民事2019年04月18日 <新債権法対応>契約実務における3つの失敗例 発刊によせて執筆者より 執筆者:工藤洋治
令和2年(2020年)4月1日、債権関係分野の見直しを内容とする改正民法が施行されます。
改正民法を踏まえた契約書の見直し等のニーズ・相談は、施行日に向けて、今後ますます増えてくると思われますが、不十分・不適切な対応をとった場合に発生すると予測される失敗例として、以下の3つがあります。
失敗例その1:契約条項の文言を置き換えるだけ
改正民法では、「瑕疵担保責任」が「契約不適合責任」へと用語の変更がされました。これを受けて、従来の契約条項における「瑕疵」という言葉を、「契約の内容に適合しないこと」といった言葉に置き換えるだけの対応で済ませようとしていないでしょうか。
「契約不適合責任」は、単なる用語の変更ではありません。特に「効果」の点で、従来にはない内容が法定されました。その一方で、基本的に任意規定なので、契約でその内容を排除・修正することも認められます。
このため、例えば、瑕疵担保責任について解除と損害賠償だけを効果として定める従来の契約条項について、用語を変更するだけの対応をとると、「改正民法が新たに法定した効果を、あえて排除する趣旨(効果を解除と損害賠償に限定する趣旨)」なのか、「そこまでの意味はなく、法定の効果を主張することも認める趣旨」なのかが不明確となります(これに起因する紛争も生じかねません。)。
契約書の見直しに当たっては、こうした疑義が生じないよう、事案に応じ適切な内容の要件・効果を、明確に定める必要があります。
失敗例その2:無効な契約書を締結してしまう
保証に関する改正内容は、基本的に強行規定と解されます。したがって、この内容を適切に踏まえて契約書を作成しないと、「保証契約を締結したつもりになっていたが、実は無効だった」という致命的な失敗をすることになります。
例えば、極度額の定めは、従来は、「貸金等債務」を対象とする個人保証においてのみ、要求されていました。改正民法においては、その範囲が広げられ、「一定の範囲に属する不特定の債務」を対象とする個人保証全般について、極度額の定めが必要(すなわち、極度額の定めがなければ、その保証契約は無効)とされました。
具体的には、施行日後に締結する建物賃貸借契約や取引基本契約において個人の連帯保証人を付す場合には、極度額を定める契約条項を備えることが必須となります。
失敗例その3:新旧の適用関係を間違える
直近に購入した六法をめくると、新旧両方の条文が掲載されています。現在は改正民法の施行日前ですから、改正前の現行民法が掲載されているのは当然です。しかし、注意をしなければならないのは、「改正民法の施行日後であっても、少なくとも数年間は、改正前民法の条文を手放せない」ということです。
例えば、会社間の契約において債務不履行があった場合、改正前の法令によれば、「権利行使可能時から5年間」の商事消滅時効にかかります。これに対して、改正後の法令によれば、商事消滅時効は廃止されますので、民法に従い、「権利行使可能時から10年間」又は「知った時から5年間」の消滅時効にかかります。
そこで、改正民法の施行日後に、「権利行使可能時から4年11か月時点で、契約上の債務不履行が発覚した」というような場合に、改正民法の条文を見て、「あと5年以内に権利行使すれば足りる」と判断したとします。
ところが、当該契約の「締結」が改正民法の施行日前だとしたら、上記の判断は、決定的に間違っています。
改正法の附則において、「施行日前に債権が生じた場合におけるその債権の消滅時効の期間については、なお従前の例による。」(附則10条4項。同条1項括弧書き参照。)とされています。したがって、契約締結が施行日前であれば、上記の例における消滅時効期間は、あくまでも「権利行使可能時から5年間」なのです(すなわち、大急ぎで催告等の措置をとらないと、失権してしまいます。)。
このほかにも、新旧の適用関係については、附則で細かな定めが置かれていますから、常にこれを参照し、間違いのない対応をとる必要があります。
(2019年4月執筆)
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