主催:新日本法規出版株式会社 |
開催終了無料円 | 無料 |
2024年06月21日[] | ■田中 敦(弁護士/匠総合法律事務所) | 【オンライン録画配信】設計者が知っておくべきトラブル事例の解説 主催:新日本法規出版株式会社 |
開催終了無料円 | 無料 |
-
団体向け研修会開催を
ご検討の方へ弁護士会、税理士会、法人会ほか団体の研修会をご検討の際は、是非、新日本法規にご相談ください。講師をはじめ、事業に合わせて最適な研修会を企画・提案いたします。
研修会開催支援サービス
Copyright (C) 2019
SHINNIPPON-HOKI PUBLISHING CO.,LTD.