カートの中身空

閲覧履歴

最近閲覧した商品

表示情報はありません

最近閲覧した記事

民事2016年05月12日 JR東海認知症事件最高裁判決について 発刊によせて執筆者より 執筆者:今西順一

1 平成28年3月1日、認知症の男性がJR東海の列車と衝突した事故に関してJR東海が男性の妻や長男などに対して損害賠償請求した事件において、最高裁判所第三小法廷は、妻・長男のいずれにも損害賠償義務がないと判断しました。
報道でも頻繁に取り上げられ、世間では概ね好意的に受け入れられているようです。

2 認知症の方は精神障害者(精神保健及び精神障害者福祉に関する法律第5条)に該当しますので、本判決は、精神障害者の監督者に関する損害賠償責任について判断を下したことになります。
 精神障害者が不法行為に及んだ場合にその監督者が責任を問われる事案については、公刊されている裁判例が少なく、また事案の内容も精神障害者が第三者を故意に殺傷するものが大部分でした(例えば、最判昭和58年2月24日、仙台地判平成10年11月30日、高知地判昭和47年10月13日など)。
 平成28年2月26日、平成27年の国勢調査の結果が公表され、大正9年(1920年)の調査以来、日本が初めて人口減少に転じたことが分かりました。日本が超高齢社会に向かっていることを象徴する調査結果が公表され、その4日後に最高裁が本判決を下したわけです。単なる偶然とは言えない何かを感じてしまいます。

3 本判決のポイントは、
① 配偶者・後見人・保護者(精神保健及び精神障害者福祉に関する法律によるもの)は民法714条の監督義務者ではない
② 監督義務者でない者でも一定の者は準監督義務者として民法714条が類推適用されて法定監督義務者と同じ責任を負う
ことを判示したことです。

 もともと、後見人や保護者(ただし、現在、保護者制度は廃止されていますが。)は当然のように監督義務者と考えられていましたので、①の判断は画期的なものと言ってよいように思います。また、専門職後見人の数が増えている今日において、後見人が一律監督義務者であるとされると、後見人の引き受け手が乏しくなるといった懸念もありましたので、この点からも肯定的評価が可能だと思います。
 ところで、②の準監督義務者という概念は、私の知る限り裁判例でも学説でも今まで使用されたことはなかったのではないかと思います。これに類似する概念として事実上の監督者というものがありました。準監督義務者概念はこの事実上の監督者概念と同じもののようです。
 最高裁は様々な要素を示して準監督義務者に該当する基準を提示しました。

4 ところで、ある人が準監督義務者に該当すると、その人は、法定監督義務者と同じ民法714条に基づく責任を負います。民法714条は、一般不法行為責任である民法709条の例外として、通常被害者側が負担すべき注意義務違反の立証責任を監督義務者に転換し、監督義務者が、監督義務を尽くしたと主張立証しない限り不法行為責任を負うことになります。したがって、民法714条は、被害者の立証責任を緩和しており、この点において被害者保護に資する面があります。そうだとすると、準監督義務者という概念を認めることは、被害者保護の観点から歓迎すべきことだとなりそうです。
 しかし、本当にそうでしょうか。最高裁は準監督義務者に該当するか否かの要素として、精神障害者との日常的な接触の程度、財産管理への関与の状況、関わりの実情、介護の実態を挙げ、これらの事情を総合考慮して監督を引き受けたとみるべき特段の事情があるか否かを判断するとしました。(特段の事情がある、と判断されれば民法714条が類推適用されます。)。そうすると、監督義務者の責任を追及する被害者において、特段の事情があるといえる評価根拠事実を立証する必要がありそうです。
 しかし、その事実は、前記のとおり、精神障害者(加害者)とその関わりのある方との間に関する事情ですから、被害者において容易に知ることはできません。
 
 今回の最高裁判決により、法定監督義務者については一律に「この人が該当するのだ」という判断はせず、準監督義務者という概念を介して、個別具体的事情により判断されることになったと考えて差し支えないと思いますが、しかし、被害者においてこの事情を立証せねばならないのであれば、被害者に立証の困難を強いることになりかねません。
 他方で、精神障害者に関わりを持っている立場から見ると、個別具体的事情により判断される以上、自分が準法定監督義務者と判断されるかどうか不明確だ、予測できない、ということになってしまいます。そして、責任を負う可能性があり、その可能性の程度も分からないのであれば精神障害者との関わりを持つのは回避しよう、介護には関わらないようにしようということになりはしないかという懸念もあります。
 本判決によってさらに検討すべき問題も生じたといえそうです。

(2016年5月執筆)

