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民事2020年06月24日 被害者の自殺と過失相殺 発刊によせて執筆者より 執筆者:吉野慶

1 「大津いじめ事件」控訴審判決
  報道等でご存じの方も多いと思いますが、事件当時大津市立中学校2年生に在学していた生徒Aが同級生から繰り返し執拗な「いじめ」を受け、自殺したという事案(いわゆる「大津いじめ事件」)について、Aの両親らが加害少年の親権者及び加害少年本人らに対して損害賠償請求訴訟を提起したところ、先般、大阪高判令2・2・27(裁判所ウェブサイト)は、いじめと自殺との間に相当因果関係を認め、(一切過失相殺をすることなく)加害少年ら2人に計約3750万円の支払いを命じた一審の判決(大津地判平31・2・19)を変更し、(いじめと自殺との間に相当因果関係は認めつつも)Aの自殺にはAの家庭環境も寄与しているとして4割の過失相殺をし、さらに大津市等からの既払い金を控除して、加害少年ら2人に計約400万円の支払を命じました(現在Aの両親らが上告中)。

2 被害者の自殺と過失相殺が問題となる事故類型と裁判例の傾向
(1)このように、加害者から一定の不法行為がなされた後に被害者がうつ病などの精神疾患を患い自殺をした事案における損害賠償請求事件において、当該不法行為と自殺の相当因果関係が認められた場合に過失相殺(ないし素因減額)の可否及びその割合が問題となる典型的な事故類型として、上記の「いじめ」による自殺事案(以下「いじめ事案」といいます)以外に過労自殺事案や交通事故後の自殺事案(以下「交通事故事案」といいます)があります。
(2)このうち、まず、過労自殺事案については、有名な電通事件判決があります。電通に新卒で入社した社員が入社後約1年5ヶ月後に過重労働を原因としてうつ病に罹患し自殺をしたことから、その両親らが電通に対して損害賠償請求をしたという事案について、最判平12・3・24(判時1707・87)は・・・「ある業務に従事する特定の労働者の性格が同種の業務に従事する労働者の個性の多様さとして通常想定される範囲を外れるものでない限り、その性格及びこれに基づく業務遂行の態様等が業務の過重負担に起因して当該労働者に生じた損害の発生又は拡大に寄与したとしても・・・その性格及びこれに基づく業務遂行の態様等を、心因的要因として斟酌することはできない」として、3割の過失相殺をしていた原判決を破棄しました(差し戻し審で過失相殺をせずに和解)。
 そのため、これ以降、過労自殺事案における裁判実務では過失相殺をすること自体に非常に消極的であり、仮に過失相殺をするとしても(その事由は自己の健康上の問題や心身の不調について、使用者や上司、産業医に対する不申告が多いです)、その過失相殺割合はそれほど高くないという傾向にあります。実際、私が同最高裁判決以降直近までに公刊された下級審裁判例を調べた結果では、過重労働と自殺の相当因果関係(=使用者の責任)が認められた事案(計47件)のうち、過失相殺がされた判決は約3割(14件)に過ぎません(過失相殺割合も3割~5割程度が多いです)。
(3)他方、交通事故事案については、自動車同士の衝突事故の被害者Aが、事故による後遺症(14級)が認定された後、うつ状態となり、事故から約3年7ヶ月後に自殺したという事案について、最判平5・9・9(判時1477・42)は「本件事故とAの自殺との間に相当因果関係があるとした上、自殺には同人の心因的要因も寄与しているとして相応の減額をして死亡による損害額を定めた原審の判断は、正当として是認することができ、原判決に所論の違法はない。」として上告を棄却し、8割の減額をしていた原判決を是認しました。
 この最高裁判決以降、裁判実務では交通事故と自殺との相当因果関係を認める下級審判決が多く出されるようになりましたが、その場合(過労自殺事案とは異なり)過失相殺がなされることが非常に多く、また、その過失相殺割合も高いという傾向にあります。実際、私が同最高裁判決以降直近までに公刊された下級審裁判例を調べた結果では、交通事故と自殺との相当因果関係が認められた事案(18件)の内、その全てについて過失相殺がなされ(10割)、また、その過失相殺割合も7割~8割程度と高いものが多いです。
(4)最後に、冒頭で述べたいじめ事案ですが、従来の裁判例においては、いじめにより生徒が自殺することは極めて希有かつ特異な事例であり学校(教師)ないし加害少年にとっては自殺の結果を予見もしくは回避することの困難性が重視され、「いじめ」については学校や加害少年の責任を認めつつも、「自殺」についてまでは責任は認められていませんでした。しかし、福島地裁いわき支部判平2・12・26(判時1372・27)は「・・・学校側の安全保持義務違反の有無を判断するに際しては、悪質かつ重大ないじめはそれ自体で必然的に被害生徒の心身に重大な被害をもたらし続けるものであるから、本件いじめがAの心身に重大な危害を及ぼすような悪質重大ないじめであることの認識が可能であれば足り、必ずしもAが自殺することまでの予見可能性があったことを要しないものと解するのが相当である」と述べ、学校側に自殺についてまでの責任を認め(但し、7割の過失相殺をしています)、いじめ自殺訴訟に大きな風穴を開けた判決として注目を浴びました。以後、数件でありますが、自殺についてまで責任を認める下級審判決が出されていますが、 しかし、その場合でもやはり過失相殺がなされることが多く、また、その過失相殺割合も高いという傾向にあります。実際、私が同いわき支部判決以降直近までに公刊された下級審裁判例を調べた結果では、いじめと自殺との相当因果関係が認められた事案(上記「大津いじめ事件」控訴審判決を含む7件)の内、過失相殺がされた判決は約8.5割(6件)であり、その過失相殺割合も7割~9割程度と高いものが多いです。

