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一般2011年02月01日 広州・北京に見るストライキ事情 日本人弁護士が見た中国 一般社団法人日中法務交流・協力日本機構からの便り 執筆者:菅原哲朗

第1 北京での出来事

(1)2010年11月中旬、「北京秋天」の大きな青空が広がる北京市を訪問した。
 1981年12月、17名の中国人研修生の受け入れ開始以来、約30年間に亘り草の根民間交流を継続してきた青年研修生事業ネットワーク組織主催の友好訪中使節団で、中南海に宿泊し、人民大会堂「北京・上海・アモイ」各ホールで執り行われた代表理事の盛大な記者会見・出版記念レセプションに参加してきた。
 興味深かったのは、我々を乗せたチャーターバスが天安門広場に向かう道路で、突然交通パトカーに停車を命じられ人民大会堂の式典に遅刻する事態が生じたことだ。後刻判明した理由はチャーターバスが通行許可書を忘れたのが原因だ。しかし、招待状発行済みの多数賓客の遅れで中国側担当官は必死で公安警察に緊急連絡をなす。ストライキではない、しかし、現場の交通警察官は法律に基づいた許可書の提示がないので通行を認めない。欧米の法治国家なら当然だが『ここは、政治力が融通無碍の北京だ』。今までの経験からすれば共産党の指導により直ちに通行規制解除となるはずだった。中国の法治国家も着実に進んでいる(?)と妙に納得した。

(2)ところで、告発サイト「ウィキリークス」漏洩の米国外交公電に関し、2010年12月6日朝日新聞(朝刊)は、北京発の「米公電『党指導部が指示』、グーグル攻撃『中国政府が企て』」とのセンセーショナルな見出しで、ニューヨークタイムズ記事を引用し、組織的なGoogle攻撃の発端は、思想・宣伝担当の李長春政治局常務委員がGoogle名前検索で自己の批判的情報を発見し、排除を命令したからだ、と言う。この米中IT情報紛争は司法制度に則る日本流なら、さしずめ週刊誌に「無能大臣」と書かれた国会議員が名誉毀損での刑事告訴か、地方裁判所に差止訴訟を提起をする類いだろう。中国では、まだまだ法治国家建設途上で、司法権を経由せず政治権力がむき出しになる。

第2 広州での出来事

(1)2010年10月初旬、尖閣諸島中国漁船衝突事件の記憶も覚めやらぬ広東省広州市を訪問した。中島宏治弁護士執筆担当のコラムにあるように、2010年10月29日、一般社団法人日中法務交流・協力日本機構の大連における10周年記念セミナーで講演するため、広東省仏山市で発生した日系企業ストライキの現地視察だ。
 中国各地の外資系工場で労働者の賃上げストライキが急激に広がり、大連の日系企業工場でも操業を一時停止に追い込まれ、賃上げ闘争に妥協するしかない状況に陥り、事態が深刻化していた。広東省仏山市の賃上げストを最初に主導した湖南省邵陽出身の23歳の青年は米紙ニューヨーク・タイムズやウォール・ストリート・ジャーナル紙など欧米メディアでも紹介され、一躍脚光を浴びていたのである。

 広州市政府は、10月15日から始まった1957年から50年間続く中国最大の中国輸出入商品交易会で世界200国余の企業が集まる伝統ある秋の第108回広州交易会、並びに2008年北京五輪・2010年上海万博に次ぐ威信をかけた国家イベントとして、11月12日から開催され中国の金メダルラッシュで終わったスポーツの祭典広州アジア大会(第16回アジア競技大会)に向けて着々と準備を進めていた。
 小雨、曇りの白雲国際空港からの高速道や、幹線表道路から外国人に見られる商業ビルや居住用のアパート・マンションの外壁を明るいカラフルな色に塗り替え、インフラを整備し、マスコットの「5つの羊(羊城)」を飾り、歩車道を綺麗に舗装し直している中国人の姿をかいま見た。

 我々に同行した広州市在住の日本人社長は白雲国際空港の混雑に驚いた。中国の列はまっすぐ出口に向かう、しかし中近東からの賓客やアジアの外国人と同様、荷物検査のレントゲン機器に向かって日本人の長い列も目立つように大曲していたからだ。反日デモや尖閣諸島中国漁船衝突事件の影響か、何故だ(?)、今までは中国人並にまっすぐ進んだのに、と日本人社長は入管での洗礼を受けた。

(2)広東省には、在留日本人が14,773人(2009年10月時点)、進出日系企業は1,762社(2009年10月時点)、対日貿易総額(2009年)534億米ドル(輸出174億$・輸入360億$)で日中貿易の約4分の1を占めている。
 日系企業の景気は2009年には自動車、食品等の各社で受注や生産が持ち直し、特に自動車産業が好調で、東風日産51万台(対前年比48.1%増)・広汽ホンダ36万台(対前年比19.4%増)・広汽トヨタ(対前年比21.7%増)と関連産業の成長を牽引してきていた。
 広東省仏山市南海区のホンダ自動車子会社部品工場(本田四輪車用オートマチックトランスミッション)のストライキはインターネットの書き込み(「ストライキで2名を解雇した」、「解決で広州の日系企業は360元の賃金アップに応じた」)とともに広がった。この日系100%独資企業は、2007年3月生産開始、ホンダ自動車の部品製造の若い子会社で、従業員1800名である。

 報道記事から経過を簡単にまとめると
☆ 2010年5月17日、一部職員が作業ボイコットをする。報道によると、「インド建国の指導者マハトマ・ガンジーの非暴力主義をまね、工場内を散発的に『散歩』形式で巡って抗議するストライキ」とのことだ。
☆ 5月22日、職員2名を解雇
☆ 5月24日から31日まで工場生産ラインが完全に停止。
☆ 5月31日労働者と上部工会が衝突
☆ 6月4日最終合意に至る。

(3)ストライキの背景には、法律のグレーゾーンがある。
 労働者のストライキ権に関する中華人民共和国憲法の変遷を簡単にまとめると、
☆ 1975年憲法は「ストライキ自由」を規定する。
☆ 1978年憲法も「ストライキ自由」を規定する。
☆ 1982年憲法は「ストライキ自由」を削除する。但し、ストライキ禁止を明文規定で定めなかった。
 それ故、下位法が整備されていない。現行の中国の法制度上は労働者のストライキ権の規定がなく、法律のグレーゾーンとしていつでも勝手にストライキ・サボタージュなどが発生する可能性がある。つまり、ストライキが合法か?違法か?明確でない。広州市政府は、地方条例を立法中だが、この間、集団的な職場放棄、事実上のストライキが発生し、生産ラインが止まり、企業経営に莫大な損害を与えたのだ。
 他方、ストライキ参加労働者の実態は、極論すれば「職場に戻りたいが、ストに協力しないと、殴られる、脅迫のメールが入る」と一部活動家から圧力をかけられ、報復が怖いのでやむなく集団稼働停止、サボタージュ等に参加しているケースが多いと日系企業の総経理(経営責任者)は主張する。
 この労使紛争を契機に、安い労働力は減り、中国法治国家建設の道のりはジグザグに進む。

(2010年12月執筆)

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