厚生・労働2015年08月31日 ネーム・アンド・シェイムで過重労働は防止できるのか 発刊によせて執筆者より 執筆者:栩木敬
猛暑日が続く日本を脱出して、南国を旅している。赤道に近い国だが、日本より暑くはない。
浜辺のオープンカフェでぼんやりと風景をみていると、観光客がのんびりしていることは当然だが、カフェの店員もしゃがみ込んで話をしている人々も、そして、何もかもがのんびりとしており、時間がゆっくりと流れている。
考えてみると、日本人ほど全員が仕事に追われている国はない。
厚生労働省では、去る5月18日に臨時全国労働局長会議を開催した。そこで、都道府県労働局長に対し、「違法な長時間労働を繰り返している企業の経営トップに対して、都道府県労働局長が全社的な早期是正について指導するとともに、その事実を公表すること」を指示した。
このうち、企業名の公表は、一般的に「ネーム・アンド・シェイム(name and shame)」と呼ばれている。不法な行為をした者の名前を公表することで、その者が恥ずかしい思いをすることや社会的制裁を受けることによって、不法な行為を自ら止めるように仕向けるものであるとされている。
今回のネーム・アンド・シェイムについては、法令上の根拠規定がないという問題点はあるが、それ以上に過重労働を防止できるのかという効果に疑問がある。
民間企業に限らず、公務員についても長時間労働が蔓延している。そして、その根底には働く者のメンタリティや働かせている者のメンタリティが作用しているものと考えられる。
例えば、あなたが24時間営業しているコンビニでアルバイトとして働いているとする。終業時間となっても後任が来ない。あなたは帰ってしまえるだろうか。
あなたが正社員であれ、アルバイトであれ、チェーン展開をしている飲食店で働いているとする。突然、店長から人手不足の他店の応援を頼まれる。店長はほとんど休んでいない。あなたは応援を断れるだろうか。
あるいは、あなたが公務員だとする。夜間に国会の質問が入る。あなたの月間の時間外・休日労働時間は80時間を遥かに超えている。あなたは、過重労働を理由として答弁を書かずに帰れるだろうか。
そして、経営者が創業者の場合、顧客最優先で四六時中働き企業を成長させ、経営幹部もそれを支えてきているため、従業員にもそれを求めることが多い。
また、創業者を除けば、ほとんどの大企業の経営幹部は従業員の中から選ばれる。同期入社の者は建前として横一線であり、その中から素直であり(長時間労働を厭わない)、能力が優れた者が選ばれる。そのような経営者は企業の繁栄こそが目的であり、労働条件の確保、維持は二の次となる。
多くの公務員を含めた正社員は、仕事の後は職場の上司の誘いで飲食を共にすることが多い。そして、たまの休日も職場の上司とゴルフに出掛けることが多い。つまり、正社員は会社漬けなのである。会社を離れた場所に居所がない。
これに先立つ3月27日、内閣総理大臣は「まずは明るい時間が長い夏の間は、朝早くから働き始め、夕方には家族などと過ごせるよう、夏の生活スタイルを変革する新たな国民運動を展開する」ことを打ち出した。
しかし、「夕方には家族などと過ごせる」のかを考える以前の問題として、様々な家庭の事情等により通常より早く勤務することが困難な労働者が多くいることは認識しているのであろうか。
また、早出残業をすると、定時で帰宅できるものであろうか。多くの労働者にとっては常態化している通常の残業に、さらに早出残業が加わるだけ、というような事態になるのではないかということが危惧される。
日本の労働時間は欧米諸国と比較すると異常に長い。このような過重労働の放置や容認は、ILOが提唱し、我が国でも推進しているディーセント・ワーク(働きがいのある人間らしい仕事)の実践にも反することとなり、国際的な非難を受ける可能性も高めている。
早急に、長時間働くことは当然であることを前提とした考え方の変更と法制による歯止めが必要であると考える。
(2015年8月執筆)
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