3 考察 
 このように、近時の裁判例の傾向を見ると、同じように一定の加害行為の後被害者が自殺するという事故類型であっても、過労自殺事案では過失相殺に消極的であるのに対し、交通事故事案やいじめ事案では積極的に過失相殺がなされています。
 何故このような差異が生じるのでしょうか。色々な要因が考えられますが、いくつかの要因に絞って検討してみますと、まず、加害者と被害者の関係ですが、過労自殺事案の場合には使用者と被用者、いじめ事案の場合には教師(学校)と生徒、生徒間という密接ないし親密でかつ強者と弱者の関係にありますが、交通事故事案の場合には原則として見知らぬ第三者で対等の関係にあります。
 次に不法行為の態様ですが、過労自殺事案やいじめ事案の場合には反復・継続的になされることが多いですが、交通事故事案の場合は突発的・単発的です。
 次に加害者側の予見可能性・結果回避可能性ですが、過労自殺事案の場合、使用者と被用者は毎日のように顔を合わせており、使用者において過重労働・長時間労働の把握は容易であり、使用者は被用者の能力や心身状況に応じた仕事量仕事内容の配分や休職させることも可能です。いじめ事案の場合にも、学校(教師)は生徒らとほぼ毎日顔を合わせており、いじめの有無についての予見可能性は相当程度認められ、発見後はこれを止めさせ、対応することはある程度可能です。他方、交通事故事案では、事故後は加害者側は原則として被害者の日常生活はもとより、どのような医療機関でどのような治療を行うかについても関与できません。
 次に両親や家族らの(被害者側)の監督義務ですが、過労自殺事案や交通事故事案では原則としてありませんが、いじめ事案の場合、両親には子供を教育・監督する義務があります。
 最後に背景事情(基本理念)等ですが、過労自殺事案の場合、報償責任の原理や近時の働き方改革(=労働基準法改正等)等社会的に労働者保護の要請が強いのに対し、交通事故事案では損害の公平な分担や被害者の損害拡大防止義務といった不法行為制度の趣旨がより強く考慮されます。他方、いじめ事案については、子供の教育や監督に対する親権者の役割が重視され(子供の教育は「学校と家庭の両輪」)、また生徒児童の自殺には家庭環境が要因となることが多いとされています。
 これらのいくつかの要因等を総合的に考慮して上記のような差異が生じていると思料されますが、いじめ事案については、家庭環境が一定の影響を与えるとしても、その他の要素については比較的過労自殺事案と共通する部分が多く、「いじめ」という悪質な故意の不法行為に対するものとしてはやや減額割合が大き過ぎると思われます。
 上記のように、大津いじめ事件については、控訴審判決では過失相殺がなされましたがその割合は4割と従来の裁判例と比較すると小さい上、現在両親らが最高裁に上告しており、いじめ事案における過失相殺の有無や割合について最高裁としてどのような判断が示されるのか、非常に注目されています。

以上

(2020年6月執筆)

発刊によせて執筆者より 全69記事

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執筆者

吉野 慶よしの けい

弁護士(坂東総合法律事務所)

略歴・経歴

平成9年 慶應義塾大学法学部法律学科卒
平成12年 弁護士登録(東京弁護士会 52期)
坂東司朗法律事務所入所

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