一般2022年09月12日 大学では今─問われる学校法人のガバナンス(法苑197号) 法苑 執筆者:根田正樹
1.はじめに
少子化はわが国の学校教育にも深刻な影響を与えている。文部科学省の調査によれば、平成三〇年度~令和二年度までの二年間に廃校された全国の公立小学校・中学校・高等学校数は延べ九九九校に達する。各都道府県の私学審議会においても、私立学校の入学定員の調整が例年、重要な審議案件となっているようである。
少子化は大学にも影響を及ぼしている。私学振興財団の調査によると、私立大学の一六・五%にあたる二七七校が入学定員割れとなり、短期大学に至っては八三・六%にあたる二三九校が入学定員割れの状況にある。こうした厳しい状況にありながらも、多くの学校は期待される教育活動、研究活動に努めている。
他方で学校を舞台にした不祥事がときおり報道される。その極め付きは、昨年の秋ころから連日のようにメディアを賑わした日本大学の不祥事である。こうしたケースについては、一部不心得な理事者の、あるいは一部大学の例外的な事象という見方もある。しかし、定員割れ大学の数などを考えると、むしろ昭和二四年に制定された私立学校法の緩やかな規制が法人制度の機能不全を起こしているとみることもできる。奇しくも令和四年五月二〇日に文部科学省より「私立学校法改正法案骨子」が公表された。
2.学校法人の運営組織と私立学校法
私立学校法上、学校法人の運営を担う機関として設置が義務付けられているのは理事会、理事長、監事、評議員会である。理事会は法人業務に関する最終的な意思決定機関である。構成員である理事については、五人以上であること、設置する学校の学長(校長)が選任されること、一人以上の外部者が選任されることの規制のみで、その他は寄附行為に委ねている。また理事長は学校法人を代表するとともに、法人業務を総理する。監事は法人の経営面や教学面、財産状況の監査を担う。員数については、一人以上の外部監事を含め二人以上が必要とされる。
私立学校法は以上に加え、諮問機関として評議員会の設置を義務付けている。学校運営にその意見を反映させようとする趣旨といえよう。評議員は理事の定数の二倍を超える人数とし、また法人職員から、また設置する学校の卒業生から一人以上選任すれば足り、あとは寄附行為に委ねている。
こうした私立学校法の規制は、類似する公益法人や社会福祉法人に対する法規制と比べて緩いものとなっている。これは、私立学校が篤志家など私人の寄附財産等によって設立・運営されるという特性を有すること、また建学の精神や校風などの独自性が尊重されるべきこと、さらに教育や研究への従事者は法人の適切な運営に必要な識見を有し、自主的運営に委ねられるべきことなど、いわば性善説的考えがあったものと思われる。
3.学校法人のガバナンスの実態
令和四年一月二八日、私学高等教育研究所より『私立大学のガバナンスに関する現況調査』が公表された。これを見ると、学校法人運営の担い手を垣間見ることができる。ここではその中から、いくつかの項目を見ることとする。
4.私立学校法改正の方向性
既述のように、こうした学校法人運営によって、設置した学校が期待される教育や研究成果を十分あげているか、定員割れへの対応をしているかどうか、さらには不祥事の防止などコンプライアンスや適切なガバナンスがなされているかが課題とされてきた。そこで文部科学省は私立学校法改正に取り組み始め、令和四年五月二〇日に「私立学校法改正法案骨子」(以下、単に骨子という。)を公表した。
骨子は、まず改正の基本的考えについて「学校法人の機関設計について、『執行と監視・監督の役割の明確化・分離』の考え方から、各機関の権限分配について、法人の意思決定と業務執行の権限や業務執行に対する監督・監視の権限を明確に整理し、私立学校の特性に応じた形で『建設的な協働と相互けん制』を確立する観点から、必要な法的規律を共通に明確化して定める。」としている。また、大臣所轄学校法人と知事所轄学校法人との区分規制をするとしている。そのうえで学校法人における意思決定、理事・理事会、評議員・評議員会、監事、会計監査、内部統制システムなどについて改正法案の骨子を提示している。
