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一般2016年09月05日 経験から得られる知恵(法苑179号) 法苑 執筆者:別城信太郎

第一 はじめに
 題材は自由に選択して執筆してもらえればよいとのことで、今回の執筆をお引き受けした。そして、当初考えた題材は、昨年一〇月には湯布院、今年五月には有馬温泉に出掛けたので、温泉めぐりのことでも書こうかという安易なものであった。
 しかし、原稿の締切り期限が迫るに従って、そのテーマではありきたりすぎ面白みに欠けると思うようになってきた。そうしたところ、先週、たまたま隣り合わせになった七三歳の方から、私が六二歳であると名乗ると、「先生いいですね、弁護士として一番脂が乗っている時期ではないですか。」と言われることがあった。私自身は、弁護士が一番力を発揮するのは、経験と知識と体力との兼ね合いから、四〇代の後半から五〇代までではないかと考えている。しかし、その考えをしばらくの間捨て去り、「豚もおだてりゃ木に登る」の心境で、題材を急遽変更して、私の現在取り組んでいるある事件に、私の「経験から得られた知恵」をどのように生かしているかを書いて、執筆の責を果たしたい。

第二 事件の概要
 現在取り組んでいるある事件は、決して複雑なものではなく、次のとおりむしろシンプルなものである。
 端的に言えば、某寺院の住職をめぐる前住職と現住職の争いである。前々住職が亡くなり、残された前々住職の奥さんが、長女の娘を養子にし、その養子に僧侶の資格を有する者を婿として迎え、宗派に申請してその婿を住職に据えた。しかし、その結婚は二か月で破綻し、夫婦関係は解消されることとなる。離婚成立は、平成二七年四月のことであった。
 その離婚を契機として、その婿は、寺院の責任役員・総代から、住職を辞任するよう迫られることとなった。しかし、その婿の考えは、離婚について自分に大きな責任がある、あるいは、住職の務めを怠ったなら、潔く住職を辞任するが、今回は、そのいずれにも該当しない。従って、その辞任要求には応じないというものであった。因みにその婿が私の依頼者である。
 一方、依頼者の元妻らは、依頼者に住職を辞任してもらうことは無理と判断したのか、一定の罷免事由を記載した住職罷免要求書を檀信徒から集めることとし、結果として、檀信徒総数四六二戸のうち、九五パーセントに当たる四三九戸からそれを集めた。そして、その集めた住職罷免要求書を根拠として、宗派に私の依頼者に対する住職罷免を願い出た。平成二八年一月のことである。宗派は、どういうわけか、その願い出を短期間のうちに受け入れ、同年二月には、「多数の檀信徒の帰依を失った者」に該当するとして、私の依頼者の住職罷免を決定した。また、それと共に、依頼者の元妻を当該寺院の住職兼代表役員に任命している。
 これに対し、私の依頼者は、同月末日には、当該寺院を相手に代表役員の地位確認請求を、宗派に対しては損害賠償請求の訴えを提起した。なお、右代表役員の地位確認等請求事件に先立って、元妻らは、私の依頼者に対し寺院の建物に立ち入ってはならない等を求める仮処分の申立てを行っている。
 これが、事件の概要である。

第三 依頼者のために何をなすべきか
 私の依頼者が勝つためには、住職罷免が無効であることを裁判所に認定してもらうしかない。そのためには、住職罷免要求書を提出した檀信徒四三九戸のうち、その過半数にあたる二二〇戸以上の檀信徒から、罷免理由に錯誤があったので、提出した住職罷免要求書を撤回する旨の撤回書を集めることである。
 問題は、それをどのようにして実現するかである。

第四 小次郎敗れたり
 ところで、刑事弁護においては、ケースセオリーの重要性が指摘されて久しい。ここでいう「ケースセオリー」とは、「当事者が事実認定者に対して提起する事件の説明ないし勝訴すべき理由として全ての証拠と争いのない事実について矛盾のない説明を与えること」である。要するに、多少の誤解を招くことを承知で説明すると、刑事事件においては、裁判官・裁判員に証拠と矛盾しないように、むしろ証拠が裏付けとなるような形で、被告人は犯罪を犯していないとの説得力のあるストーリーを語ることが重要であるということである。これは、民事事件においても変わりないと私は考えている。本件事件では、私の依頼者の支援者の一人が言った、「お寺は○○家のものではなく檀信徒のものである」という言葉をそのまま頂戴して、右の視点から当方の主張(ストーリー)を構築することとした。しかし、右の言葉は、言い当てて妙であり、まさに、紛争の要点を衝いているといえる。
 その主張の構築に頭を悩ましていたところ、寺院提出の書証の中に、既に、平成二七年一二月一日の段階で、私の依頼者を住職から罷免して、後任の住職として短期間の僧侶養成機関に通ったことしかない元妻を据えようと画策していたことを裏付ける書面を発見した。しかし、よく考えてみると、前述のストーリーに照らせば、当方の思うつぼのことを相手方が行っていてくれたことになる。巌流島の決闘で佐々木小次郎は、約束の刻限に大幅に遅れて来た宮本武蔵に対し、いち早く三尺の太刀を抜き、鞘を投げ捨てて、戦いを挑もうとした。その刹那、武蔵は、「小次郎敗れたり、勝者何ぞその鞘を捨てん」と言い放ったとされている。
 私も、当該寺院が住職罷免要求書を集め出す前から宗派と結託して、元妻を後任住職に据えようとし、宗派もこれに協力していた事実を見つけ出し、思わず、「小次郎破れたり」とほくそ笑んだ次第である。

