相続・遺言2025年12月08日 未分割の負の遺産の話 発刊によせて執筆者より 執筆者:仲隆

2年ほど前のことであるが、ある離島の空き家に関する相談があった。土地の名義人Aは昭和57年に死亡している。建物の名義人はAの長男Bの前妻Cで、Cが昭和51年に死亡した後、BはDと再婚したが、その後死亡した。BC間、BD間に子はないという。C死亡後、建物は空き家である。
相談者は空き家の近隣に住むABの親戚であるが、その町の自治会長から、建物の屋根や壁も破損して近隣や公道に危険を及ぼす状態になっているので取り壊して欲しいと言われたとして、私に電話で相談をしてきたのである。
私は、自治会長に連絡を取り、事情を確認した後、相談者から実費をもらって土地建物の名義人の相続人の確定をしたところ、合計で13名の相続人がいることがわかった(土地と建物の相続人は異なっている)が、相談者は相続人ではなく、離島に住む相続人はいない。とりあえず手紙で相続人全員に相続手続の協力を打診してみたが、同意してきたのは9名であり、4名からは無視されている状況にある。
最大の問題は、相談者によると、建物(古い屋敷)の解体費用は土地の価格をはるかに超えるという点である。過疎化が進んでいる離島でのことである。
空き家に関しては、平成26年に「空家等対策の推進に関する特別措置法」、平成30年に「所有者不明土地の利用の円滑化等に関する特別措置法」が制定され、さらに令和3年民法改正により、共有物の管理・変更規定の整備、共有物の管理者制度、所在等不明共有者への対応規定、所有者不明土地建物管理制度及び管理不全土地建物管理制度の創設、相続財産管理制度の整備などが行われ、共有物となっている空き家の管理・処分の円滑化を図ったという一面が見られる。
離島の相談の場合、相続人も確定し、過半数の同意も得られるので、相談者を民法252条の予定する共有物の管理者とすれば、相談者は、管理者の立場に基づいて、管理行為(民法252条の2第1項本文)をすることが可能であり、管理に関しては事実行為のほか、法律行為も行うことができる。
これによって、近隣に迷惑が掛からないように建物の管理をすることができ、一応の決着となる。自治体も一定の補助金を出してくれるだろう。しかし、相談者は進んで管理者になりたいわけではないし、管理の負担も相当なものであろうし、管理を続けたところで最終解決とはならない。
土地建物の処分には相続人全員の同意が必要である。そうすると、協力的な相続人から依頼を受けて、遺産分割調停を申立てて、出頭しない相続人も見据えて、家庭裁判所に審判を出してもらい、申立人の単独所有とした上で、売却処分すれば良いのであろう。だが、審判までの手続は簡単ではないし、そもそも土地の価格よりも解体費用が嵩むというのでは売却の見込みもなく、負の財産を取得するだけである。誰が遺産分割申立てをしてこの財産を取得するというのであろうか。
このような次第で、私の仕事も相続人の意思確認をしただけでストップしている。
とはいえ、相続事件には様々な顔がある。法律で定められた手続を駆使して最良の方法を模索することが我々弁護士の使命でもある。日ごろの研鑽や努力を怠ることのないよう肝に銘じたい。
(2025年11月執筆)
人気記事
人気商品
関連商品
発刊によせて執筆者より 全80記事
- 未分割の負の遺産の話
- 「あきや」とは。
- 相続に潜む難問-使途不明金-
- 発刊によせて
- 発刊によせて
- この世には地獄がある
- 使い倒していただくことを願って
- 発刊によせて
- 最適な贈与契約のために
- 発刊によせて
- 税理士事務所経営のささやかな羅針盤となるように
- 相続問題に効く100の処方箋
- 相続土地国庫帰属制度の利活用促進の一助になれば
- 患者と医療従事者とのより望ましい関係の構築を願って
- 遺言・遺産分割による財産移転の多様化と課税問題
- 専門職後見人の後見業務
- 不動産の共有、社会問題化と民法改正による新しい仕組みの構築
- 登記手続の周知
- 育児・介護休業制度に対する職場の意識改革
- メンタルヘルスはベタなテーマかもしれないけれど
- 持続可能な雇用・SDGsな労使関係
- 自動車産業における100年に1度の大変革
- 中小企業の事業承継の現状と士業間の連携
- 消費税法に係る近年の改正について
- コーポレートガバナンスと2つのインセンティブ
- 労働者の健康を重視した企業経営
- 被害者の自殺と過失相殺
- <新型コロナウイルス>「株主総会運営に係るQ&A」と中小企業の株主総会
- 意外と使える限定承認
- 保育士・保育教諭が知っておきたい法改正~体罰禁止を明示した改正法について~
- 筆界と所有権界のミスマッチ
- 相続法改正と遺言
- 資格士業の幸せと矜持
- 労働基準法改正への対応等、ケアマネジャーに求められる対応は十分か
- 人身損害と物的損害の狭間
- <新債権法対応>契約実務における3つの失敗例
- 新債権法施行へのカウントダウン - 弁護士実務への影響 -
- 不動産売買における瑕疵担保責任から契約不適合責任への転換の影響
- 子を巡る紛争の解決基準について
- 所有者不明土地問題の現象の一側面
- 相続法の大改正で何が変わるのか
- 民法改正による交通事故損害賠償業務への影響
- 「相手が不快に思えばハラスメント」の大罪
- 身体拘束をしないこと
- 合同会社の設立時にご検討いただきたい点
- 社会福祉法人のガバナンスが機能不全している実態が社会問題に
- 借地に関する民法改正
- ただの同棲なのか保護すべき事実婚なのか
- 農地相談についての雑感
- 瑕疵か契約不適合か 品確法は、改正民法に用語を合わせるべきである
- 外国人受入れ要件としての日本語能力の重要性
- 相続法改正の追加試案について
- 民法(債権法)改正
- 相続人不存在と不在者の話
- 財産分与の『2分の1ルール』を修正する事情について
- 離婚を引き金とする貧困問題と事情変更による養育費の変更
- 建物漏水事故の増加と漏水事故に関する終局的責任の帰趨
- 働き方改革は売上を犠牲にする?
- 次期会社法改正に向けた議論状況
- 消費者契約法改正と「クロレラチラシ配布差止等請求事件最高裁判決(最判H29.1.24) 」の及ぼす影響
- 「買主、注意せよ」から「売主、注意せよ」へ
- 障害福祉法制の展望
- 評価単位について
- 止まない「バイトテロ」
- 新行政不服審査法の施行について
- JR東海認知症事件最高裁判決について
- 不動産業界を変容させる三本の矢
- 経営支配権をめぐる紛争について
- マンションにおける管理規約
- 相続法の改正
- 消防予防行政の執行体制の足腰を強化することが必要
- 最近の地方議会の取組み
- 空き家 どうする?
- 個人情報保護法、10年ぶりの改正!
- 最近の事業承継・傾向と対策
- ネーム・アンド・シェイムで過重労働は防止できるのか
- 離婚認容基準の変化と解決の視点
- 境界をめぐって
- 妻の不倫相手の子に対しても養育費の支払義務がある?
- 個別労働紛争解決のためのアドバイス
執筆者