その主要な改正事項をあげると、①学校法人の基礎的変更に係る事項や重要な寄附行為の変更については、評議員会の決議(承認)を要することとする。②理事の選任を行う機関として評議員会その他の機関を寄附行為で定めることとする。③理事について法令違反など客観的な解任事由を定め、評議員会に解任事由のある理事の解任を、理事の行為の差止請求・責任追及を監事に求めることができるとする。さらに評議員会や監事が機能しない場合には、個々の評議員に差止請求や責任追及の訴訟提起権を認める。④理事と評議員の兼職を禁止する。⑤会計については、会計監査人制度を新設する。⑥理事会に内部統制システム整備義務を課すなどとなっている。
5.おわりに
以上、学校法人のガバナンスを巡る問題と私立学校法の改正動向を簡単に紹介した。理事者による不祥事は設置した学校に対する信頼をも失墜させ、学生、生徒、さらには卒業生、保護者に至るまで肩身の狭い思いをさせるなど影響は小さくない。非違行為した理事者の解任、差し止めや「代表訴訟」などの制度化は不可避といえる。
さらに定員割れなども、学校経営に悪影響を与えるだけでなく、学生・生徒に対する教育サービスなどの低下を招き、教職員に対して将来への不安を抱かせるなど深刻な問題を引き起こす。こうした事態は、法人がともすれば対応を学校長に丸投げし、任された学校長は学齢人口減に有効な対応ができないことに起因することが多い。
こうした中にあって大学の場合は、学齢人口が減少している小中高校と異なり、進学率や進学者数は減少していない。つまり入学定員割れの主たる原因が当該学校自体にあるとみられる場合が少なくない。既述のように多様な経歴の外部人材が法人の理事・評議員に就任しており、設置した学校の教育や研究などに関する十分な情報が提供され、その識見が反映されたならば、内部者中心の法人運営に大きな転換をもたらし、困難な問題にも対応できる契機になると思われる。このような観点から、骨子の方向での私立学校法改正が期待される。
(学校法人高岡第一学園顧問(高岡法科大学前学長))
人気記事
人気商品
法苑 全111記事
- 裁判官からみた「良い弁護士」(法苑200号)
- 「継続は力、一生勉強」 という言葉は、私の宝である(法苑200号)
- 増加する空き地・空き家の課題
〜バランスよい不動産の利活用を目指して〜(法苑200号) - 街の獣医師さん(法苑200号)
- 「法苑」と「不易流行」(法苑200号)
- 人口減少社会の到来を食い止める(法苑199号)
- 原子力損害賠償紛争解決センターの軌跡と我が使命(法苑199号)
- 環境カウンセラーの仕事(法苑199号)
- 東京再会一万五千日=山手線沿線定点撮影の記録=(法苑199号)
- 市長としての14年(法苑198号)
- 国際サッカー連盟の サッカー紛争解決室について ― FIFAのDRCについて ―(法苑198号)
- 昨今の自然災害に思う(法苑198号)
- 形式は事物に存在を与える〈Forma dat esse rei.〉(法苑198号)
- 若輩者の矜持(法苑197号)
- 事業承継における弁護士への期待の高まり(法苑197号)
- 大学では今─問われる学校法人のガバナンス(法苑197号)
- 和解についての雑感(法苑197号)
- ある失敗(法苑196号)
- デジタル奮戦記(法苑196号)
- ある税務相談の回答例(法苑196号)
- 「ユマニスム」について(法苑196号)
- 「キャリア権」法制化の提言~日本のより良き未来のために(法苑195号)
- YES!お姐様!(法苑195号)
- ハロウィンには「アケオメ」と言おう!(法苑195号)
- テレビのない生活(法苑195号)
- 仕事(法苑194号)
- デジタル化(主に押印廃止・対面規制の見直し)が許認可業務に与える影響(法苑194号)
- 新型コロナウイルスとワクチン予防接種(法苑194号)
- 男もつらいよ(法苑194号)
- すしと天ぷら(法苑193号)
- きみちゃんの像(法苑193号)
- 料理を注文するー意思決定支援ということ(法苑193号)
- 趣味って何なの?-手段の目的化(法苑193号)
- MS建造又は購入に伴う資金融資とその担保手法について(法苑192号)
- ぶどうから作られるお酒の話(法苑192号)
- 産業医…?(法苑192号)
- 音楽紀行(法苑192号)
- 吾輩はプラグマティストである。(法苑191号)
- 新型コロナウイルス感染症の渦中にて思うこと~流行直後の対応備忘録~(法苑191号)
- WEB会議システムを利用して(法苑191号)
- 交通事故に基づく損害賠償実務と民法、民事執行法、自賠責支払基準改正(法苑191号)
- 畑に一番近い弁護士を目指す(法苑190号)
- 親の子供いじめに対する様々な法的措置(法苑190号)
