民事2017年02月23日 「買主、注意せよ」から「売主、注意せよ」へ 発刊によせて執筆者より 執筆者:根田正樹
1.2016年12月に国民生活センターから「消費者契約法に関連する消費生活相談の概要」が公表されました。2001年から毎年公表されているもので、その調査項目の中に消費者を誤認させる不適切な説明、不十分な説明による契約に関して寄せられた相談事例があり、その件数は、2010年度には約35,000件であったものが、2015年度には約52,500件に達しています。また、日本証券業協会の「平成27年度のあっせん、苦情、相談業務の処理状況について」によると、勧誘時の説明義務や適合性に関する苦情の件数が2014年度では208件であったのが、2015年度では467件となっています。これらの背景には消費者契約の多様化や個人投資家の増加などの様々な要因が考えられますが、いずれにしても、契約後に「こんなはずではなかった」、「話が違う」と思う消費者や投資家が少なくないことが窺われます。ちなみに説明義務違反が争われた裁判件数をみると、2016年には地裁レベルで50件を超えています。
2.ひるがえって契約法では、行為能力や意思表示の瑕疵など特段問題がない限り、当事者が契約内容などを的確に判断したかどうかについて関知されることはありません(私的自治の原則)。言い換えますと、「買主、注意せよ」という法格言がいうように、契約に必要な情報の収集やそれに基づく判断は当事者の自己責任においてなされるべきものとされています。しかし、事業者・消費者間の取引や、専門家・非専門家間の取引では、構造的に取引内容に関する情報量や情報処理能力、専門的知識などに大きな格差があり、「買主、注意せよ」といっても、一般消費者などにそれらの格差を埋めることを期待するのは困難といえます。そこで、主張されたのが「売主、注意せよ」という考えです。わが国では1960年代半ばころから宅建業法など各種業法が事業者に対して説明義務や情報提供義務を課すようになり、やがて消費者契約法が広く事業者に説明義務を課すようになりました。また判例も説明義務や情報提供義務違反を認めるようになりました。
3.最近では、信義則(民法1条2項)を根拠として、契約締結段階であっても優越的立場にある当事者の一方に説明義務や情報提供義務を課す裁判例も少なくありません(最判平15・12・9民集57巻11号1887頁、最判平16・11・18民集58巻8号2225頁など)。さらに説明の受け手側の理解能力との関係から実質的に説明義務を尽くしたかどうかが判断される場合も見られ、ときには勧誘自体を制限する場合もあります(適合性原則)。
4.こうした中にあって本年1月から国会では債権法改正を内容とする民法改正案の審議が始まりました。この民法改正に関して法制審議会は当初、「契約締結過程における説明義務・情報提供義務」の明文化を謳っていましたが、説明義務等の存否や内容は個別の事案に応じて様々であり、一般的な規定を設けるのは困難であるとの指摘があり、明文化は見送られました。この結果、「買主、注意せよ」と「売主、注意せよ」の異なる要請に、どのように折り合いをつけるかが依然実務上大きな問題として残されることとなり、業種や取引の種類、当事者の関係ごとに契約締結時はもとより契約締結過程における説明義務、情報提供義務の内容や義務違反の要件などについて、さらには組織法上の説明義務などについてより精緻にすることが今後の課題といえます。
(2017年2月執筆)
人気記事
人気商品
関連商品
発刊によせて執筆者より 全74記事
- 使い倒していただくことを願って
- 発刊によせて
- 最適な贈与契約のために
- 発刊によせて
- 税理士事務所経営のささやかな羅針盤となるように
- 相続問題に効く100の処方箋
- 相続土地国庫帰属制度の利活用促進の一助になれば
- 患者と医療従事者とのより望ましい関係の構築を願って
- 遺言・遺産分割による財産移転の多様化と課税問題
- 専門職後見人の後見業務
- 不動産の共有、社会問題化と民法改正による新しい仕組みの構築
- 登記手続の周知
- 育児・介護休業制度に対する職場の意識改革
- メンタルヘルスはベタなテーマかもしれないけれど
- 持続可能な雇用・SDGsな労使関係
- 自動車産業における100年に1度の大変革
- 中小企業の事業承継の現状と士業間の連携
- 消費税法に係る近年の改正について
- コーポレートガバナンスと2つのインセンティブ
- 労働者の健康を重視した企業経営
- 被害者の自殺と過失相殺
- <新型コロナウイルス>「株主総会運営に係るQ&A」と中小企業の株主総会
- 意外と使える限定承認
- 保育士・保育教諭が知っておきたい法改正~体罰禁止を明示した改正法について~
- 筆界と所有権界のミスマッチ
- 相続法改正と遺言
- 資格士業の幸せと矜持
- 労働基準法改正への対応等、ケアマネジャーに求められる対応は十分か
- 人身損害と物的損害の狭間
- <新債権法対応>契約実務における3つの失敗例
- 新債権法施行へのカウントダウン - 弁護士実務への影響 -
- 不動産売買における瑕疵担保責任から契約不適合責任への転換の影響
- 子を巡る紛争の解決基準について
- 所有者不明土地問題の現象の一側面
- 相続法の大改正で何が変わるのか
- 民法改正による交通事故損害賠償業務への影響
- 「相手が不快に思えばハラスメント」の大罪
- 身体拘束をしないこと
- 合同会社の設立時にご検討いただきたい点
- 社会福祉法人のガバナンスが機能不全している実態が社会問題に
- 借地に関する民法改正
- ただの同棲なのか保護すべき事実婚なのか
- 農地相談についての雑感
- 瑕疵か契約不適合か 品確法は、改正民法に用語を合わせるべきである
- 外国人受入れ要件としての日本語能力の重要性
- 相続法改正の追加試案について
- 民法(債権法)改正
- 相続人不存在と不在者の話
- 財産分与の『2分の1ルール』を修正する事情について
- 離婚を引き金とする貧困問題と事情変更による養育費の変更
- 建物漏水事故の増加と漏水事故に関する終局的責任の帰趨
- 働き方改革は売上を犠牲にする?
- 次期会社法改正に向けた議論状況
- 消費者契約法改正と「クロレラチラシ配布差止等請求事件最高裁判決(最判H29.1.24) 」の及ぼす影響
- 「買主、注意せよ」から「売主、注意せよ」へ
- 障害福祉法制の展望
- 評価単位について
- 止まない「バイトテロ」
- 新行政不服審査法の施行について
- JR東海認知症事件最高裁判決について
- 不動産業界を変容させる三本の矢
- 経営支配権をめぐる紛争について
- マンションにおける管理規約
- 相続法の改正
- 消防予防行政の執行体制の足腰を強化することが必要
- 最近の地方議会の取組み
- 空き家 どうする?
- 個人情報保護法、10年ぶりの改正!
- 最近の事業承継・傾向と対策
- ネーム・アンド・シェイムで過重労働は防止できるのか
- 離婚認容基準の変化と解決の視点
- 境界をめぐって
- 妻の不倫相手の子に対しても養育費の支払義務がある?
- 個別労働紛争解決のためのアドバイス
-
-
団体向け研修会開催を
ご検討の方へ弁護士会、税理士会、法人会ほか団体の研修会をご検討の際は、是非、新日本法規にご相談ください。講師をはじめ、事業に合わせて最適な研修会を企画・提案いたします。
研修会開催支援サービス -
Copyright (C) 2019
SHINNIPPON-HOKI PUBLISHING CO.,LTD.