仲 隆なか たかし
弁護士(東京不二法律事務所)
略歴・経歴
平成4年 弁護士登録(東京弁護士会)
平成20年 東京簡易裁判所民事調停委員(平成27年退任)
平成28年度 東京弁護士会副会長
主たる著書
『遺産分割事件処理マニュアル』(共編 2008年 新日本法規出版)
『遺産分割事件の手続と書式-CD-ROM付』(共編 2009年 新日本法規出版)
『遺産分割・遺言の法律相談』(共著 2011年 青林書院)
『Q&A 相続遺言110番』(共著 2012年 民事法研究会)
『相続人不存在・不在者財産管理事件処理マニュアル』(共編 2012年 新日本法規出版)
『実務解説 相続遺言の手引き』(共著 2013年 日本加除出版)
『遺留分減殺請求事件処理マニュアル』(共編 2016年 新日本法規出版)
『Q&A 相続人不存在・不在者 財産管理の手引』(共編 2017年 新日本法規出版)
『Q&A 未分割遺産の管理・処分をめぐる実務』(共編 2018年 新日本法規出版)
『遺産相続事件処理マニュアル』(共編 2019年 新日本法規出版)
『遺産相続紛争事例データファイル』(加除式/2011年 共編 新日本法規出版)
『実務マスター 遺産相続事件』(加除式/2013年 共編 新日本法規出版)
執筆者の記事
執筆者の書籍
-

-

団体向け研修会開催を
ご検討の方へ弁護士会、税理士会、法人会ほか団体の研修会をご検討の際は、是非、新日本法規にご相談ください。講師をはじめ、事業に合わせて最適な研修会を企画・提案いたします。
研修会開催支援サービス -