- 「高座」回顧録(法苑190号)
- 知って得する印紙税の豆知識(法苑189号)
- ベトナム(ハノイ)へ、32期同期会遠征!(法苑189号)
- 相続税の申告業務(法苑189号)
- 人工知能は法律家を駆逐するか?(法苑189号)
- 土地家屋調査士会の業務と調査士会ADRの勧め(法苑189号)
- 「良い倒産」と「悪い倒産」(法苑188号)
- 民事訴訟の三本の矢(法苑188号)
- 那覇地方裁判所周辺のグルメ情報(法苑188号)
- 「契約自由の原則」雑感(法苑188号)
- 弁護士と委員会活動(法苑187号)
- 医療法改正に伴う医療機関の広告規制に関するアウトライン(法苑187号)
- 私の中のBangkok(法苑187号)
- 性能規定と建築基準法(法苑187号)
- 境界にまつわる話あれこれ(法苑186号)
- 弁護士の報酬を巡る紛争(法苑186号)
- 再び大学を卒業して(法苑186号)
- 遺言検索システムについて (法苑186号)
- 会派は弁護士のための生きた学校である(法苑185号)
- 釣りキチ弁護士の釣り連れ草(法苑185号)
- 最近の商業登記法令の改正による渉外商業登記実務への影響(法苑185号)
- 代言人寺村富榮と北洲舎(法苑185号)
- 次世代の用地職員への贈り物(法苑184号)
- 大学では今(法苑184号)
- これは必見!『否定と肯定』から何を学ぶ?(法苑184号)
- 正確でわかりやすい法律を国民に届けるために(法苑184号)
- 大阪地裁高裁味巡り(法苑183号)
- 仮想通貨あれこれ(法苑183号)
- 映画プロデューサー(法苑183号)
- 六法はフリックする時代に。(法苑183号)
- 執筆テーマは「自由」である。(法苑182号)
- 「どっちのコート?」(法苑182号)
- ポプラ?それとも…(法苑182号)
- 「厄年」からの肉体改造(法苑181号)
- 「現場仕事」の思い出(法苑181号)
- 司法修習と研究(法苑181号)
- 区画整理用語辞典、韓国憲法裁判所の大統領罷免決定時の韓国旅行(法苑181号)
- ペットの殺処分がゼロの国はあるのか(法苑180号)
- 料理番は楽し(法苑180号)
- ネット上の権利侵害の回復のこれまでと現在(法苑180号)
- 検事から弁護士へ― 一六年経って(法苑180号)
- マイナンバー雑感(法苑179号)
- 経験から得られる知恵(法苑179号)
- 弁護士・弁護士会の被災者支援―熊本地震に関して―(法苑179号)
- 司法試験の関連判例を学習することの意義(法苑179号)
- 「スポーツ文化」と法律家の果たす役割(法苑178号)
- 「あまのじゃく」雑考(法苑178号)
- 「裁判」という劇薬(法苑178号)
- 大学に戻って考えたこと(法苑178号)
- 生きがいを生み出す「社会システム化」の創新(法苑177号)
- 不惑のチャレンジ(法苑177号)
- タイ・世界遺産を訪ねて(法苑177号)
- 建築の品質確保と建築基準法(法苑177号)
- マイナンバー制度と税理士業務 (法苑176号)
- 夕べは秋と・・・(法苑176号)
- 家事調停への要望-調停委員の意識改革 (法苑176号)
- 「もしもピアノが弾けたなら」(法苑176号)
- 『江戸時代(揺籃期・明暦の大火前後)の幕府と江戸町民の葛藤』(法苑175号)
- 二度の心臓手術(法苑175号)
- 囲碁雑感(法苑175号)
- 法律学に学んだこと~大学時代の講義の思い出~(法苑175号)
- 四半世紀を超えた「渉外司法書士協会」(法苑174号)
- 国際人権条約と個人通報制度(法苑174号)
- 労働基準法第10章寄宿舎規定から ディーセント・ワークへの一考察(法苑174号)
- チーム・デンケン(法苑174号)
- 仕事帰りの居酒屋で思う。(健康が一番の財産)(法苑173号)
- 『フリー・シティズンシップ・クラス(Free Citizenship Class)について』(法苑173号)
- 法律という窓からのながめ(法苑173号)
関連カテゴリから探す
-
団体向け研修会開催を
ご検討の方へ弁護士会、税理士会、法人会ほか団体の研修会をご検討の際は、是非、新日本法規にご相談ください。講師をはじめ、事業に合わせて最適な研修会を企画・提案いたします。
研修会開催支援サービス
Copyright (C) 2019
SHINNIPPON-HOKI PUBLISHING CO.,LTD.