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都市・土地2018年06月28日 中国所在の不動産を巡る紛争と裁判管轄の問題 一般社団法人日中法務交流・協力日本機構からの便り 執筆者:久保田祐佳

 グローバル化の進展に伴い、今後、増加が予想される中国所在の不動産を巡る最近の裁判例を1つ、ご紹介させていただきます。

 ご紹介する事案は、かつて夫婦であった者同士の間で起こった紛争です。元夫婦両名と、その間に生まれた長男は、元夫婦の離婚に先立ち、中華人民共和国の上海市に所在のマンションの1室について、次のような内容が含まれる公正証書を日本の公証役場で作成しました。その内容とは、当該マンションは、その3名の共有であり、管理は3名共同で行うこと、という内容です。このほか、婚姻費用や養育費に関する取り決めも盛り込まれました。

 その後、元夫婦の一方が、他方と長男に対し、この上海市のマンションの共有関係を解消し、自分の持分について、しかるべき価格で買い取るよう、日本の裁判所に求めたのが今回の事案です(東京地裁平成25年2月22日判決:平成24年(ワ)第21280号 共有物分割請求事件)。なお、訴えを起こした原告の主張によると、当事者はみな、日本国内に住所を有していました。
 本件につき、裁判所は、結論としてこの請求を認めませんでした。

 以下では、裁判所の判断過程を簡単にご説明します。
 そもそも、外国にある不動産を巡る裁判について、日本で裁判を起こすことができるのか、という点が問題となりました。裁判管轄の問題です。
 この、裁判管轄については、日本の民事訴訟法では、3条の2から3条の12において、日本の裁判所がどのような場合に管轄を有するか、に関する一定の規定を置いています。
〈1〉 民事訴訟法3条の2
 この規定のうち、3条の2では、「裁判所は、人に対する訴えについて、その住所が日本国内にあるとき」には、「管轄権を有する。」と規定しています。そうしますと、本件では、訴えられた元夫婦の一方と長男は、日本国内に住所があるとのことですので、この規定に従えば、日本の裁判所に、本件を審理するための管轄がある、という結論になりそうです。
〈2〉 民事訴訟法3条の9
 しかし、民事訴訟法3条の9には、別の規定も置かれています。
 すなわち、「裁判所は、訴えについて日本の裁判所が管轄権を有することとなる場合(日本の裁判所にのみ訴えを提起することができる旨の合意に基づき訴えが提起された場合を除く。)においても、事案の性質、応訴による被告の負担の程度、証拠の所在地その他の事情を考慮して、日本の裁判所が審理及び裁判をすることが当事者間の衡平を害し、又は適正かつ迅速な審理の実現を妨げることとなる特別の事情があると認めるときは、その訴えの全部又は一部を却下することができる。」という規定です。
 つまりこの規定は、民訴法3条の2以下の規定により、訴えについて日本の裁判所が管轄権を有することになる場合(本件では前記のとおり民訴法3条の2の要件を満たしています。)であっても、「特別の事情」がある場合には、訴えの却下を認めるという規定です。
 この規定により、本件では、原告の訴えが却下されました。
〈3〉 却下の理由となった事情
 この民事訴訟法3条の9が適用されるにあたり、裁判所が考慮した主な事情は、以下のような点です。
 まず、本件を日本の裁判所が審理する場合、争いの元となっている不動産が海外にあることから、どこの国の法律を適用して審理をするべきか、という準拠法の問題です。この準拠法については、法の適用に関する通則法という法律があり、本件では、その13条より、「目的物の所在地法」である中国の法律となります。この中国の法律の解釈・適用には、相当な困難が伴うことが本件では予想されました。
 次に、仮に本件において、日本の裁判所が一定の判決を下したとしても、その判決が中国で承認されるとは限らず、紛争の解決にはつながらない可能性もありました。
 さらに、このマンションは上海にあるため、もしも原告が希望する通り、原告の持分について、しかるべき価格で買い取るよう被告に求める場合には、その前提として、当該マンションの価格の評価が問題となります。しかし、その価格の鑑定は、日本に所在する不動産に比し、困難が付きまといます。

 裁判所は、おおまかには以上のような理由から、日本の裁判所が本件の審理及び裁判をするとなると、適正な審理及び裁判の実現を妨げることとなる「特別の事情」があるとして、原告の請求を却下しました。当事者が皆、日本国内に住所を有するとされる事例ですので、一見すると、日本の裁判所で審理を進め、結論を出してくれるのではないかと考えがちですが、本件のように「特別の事情」がある場合には、日本の裁判所では審理をしてもらえない場合もある、ということがわかります。この「特別の事情」については、事例の集積が十分とはいえませんので、今後も裁判例の動向には、気を払う必要があるといえます。

(2018年6月執筆)

執筆者プロフィール


■略 歴


2004年 慶応義塾大学法学部政治学科卒業


2008年 名古屋大学法科大学院卒業


2009年 弁護士登録

名古屋大学法政国際教育協力研究センター(CALE)との協力により、『法律家と国際協力の世界』を編集・出版


2010年 タイ国境付近の難民支援学校にて法律講義


2011年 「震災と女性・子ども・障害者・外国人の人権~東日本大震災を通して」と題するイベントにて講師の1人として講演(ヒューマンライツ・ナウ主催)




■業 務


(1)渉外分野


一般民事事件・刑事事件全般に関心がありますが、世界各地に外国人の友人がいることもあり、渉外的な要素を含む法律問題(国際結婚や国際離婚に関する紛争、外国人の在留資格を巡る紛争等)についても、試行錯誤しながら取り組んでいます。


(2)企業法務


ロースクール在学中より、会社法を始め民事法分野は得意分野の1つであり、とても好きな分野です。各種株式の発行手続から株主総会関係、会社関係訴訟、会社非訟事件、組織再編関係まで、幅広く対応可能です。


(3)所属事務所であるキーストーン法律事務所HP


   http://www.keystone-law.jp/index.html

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