訴訟手続2026年06月30日 オンライン化・迅速化が進む中国の民事訴訟 一般社団法人日中法務交流・協力日本機構からの便り 執筆者:伊藤朝日太郎

日本では、2026年5月から、弁護士が代理人となる民事訴訟手続について、訴状や準備書面等をインターネットを用いて提出する運用が原則化されました。日本の民事訴訟は、長年にわたり紙ベースの運用が中心であり、郵送やFAXによる書類提出が一般的でしたが、近年になって急速にデジタル化が進みつつあります。
他方、中国では、すでに訴状提出、証拠提出、送達、期日管理、オンライン審理などが広く電子化されており、一部の事件では全面的なオンライン審理も行われています。制度全体の電子化の進展度という点では、現時点では中国の方が先行しているといわざるを得ません。
訴訟の審理期間についても、日本と中国では大きな違いがあります。
日本の民事訴訟法には第一審判決までの法定期間はなく、同法147条の2が「適正かつ迅速な審理の実現のため、訴訟手続の計画的な進行を図らなければならない。」と規定するにとどまっています。私の実感では、比較的シンプルな事件であっても、相手方が争う姿勢を見せれば、提訴から判決までに1年程度はかかることが多く、複雑な事件では2年を超えるケースも珍しくありません。これは、日本の裁判所が、提出された証拠を丁寧に精査し、争点整理を重ねた上で、訴訟終盤に証人尋問・当事者本人尋問を実施して結論を導くという、慎重かつ精密な審理運営を行っていることにも理由があります。そのため、審理の長期化を一概に悪いこととも言えませんが、訴訟制度の使い勝手という観点で、課題があることも否定できません。
これに対して、中国民事訴訟法は、第一審通常手続について「立案の日から6か月以内に審結しなければならない」(同法152条)、簡易手続について「立案の日から3か月以内に審結しなければならない」(同法164条)と定めています。実際には、事件の複雑性等に応じて延長されることもありますが、単純な売掛金請求事件であれば、半年から1年程度で第一審判決に至る例が多く、日本より迅速に審理が進む傾向があります。
また、中国律師から聞くところによれば、中国の民事裁判では、提出証拠の評価について裁判官が率直に見解や疑問を示し、当事者双方が活発に意見を述べ合う場面も多く、それが迅速な心証形成につながっているとのことです。
もっとも、中国では、過去に、裁判所が事件受理を事実上拒む「立案難」が問題視されていました。近年は、訴訟提起の要件を満たしている場合には必ず「立案」し、訴状から要件を満たしているか判断できない場合でもひとまず訴状を受領し、7日以内に立案するか否かを決定しないといけないという「立案登記制」の導入によって改善が図られています。しかし、「国の安全に危害を与えたり、国の統一・民族団結を乱したりする事件は「立案」しないとされていますし、「立案」については地域による差もあります。
また、中国ではかつて法律専門家以外の者が裁判官に任命されていた歴史があり、現在も裁判官の質にばらつきがあります。判決書の記載内容や法的議論の密度にも地域差があり、日本の判決と比較すると、簡潔な理由付けにとどまる判決もなお多いといえます。
このように、訴訟のオンライン化や審理の迅速性という点で、中国の民事訴訟制度には参考にすべき点があると言えます。他方で、日本の民事訴訟は、法律や規則に基づく手続保障が厳格であり、慎重かつ緻密な事実認定・法的判断が行われるという安心感があります。(最終的な結論の当否は別として)判決の予測可能性や運用の安定性という点で、日本の司法制度の信頼性は高いというべきでしょう。
(2026年5月執筆)
(本記事の内容に関する個別のお問い合わせにはお答えすることはできません。)
人気記事
人気商品
一般社団法人日中法務交流・協力日本機構からの便り 全126記事
- オンライン化・迅速化が進む中国の民事訴訟
- 最近の中国内の動向情報
- 2025大連講演会の模様など
- 撤退における労務リスクについて
- 中国からの撤退について
- 中国の離婚法制
- 大連訪問と中国の銀行更新手続き
- 中国における定年延長の決定
- 刑法改正のポイント
- 中国「会社法」改正のポイント
- 中国に銀行預金を残して死亡した場合の解約手続について
- 中国所在の不動産を巡る紛争と裁判管轄の問題
- 「老後は旅先で」~シニアの新しい生き方~
- 中国に出資しようとする外資企業に春が来た
- 「企業国外投資管理弁法」の概要
- 楽しさと便利さが、庶民の生活を作る。
- 中国会社法「司法解釈(4)」の要点解説
- 日本産業考察活動メモ
- 長江文明・インダス文明、再来の始まりを予感
- 中国国務院より「外資誘致20条の措置」が公布されました
- 中国の対日投資現状とトレンド(2)~中国の対日投資の論理とトレンド~
- 観光気分の危機管理
- 訴訟委任状に公証人の認証が必要か?