第五 檀信徒へのビラによる働きかけ
 住職罷免要求書の撤回書を集める方法として、一番目に考えたのは、檀信徒に対するビラの配布による働きかけである。
 当方の依頼者は、平成二八年二月以降同年五月までで、寺院の檀信徒及び付近住民に四回(月一回のペース)にわたって、ビラを配布している。当然そのビラの中では、前述のストーリーが順番に語られている。
 ところで、私が複数回にわたるビラ配布を思いついたのは、次のような経験に基づく。二〇年以上前、顧問先の社長に連れられて、北新地(大阪一の歓楽街)のクラブに連れて行ってもらったことがある。そうしたところ、その店のホステスから、毎月一回、事務員の喜ぶお菓子と季節の挨拶文が届けられるようになった。一、二回のことであれば、よくあることであるが、そのときの挨拶は、五か月続いた。そうすると、私も、何か申し訳ない気になって、六か月目に初めて、自腹で北新地のクラブに飲みに出かけた。この経験からすると、ビラの配布を何度も何度も続けると、間違いなく一部の檀信徒の心に届き、その心を動かしてくれるとの確信があった。そのため、六月、七月にもビラによる訴えを続ける予定である。
 ただ、北新地の話には落ちがあって、六回目のお菓子は届かず、六回目には「大変お世話になりました。しかし、私は、やはり銀座に戻ります。」との印刷された挨拶文が届いた。

第六 集会の活用
 撤回書を集めるために、二番目に活用した方法は、少人数の集会を開いて、代理人たる私が直接に出向いて檀信徒に語りかけることである。住職罷免要求書に記載されている罷免理由は、全くの出鱈目であると。
 平成二八年五月に、複数回、このような集会を寺院の地元で開催した。
 そして、以上のような策が功を奏し、また、檀信徒の一部の献身的協力もあって、平成二八年六月一〇日時点で、一三〇通を超える撤回書(当面の目標一五〇通まで残り約二〇通、最終目標の二二〇通まで残り約九〇通)を集めることができた。
 しかし、不思議に思うのは、ビラの投函、集会の開催が続いているのに、寺院側が有効な対抗手段をとらず、結果として、私の依頼者の言動の無視を続けたことである。司馬遼太郎の「坂の上の雲」には、バルチック艦隊のロジェストウェンスキー提督を評した、次のような文章がある。すなわち、「純粋に東郷とこの海域で智と勇と誠実さのかぎりをつくして戦いの航跡を描ききろうという考えはかれにはなかった。もしかれがその覚悟をきめ、この海域を正念場として死力をつくしてたたかえば、たがいにその麾下の諸艦を沈めあいつつも残艦がウラジオストックに入れたかもしれなかった。」と。
 アメリカはベトナム戦争で、戦争において戦力の逐次投入は愚策であることを学んだと言われる。その反省に立ったのが、全戦力を一時に投入したイラク戦争である。
 元妻ら側においても、私の依頼者が撤回者を集めようとしている動きを知った段階で、元妻が宗派の認めた住職兼代表役員であることを最大限利用して、その動きを封ずる積極的かつ全面的な行動に出るべきであったろう。

第七 檀信徒有志からの直接の働きかけ
 平成二八年六月中旬から、撤回書未提出の檀信徒約三〇〇戸に対し、檀信徒有志から「お願い」と題する書面、集会での私の発言をまとめた小冊子、撤回書及び返信用封筒が、配布される段取りとなっている。
 右「お願い」と題する書面は、「○○寺の壇信徒のうち、四三九戸が出したという住職罷免要求書とは、一体何だったのでしょうか。私たちは、会社から解雇されても他の場所で働くことはできますが、○○氏は僧侶として生きる途が全く閉ざされることになります(お寺の関係者からすると、住職を罷免された僧侶は、もはや僧侶として受け入れることはできないでしょう。)。誤った事実をもとにして、○○寺の壇信徒が○○氏に僧侶としての死刑判決ともいうべき住職罷免を要求してよいのでしょうか。事実と向き合うこともなく、人一人の人生を事実上終わらせてしまうことは、決して許されないと考えます。」と訴えかける。
 次に同年六月下旬から八月にかけて、あと、少なくとも三つの仕掛をすることを計画している。
 また、九月に入れば、檀信徒向けではなく、宗派が包括する多数の寺院に向けて、「何故、宗派はこの若き僧侶を早早と見捨てたのか」とのストーリー性のある主張を畳み掛け、宗派に包括されている他の寺院の中からも住職罷免処分に対する疑問の声を上げてもらい、宗派に揺さぶりを掛けたいと考えている。

第八 むすび
 私は、使用者側から労働事件を取り扱うことを専門としている弁護士である。そのため、労働者側からの労働事件は一切取り扱わず、使用者側であってもインターネット等による飛び込みの相談はおことわりする。
 一方、使用者側の労働事件と並んで私が専門にしたいと考えている分野に宗教関係の争いがある。住職と寺院とは、雇用関係ではなく、準委任の関係にあるため、これを取り扱っても労働者側の労働事件は取り扱わないという自己規制に抵触することはない。従って、この分野では、飛び込みの相談であっても、飛び込みであることを理由に、おことわりすることはない。
 宗教関係の争いは、往々にして、何でもありの地上戦となることが少なくない。
 この分野では、たった一人でも、自分を必要とする人の力になることができ、弁護士らしい仕事の出来るフィールドである。一定の目的意識をもって、仕掛を次々と繰り出すことが肝要である。
 平成二八年八月のお盆までに、二〇〇通を超える撤回書を集めることが出来れば、私の依頼者は、代表役員地位確認請求事件で、勝訴できる可能性が高くなる。
 この原稿が法苑に掲載される頃には、その帰趨が明らかとなっているはずである。

(弁護士)

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