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一般2017年09月14日 執筆テーマは「自由」である。(法苑182号) 法苑 執筆者:小林章博

 平成二九年五月一六日。一通のメールが届いた。
 季節は初夏。四月の大学のキャンパスは見事「サクラサク」学生たちが溢れかえり、一種の狂い咲きともいうべき独特の若さと開放感が充満しているが、それが少し落ち着きだしたゴールデンウィーク明け。五月一五日には京都では葵祭が行われ、上賀茂神社、下鴨神社をゆっくりと進む平安装束の行列の周りを新緑がやさしく包んでいる。そういえば学生時代に、アルバイトで葵祭の行列に参加したことがあったな、と思い出していた頃。二〇一〇年から毎年春から夏にかけて、京都大学法科大学院で講義を担当していることもあり、この季節は私にとって何かと学生時代を思い出すことが多い季節である。
 そんな頃に届いた一通のメールであった。

 メールの差出人は普段お世話になっている新日本法規出版株式会社のご担当者。依頼内容は同社が出版されている「法苑」への執筆依頼であった。実はこのメールをいただくまで「法苑」という出版物に目を通したことがなかった。弁護士という職業柄、何か新規の案件を受任する際には、しっかりと依頼内容を確認した上で、受任している。もちろん今回の執筆依頼にあたっても、普段の姿勢を大切に、「法苑」に目をしっかり通し、果たして自分に執筆できるものかどうかを考えた上で、諾否のお返事をさせていただいたと言いたいところだが、私は、「法苑」の中身を確認することもなく、気軽にOKの返信メールを送信した。
 今となってその気軽な返信の理由を考えてみると、いくつかの理由が思い浮かぶ。ご担当者のご依頼メールが素晴らしかったこと、「テーマは自由、文字数も三千六百字」と比較的容易に書けそうな雰囲気を漂わせていたこと。何よりも、ご依頼いただいたタイミングが絶妙だったと思う。今年の京都大学の講義が始まり、私にも「さあ、今年も何か新しいことに取り組むぞ!」という勢いがまだ少々残っていた頃であったから。
 理由が何であれ、この気軽な受諾が、その後、約二ヶ月にわたって私を苦しめることになったのである。

 さて、何を書こうか。
 テーマは「自由」であるから、文字どおり解釈すれば、何を書いても良いことになる。確かに「絶対に濫用できない自由は、もはや自由ではない」という言葉があるが、私が「法苑」の執筆テーマ選定にあたり、与えられた自由を濫用してしまっては、元も子もなかろう。当然、「法苑」の趣旨にあったものにせねばなるまい。
 そこでまず「法苑」とはどういう意味か考えてみた。「法苑」という一般用語はないと思われるので、造語であろう。「法」は「法曹」や「法律」を意味すると勝手に推測すると、あとは「苑」である。手元にあった漢字字典で調べてみると、「苑」の意味として「学問・芸術の集まる所」との解説がなされていた。「学問」はともかく「芸術」といわれると高尚なイメージが生まれる。どうも「法苑」というタイトルには、深遠なる願いがこめられているようである。むむむ、これはかなりハードルが高いのではないか。私の背中にひやりと変な汗が流れた。

 勝手に自分でハードルをあげても仕方なかろうと、気をとりなおすべく、過去の「法苑」に投稿されている原稿のいくつかに目を通すことにした。やはり、「法」がタイトルに掲げられているからであろうか、法律に関連するもの、法曹として実際に働いた中で得られたご経験の紹介などが多い。さすが、法曹界に身を置く諸先生である。誰も与えられた執筆テーマの自由を濫用されてはいない。
 たまに、趣味や旅行の紹介をされているタイトルもあり、これだ!と思いじっくり目を通してみる。一見、「法」には無関係なことを自由に論じられているようであるが、よく読んでみるとなんらの形で、「法」との関わりが浮かび上がってくる。素晴らしい。さすが、法曹界に身を置く諸先生である。もちろんのことながら、執筆テーマの自由を濫用されている方など誰一人いらっしゃらない。
 執筆された先人たちはみな「法苑」の趣旨を、流行の言葉でいうならば、十分に「忖度」され、その中で「自由」を発揮されている。私は、執筆テーマを考えるという私の本来の目的も忘れ、何冊もの「法苑」に目を通し、堪能させていただいた。今まで「法苑」を知らず、大変もったいないことをしたものである。その楽しい読書のひと時のあと、私を待っていたのは、再び、「さて、何を書こうか」という問い。ますますハードルが高くなってしまったうえでのふり出しである。

 テーマが決められないまま続く悶々とした日々。普段、事務所で忙しく仕事をしていると忘れているような気がするものの、もちろん、心の奥にずっとひっかかったままである。移動中の電車の中、タクシーの中、お昼ご飯を食べているとき、ふと脳裏に蘇ってくる「法苑」と「自由」の文字。特に、毎週月曜日、少し早めに着いた大学の控え室の窓からキャンパスを眺めつつ講義の準備をしているとき、よく「法苑」と「自由」のことが頭をよぎった。なるほど、大学はものを考えるのに適した環境なのかもしれない、などと期待したが、考えても、考えても、なかなかテーマが決められない。「自由」とはこんなに苦しいものであったのか。

