企業法務2021年05月26日 コーポレートガバナンスと2つのインセンティブ 発刊によせて執筆者より 執筆者:植松勉
1 本年(2021年)6月に、コーポレートガバナンス・コードの改訂が予定されています。サステナビリティ、多様性、プライム市場上場会社に関する規定などが盛り込まれており、今後の日本企業におけるコーポレートガバナンスのさらなる充実に資することが期待されます。
さて、このコーポレートガバナンスですが、平たく言えば、「経営(者)に対する規律(コントロール)」ということです。コーポレートガバナンスが議論されるようになった当初は、経営が暴走しないようにコントロールするための仕組み作りに力点が置かれていましたが(いわゆる「守りのガバナンス」)、近時では、経営者がリスクをとって積極的に経営を行うように(そして自社の企業価値を向上させるように)コントロールする仕組み、いわゆる「攻めのガバナンス」も議論されるようになっています。
2 経営者がリスクをとって積極的に経営を行うようにコントロールするための手段としてまず考えられるのが、経営者に対するモニタリングの実施です。経営者が積極的な姿勢を失っていないか、常時適切なモニタリングが実施できれば、経営者は手を抜く暇を与えられないこととなるでしょう。
しかし、こうしたモニタリングの実施は困難で、別の現実的なアプローチを考えることが求められます。それは、事前に経営者に適切なインセンティブを与え、経営者から最善の努力を引き出そうというアプローチです。そこで注目されるのが「報酬」です。ただ、報酬の額が定額であると、経営者が積極性を放棄して怠けたとしても、受け取る報酬の額には影響がないことから、適切なインセンティブとして機能しません。そこで、報酬の額を会社の業績に連動させることなどが考えられ、これによって経営者の積極性を引き出すことが可能となります。会社法上の報酬規制に係る議論は、これまで「お手盛り防止」の一辺倒でしたが、令和元年改正会社法においては、報酬の持つこうしたインセンティブとしての機能にも着目し、新たな規律を設けています。
経営者がリスクをとって積極的に経営を行うようにコントロールするためには、積極性を引き出すインセンティブとあわせてもう一つ、リスクを回避しないように後押しするインセンティブを付与することも考えられます。すなわち、経営者が責任を恐れるがあまり、過度にリスクを回避することがないようにコントロールするための適切なインセンティブを付与することも重要です。令和元年改正会社法との関係でいえば、補償契約(会社補償)・D&O保険を含む役員等賠償責任保険契約は、こうしたもう一つのインセンティブとして機能するものです。改正法は、これらの契約の法的安定性を高めることなどを狙いとして、新たな規定を設けました。
3 この原稿を執筆している現在では、3月期決算の会社の業績もすべて出そろい、専門家による分析も報告されています。業績向上に向けた取組みは千差万別でしょうが、コーポレートガバナンスの究極の狙いは、業績向上も含めた企業価値の向上にあります。令和元年改正会社法による新たな規律が、コーポレートガバナンスの向上に寄与し、ひいてはそれが企業業績・企業価値の向上へとつながっていくことを期待します。
(2021年5月執筆)
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執筆者
植松 勉うえまつ つとむ
弁護士
略歴・経歴
弁護士(日比谷T&Y法律事務所)
早稲田大学法学部卒
日比谷T&Y法律事務所 パートナー弁護士
平成8年 弁護士登録(東京弁護士会)
東京弁護士会法制委員会商事法制部会部会長、東京弁護士会会社法部副部長、平成28~30年司法試験・司法試験予備試験考査委員(商法)、令和2年司法試験予備試験考査委員(商法)
<主要著書等>
『会社役員 法務・税務の原則と例外-令和3年3月施行 改正会社法対応-』(編著、新日本法規出版、令和3年)、『フロー&チェック 企業法務コンプライアンスの手引』(共著、新日本法規出版、平成28年)、『企業のための契約条項有利変更の手引』(編著、新日本法規出版、平成26年)、『監査役監査の基本がわかる本』(共著、同文館出版、平成25年)、『非上場会社の法務と税務』(共著、新日本法規出版、平成23年)、『新・取締役会ガイドライン』(共著、商事法務、平成23年)他多数
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