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一般2016年02月23日 中国大陸における債権回収事件(後編) 日本人弁護士が見た中国 一般社団法人日中法務交流・協力日本機構からの便り 執筆者:菅原哲朗

第2章 中国での裁判

1 中国の財産調査は費用がかかるが、いわゆる裏ルートを持つ公安OBの経営する調査会社を使う。金融機関からの情報ではY名義の銀行口座は全くない。Yが身分証明書を使用して長距離電車の切符を購入し国内移動をしている事実もない。
 Xは上海到着後Yの知人へ電話をした。Yの知人は「日本に行ってるか、または海外に居るので上海から連絡が取れない」との回答だ。中国では口コミの伝達力は大きい。日本で裁判をしたこと、東京から弁護士を同行のうえXが上海に乗り込んで来た事実は知人経由でYに確実に伝わった。
 帰国後すぐに、被告Yと思われるXの携帯電話への無言電話とYから「いま貧しい、いま金はない」など新規の無料メールアドレスからメールが入る。Xは「現住所と携帯電話の番号を教えて欲しい」と返信するとYからぷっつりとメールがなくなった。

2 Xは中国人律師を委任し、中国内陸部の人民法院で訴訟をする決意をした。我々は中国律師事務所を交え検討の結果、次の方針を決めた。まず、提携先の地元律師へ上海から再委任する。中国内陸部の人民法院は上海など湾岸部の人民法院と異なり、外国人からの訴訟を扱った経験がないので、日本の判決を使用して提訴すると、逆に外国人が中国で裁判する必要はない(つまり面倒くさい)と受理拒否をする可能性が高い。このときに律師と裁判官の地元人脈を発揮してもらう必要がある。
 ところで新たに発生した問題は、常識的には理解できないことだが、日本の公証人が認証した借用書を東京の中国大使館領事部で認証できないとのことだ。合理的な法的根拠は言わないが、どうも個人間の金銭貸借契約だからだ、と思われる。我々のネットワークで急遽大阪の領事館にも問い合わせたが取り扱い方針は同意見だ。たしかに、日本という外国で作成された私製文書だが、重要なY自筆の借用書が中国の裁判所で証拠に使えないと訴訟進行上障害となる。そこで地元律師は、権威ある日本の公証人が認証済みなので借用書には然るべき証拠価値があると地元裁判官を説得してくれた。
 ようやく人民法院に訴状が受理された。地元律師の話では、裁判官が自ら足を運んでYの実家に呼出状を送達に行った、本来居住していないはずのYの家族がいてYに対し貸金返還請求の民事訴訟が出された事実を伝えた、という。
 ここからが急転直下に紛争解決に向かう。

3 Yから何度となくメールが入る。その趣旨は裁判でなく上海に来て欲しい、律師は信用できない、Xに直接貸金500万円相当額を人民元で手渡したいとの内容だ。
 我々の方針は上海において人民元を現金で受領しても、人民元・ドル・円に転換して日本に送金するのは不正な海外送金となる。法的に合理的根拠を取得できる「裁判所を通じての解決しかない」と明確だ。
 地元裁判官はY本人に支払い意思があるので、遅延損害金を放棄することになるが、訴訟よりも和解(民事調解)で解決すれば、訴訟より早いとの提案だ。Xが日本で強制執行をしないとの文書を出せばYは半分を頭金に地元裁判所に支払い、1ヶ月後に残金を支払い完済すると決まった。
 平成27年6月人民法院民事調解書が地元裁判所で作成され、無事に日本のXの銀行口座に律師報酬と送金手数料が差し引かれ、日本円約440万円が送金された。

終わりに

 日本のような司法権の独立はないが、中国の司法は確実に力を得ている。
 我々は平成12年に大連市に外国法弁護士事務所を開設したが、その当時は中国各地の裁判所の「地方保護主義」は深刻な問題で、外資たる日本企業が中国側の明白な債務不履行であっても権利確保に法治を求めるなら、北京の中国国際経済貿易仲裁委員会(CIETAC)を使うしか道がなかった。
 以前から、日本に留学した経験のある中国人の弁護士は日本人の権利確保に熱心だったが、現代中国の法学教育を受けた若い弁護士仲間のネットワークは強く、外国人のためにも法治主義を実践している。

(2016年1月執筆)

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