 いよいよ「法苑」の締め切りが迫ってきた七月上旬。今日も京都大学法科大学院の控え室で、私は講義の準備をしている。前期の講義は早くも今日が最終日である。私が講義をしている民事弁護実務演習は、売買代金請求や貸金返還請求など民事事件の、基本的な論点の訴状や答弁書を起案させ、これを解説、検討するとともに「弁護実務演習」ということから、法律意見書の起案、依頼者への説明文書の作成等もある。
 最終回の講義のテーマの一つに、賃料を支払わない賃借人に対して賃料の支払いを督促するとともに支払いがなければその解除を求める旨の通知書を起案する問題があった。契約解除という法律効果を基礎付ける法的な通知書であるから、法的な観点からみれば書かなければならないことは決まっている。案の定、学生たちから提出された起案は、みな同じような内容である。しかし、いくつか気になる点があって学生に質問する。
「どうして、冒頭に『拝啓』と書いているのですか?」
「調べた雛形にそのように書いてありました。」
「書く必要はあると思いますか?」
「今まで手紙ってものを書いたことがないから、よくわかりません。」
「では、たとえば解除通知の冒頭に『時下ますますご清祥のこととお喜び申し上げます。』と書いてあったらどう思いますか?」
「それはおかしいと思います。」(学生一同爆笑)

 内容的には基本的な論点が中心であるとはいえ、京都大学のロースクールで講義を担当することは、それなりにプレッシャーがかかる。特に講義を担当し初めの数年は、優秀な学生達を前に十分な講義ができるのかという不安も大きかった。しかし、気がつけば八年目。講義経験を積み重ねたおかげか、あるいは歳をとりいつの間にか学生たちの年齢がわが子の年齢に近くなってきたからか、最近は半期の講義一四回を通じて学生たちが成長していく様子を感じとれるようになってきた。そして、最後の講義では、弁護士としての自分が、今、学生たちに伝えたいことを語る余裕も生まれてきた。

 皆さんは自覚していないかもしれませんが、一四回という短い講義の中でも随分成長されたと感じます。みなさんは優秀であると思います。特に検索能力は高い。確かに、訴状、答弁書など裁判所に提出する書面だけでなく、それ以外の書面でも一定の型があり、それを学ぶことも法曹としての第一歩です。
 型があると仕事は楽です。特に最近、書面を手書きすることなどほぼありえず、書式データを見つけ出して、案件に応じて一部内容を書き換えれば、短時間でそれっぽい書面を作成できます。しかし、その型がどのような考えで組み立てられているのかを十分考えもせず、それに安易に依拠することは危険です。
 書式だけではなく、法律の解釈もそうだと思います。自分の頭で考えるのには時間がかかるし、自分の解釈の正当性を担保できるのか、という不安が付きまといます。だからでしょうか。最近、若手弁護士の仕事をみていると自分で解釈をすることを避ける傾向があるように感じることがあります。法律の解釈にあたっては、ガイドラインが示されるのを待つ。そして、検索能力を駆使してガイドラインを見つけ出すと安心してそれを報告する。
 でも、法曹の仕事って単に検索する仕事ではないと思います。もし単に検索するだけの仕事であれば、数年先にはAIに仕事全部が奪われてしまうかもしれません。みんな、無自覚のうちに、楽をしたい、楽ができるなら「自由」を放棄して喜んで型にはめられたい、そんな姿勢に陥っているのではないでしょうか。法律を駆使して、「自由」に考えるということの大切さに対し、ちょっと鈍感になっているのではないでしょうか。
 今回の講義でとりあげたごく簡単な通知書一つをとっても、法的な要件をはずさないなかで、その事案に最適な通知書を起案できるかどうかに、法律家としての力量が現れます。書き方一つで「契約を解除したいのではなく賃料の延滞を解消してもらいたい」という真意を伝えることができたり、「さっさと契約を解除したい」という非常に厳しいトーンを出すことができたりする。法律の枠内で、「自由」に考えること、それが法曹の面白さ、やりがいだと私は思います。
 また、法曹として仕事を続けていると、どれだけ検索しても、雛形を見つけることができない事案にぶつかることがあるでしょう。そのときに、あなたは検索をしても答えが見つからないことに不安を感じ、途方にくれるかもしれません。
 確かに、「自由に考えよ」といわれると、それは苦しいことも多いかもしれません。
 しかし、法律という武器をつかって、世の中に「自由」に絵を描くことができる法律家の仕事は、とても自由でクリエイティブな仕事だと思います。この「自由」の素晴らしさや喜びを、将来の法律家である皆さんにもぜひ感じ取ってもらいたい。安易に「自由」を放棄せず、しっかりと学び続ければ必ずその瞬間が訪れます。
 その瞬間がくるまで、皆さん、頑張ってください!

 と、学生の前で語っている自分がいる。まるで、自分自身に言い聞かせるように。
 「法苑」のご依頼を受け、久しぶりに「自由」を感じ、苦しみ続けた二ヶ月間。
 さあ、私も初心を忘れず頑張っていこう。

(弁護士・京都大学法科大学院特別教授)

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