- 『外商投資企業設立及び変更届出管理暫定弁法』の解説
- 婚活は慎重に!とある中国人女性と日本人男性の事例
- 新旧<適格海外機関投資家国内証券投資の外国為替管理規定>の比較
- 中国では、今年から営業税から増値税に切り換え課税するようになりました。
- 土地使用権の期限切れ
- 過度な中国経済悲観論について思うこと
- 『中華人民共和国広告法(2015年改正)』の施行による外資企業への影響(後編)
- 203高地への道
- 中国大陸における債権回収事件(後編)
- 中国大陸における債権回収事件(前編)
- 訪日観光は平和の保障
- 大連事務所15周年&新首席代表披露パーティーを行いました
- 再び動き出した中国の環境公益訴訟
- 「国家憲法の日」の制定
- 中国独占禁止法
- 道路の渡り方にみる日中の比較
- 日本の弁護士と中国の律師がともに講師となってセミナー
- 日中平和友好条約締結35周年に思う
- 中国におけるネットビジネス事情
- 敦煌莫高窟観光の人数制限と完全予約制の実施
- 両国の震災支援を両国民の友好につなげたい
- 公共交通機関のサービス体制
- 「ありがとう」を頻繁に口にすることの効果
- 久しぶりの上海は穏やかだ
- 事業再編の意外な落とし穴
- 強く望まれる独禁法制の東アジア圏協力協定化
- いまこそ日本企業家の心意気を持って
- iPadに見る中国の商標権事情
- 人民元と円との直接取引がスタート
- 中・韓のFTA(自由貿易協定)交渉開始と日本
- 固定観念を打破し、異質を結びあわす閃きと気概
- 若い世代を引きつける京劇
- 大都市は交通インフラが課題だ!
- 杭州市政府の若手職員の心意気
- 13億4000万人を養う中国の国家戦略
- 「命の安全」を考える。
- 大連で労働法セミナーを開催しました
- 中国でも「禁煙」規定が発効
- 中国における震災報道から思う
- IT通信手段は、不可欠だ。
- 日本人は計画的?中国人は行きあたりばったり?
- 広州・北京に見るストライキ事情
- 商業賄賂で処罰
- 大連事務所は開設10周年を迎えました!
- 顔が見える交流
- 日本は人治、中国は法治?!
- 日本の公証人制度
- 充電スタンド建設の加速
- 上海の成熟した喧噪と法意識の違い
- 中国における日本人死刑執行の重み
- 中国の富裕層は日本経済の「救世主」か
- 日本に追いつき追い越せ/パートII
- 国際交流を望む中国研究者にとって日本は遠い国だ
- 「文化産業振興計画」の採択
- 国慶節に思う
- IC身分証明と在日外国人取締強化
- 「日本人は・・・・・」「中国人は・・・・・・・」
- 中国の携帯電話産業
- メラミン混入粉ミルク事件
- 大連市の公証人役場
- 東北アジア開発の動きと長春の律師
- 循環型経済促進法の制定
- 北京オリンピックと私たち
- 四川大震災に想う
- 日・中企業間の契約交渉の実例
- 東アジア共同体
- レジ袋の有料化
- 通訳の質について
- 「中国餃子バッシング」に思う
- 中国の休日
- インドを見てから、あらためて中国を見る
- 日中韓の国境は障害を乗り越え、確実に近くなっている。
- 北京市の自転車レンタル事業から中国の環境政策を見る
- 福田首相と日中友好
- 上海の空、東京の空 四日市公害裁判提訴(1967年)から40年後の今に想う
- 物権法の制定過程
- 司法より行政に権力がある
- 中国の『走出去』戦略を読む
- 中国の環境問題
- 中国のオーケストラ
- 春節
- 「いじめ」は共通語だ!
- 中国を見る眼
- 最高人民法院を訪問しました
- 機内食のコップ あっという間の進歩
- 冷静な眼と暖かい心
- 自主的な総合的力量を備える
- 宴席は丸か四角か
- 「十一五」規画始動!
- 依頼人の人権擁護
- 身の安全
- 中国で「勤勉さ」を学ぶ
- 203高地や旅順口などの戦跡を訪れて思う
- 「ソウルで味わった韓流の逞しさ」
- 中国と日本の立法・行政・司法
- くれぐれも御用心
- 海外旅行は、法リスクの宝庫だ。
- 互いの理解
- 信頼関係の形成に向けて
- 中国憲法における「改革・開放」路線
- 苦情処理センターの効用
- 信頼できる中国人パートナーを得る
- 外国への進出と契約
執筆者

伊藤 朝日太郎いとう あさひたろう
弁護士
略歴・経歴
1979年 滋賀県大津市で生まれる
2002年 同志社大学法学部卒業
2008年 早稲田大学大学院法務研究科卒業
2009年 弁護士登録(愛知県弁護士会)
2013年 第二東京弁護士会に登録替え
2022年 おおいずみ野の花法律事務所開業
執筆者の記事
関連カテゴリから探す
-

-

団体向け研修会開催を
ご検討の方へ弁護士会、税理士会、法人会ほか団体の研修会をご検討の際は、是非、新日本法規にご相談ください。講師をはじめ、事業に合わせて最適な研修会を企画・提案いたします。
研修会開催支援サービス -