発刊によせて執筆者より 全69記事

  1. 相続問題に効く100の処方箋
  2. 相続土地国庫帰属制度の利活用促進の一助になれば
  3. 患者と医療従事者とのより望ましい関係の構築を願って
  4. 遺言・遺産分割による財産移転の多様化と課税問題
  5. 専門職後見人の後見業務
  6. 不動産の共有、社会問題化と民法改正による新しい仕組みの構築
  7. 登記手続の周知
  8. 育児・介護休業制度に対する職場の意識改革
  9. メンタルヘルスはベタなテーマかもしれないけれど
  10. 持続可能な雇用・SDGsな労使関係
  11. 自動車産業における100年に1度の大変革
  12. 中小企業の事業承継の現状と士業間の連携
  13. 消費税法に係る近年の改正について
  14. コーポレートガバナンスと2つのインセンティブ
  15. 労働者の健康を重視した企業経営
  16. 被害者の自殺と過失相殺
  17. <新型コロナウイルス>「株主総会運営に係るQ&A」と中小企業の株主総会
  18. 意外と使える限定承認
  19. 保育士・保育教諭が知っておきたい法改正~体罰禁止を明示した改正法について~
  20. 筆界と所有権界のミスマッチ
  21. 相続法改正と遺言
  22. 資格士業の幸せと矜持
  23. 労働基準法改正への対応等、ケアマネジャーに求められる対応は十分か
  24. 人身損害と物的損害の狭間
  25. <新債権法対応>契約実務における3つの失敗例
  26. 新債権法施行へのカウントダウン - 弁護士実務への影響 -
  27. 不動産売買における瑕疵担保責任から契約不適合責任への転換の影響
  28. 子を巡る紛争の解決基準について
  29. 所有者不明土地問題の現象の一側面
  30. 相続法の大改正で何が変わるのか
  31. 民法改正による交通事故損害賠償業務への影響
  32. 「相手が不快に思えばハラスメント」の大罪
  33. 身体拘束をしないこと
  34. 合同会社の設立時にご検討いただきたい点
  35. 社会福祉法人のガバナンスが機能不全している実態が社会問題に
  36. 借地に関する民法改正
  37. ただの同棲なのか保護すべき事実婚なのか
  38. 農地相談についての雑感
  39. 瑕疵か契約不適合か 品確法は、改正民法に用語を合わせるべきである
  40. 外国人受入れ要件としての日本語能力の重要性
  41. 相続法改正の追加試案について
  42. 民法(債権法)改正
  43. 相続人不存在と不在者の話
  44. 財産分与の『2分の1ルール』を修正する事情について
  45. 離婚を引き金とする貧困問題と事情変更による養育費の変更
  46. 建物漏水事故の増加と漏水事故に関する終局的責任の帰趨
  47. 働き方改革は売上を犠牲にする?
  48. 次期会社法改正に向けた議論状況
  49. 消費者契約法改正と「クロレラチラシ配布差止等請求事件最高裁判決(最判H29.1.24) 」の及ぼす影響
  50. 「買主、注意せよ」から「売主、注意せよ」へ
  51. 障害福祉法制の展望
  52. 評価単位について
  53. 止まない「バイトテロ」
  54. 新行政不服審査法の施行について
  55. JR東海認知症事件最高裁判決について
  56. 不動産業界を変容させる三本の矢
  57. 経営支配権をめぐる紛争について
  58. マンションにおける管理規約
  59. 相続法の改正
  60. 消防予防行政の執行体制の足腰を強化することが必要
  61. 最近の地方議会の取組み
  62. 空き家 どうする?
  63. 個人情報保護法、10年ぶりの改正!
  64. 最近の事業承継・傾向と対策
  65. ネーム・アンド・シェイムで過重労働は防止できるのか
  66. 離婚認容基準の変化と解決の視点
  67. 境界をめぐって
  68. 妻の不倫相手の子に対しても養育費の支払義務がある?
  69. 個別労働紛争解決のためのアドバイス

執筆者

今西 順一いまにし じゅんいち

弁護士

略歴・経歴

(経歴)
2001年(平成13年)  京都府立大学福祉社会学部卒業
2003年(平成15年)  神戸大学法学部卒業
2006年(平成18年)  弁護士登録(59期)
2014年(平成26年)~ リーガルキュレート総合法律事務所
(所属)
東京弁護士会所属

(著作)
・入門・覚せい剤事件の弁護、著:東京弁護士会期成会明るい刑事弁護研究会(現代人文社)共著
・責任能力を争う弁護活動、著:東京弁護士会期成会明るい刑事弁護研究会(現代人文社)共著
・個別労働紛争解決手続マニュアル、編集:松田純一(新日本法規出版)共著
・労働時間・休日・休暇をめぐる紛争事例解説集、編集:浅井隆他(新日本法規出版)共著
・改訂版交通事故実務マニュアル、編集:東京弁護士会法友全期会交通事故実務研究会(ぎょうせい) 共著
・ケース別遺産分割協議書作成マニュアル、編集:永石一郎他(新日本法規出版)共著
・社会生活トラブル合意書・示談書等作成マニュアル、編集:社会生活紛争解決文書研究会(新日本法規出版)編集・共著
・未成年者・精神障害者の監督者責任-Q&Aと事例-、編著:今西順一(新日本法規出版)編著
・人質司法に挑む弁護-勾留からの解放-、著:東京弁護士会期成会明るい刑事弁護研究会(現代人文社)共著
・Q&Aと事例 物損交通事故 解決の実務、編著/志賀晃(弁護士)、稲村晃伸(弁護士)(新日本法規出版)
・〔改訂版〕ケース別 遺産分割協議書作成マニュアル、編著/永石一郎(弁護士)、鷹取信哉(弁護士)、下田 久 (弁護士)、夏苅 一 (弁護士)(新日本法規出版)共著

執筆者の記事

  • footer_購読者専用ダウンロードサービス
  • footer_法苑WEB
  • footer_裁判官検索