一般2018年01月09日 六法はフリックする時代に。(法苑183号) 法苑 執筆者:早乙女宜宏
世の中には数多の六法が存在する。大学時代から六法をめくって勉強をしていた身からすると、書籍としての六法は当たり前の存在だったし、それ以外を考えたことがなかった。私が大学生だった頃は、携帯電話(スマートフォンではない)が流行りだした頃であったが、いったい誰がこの携帯電話で六法を持ち運ぼうなんて考えただろうか。
私がプログラミングをするようになったきっかけは、大学時代のアルバイトである。かといって、ソフトウェア開発会社ではなく、大学受験学習塾でのウェブサイト作成の仕事だった。全国展開している学習塾だったため、模擬試験の日程等を各地の会場ごとに分けてウェブサイトにアップしていたのだが、日程表は、更新の度にテーブルのセルを手入力して修正しており、非常に手間がかかった。何かうまい方法はないかと思って色々と調べた結果、MicrosoftのASP(現在のAPS.NETの前身)という技術を使って、VBScriptを組んでSQLServerからデータを抽出すれば良い、との結論に至った。周りにプログラマーがいたわけではないので、書籍とネット情報を頼りに、イチから勉強して、最終的には目的のものを製作することができた。これにより、フォームに入力して送信ボタンを押すと日程表がウェブに公開されるという筆者にとって初めての業務アプリが完成したのである。大学二年生から始めて、ロースクール在学中も、そして修習直前まで同社にはお世話になったが、司法試験に対する理解ある上司に恵まれたのが幸いだった(残念ながら同社はその後倒産してしまった)。
さて、新制度にうまいこと乗っかり、時代の寵児となった私は、無事に司法修習生となることができた。実務修習では、実務を学ぶだけではなく、どのように業務をIT化できるかを考えた。裁判所は事件情報をデジタル管理していたように記憶している。法律事務所はどうかといえば、個人事務所では、エクセルを使って一覧表にしていればよい方で、殆どの場合は、各弁護士の頭のなかに事件簿が入っている状態である。山積みにされた記録から、あのあたりにあるよ、と言われて探すと実際に該当する記録ファイルが見つかるので、すごい記憶力だとは思ったが、これでは過去の経験とノウハウの共有ができない。
そこで、事件管理ソフトを作ればよいのではないかと思うようになった。まだクラウドという言葉はなかったが(ウェブアプリという言葉で流行っていた)、スタンドアロンのソフトではなく、インターネットにつながっていて、どこからでも見ることができる事件管理簿を作ろうと考えた。これなら、複数人で事件簿を共有することもできるし、時間も場所も問わずに事件簿を見ることができる(まだ、i-modeの時代だったので、シンプルなテキストベースでのアクセスを前提としていた。)。二〇〇七年にはASPもASP.NETと進化し、より使いやすくなったので、要件事実の勉強ももちろんしつつ、同時にC#言語も勉強した。インターフェース(interface)だとか、継承だとか意味不明だったが、法律の勉強と同じで一つ一つの定義を覚えて、実例を見ていくと理解が捗った。そんなこんなで、「早乙女くん、君はこのままでは二回試験通らない。」などと左陪席に言われもしたが、無事、実務につくこともできた。こうして実務についてからのフィードバックを通じて、弁護士業務管理ソフトSySが完成し、筆者の事務所内で運用中である。
二〇〇八年、Android搭載スマートフォンの東芝T-01Cが発売され、まるでパソコンが携帯にインストールされたかのようで衝撃を受けたと同時に、携帯電話がこれから仕事では必須のツールとなる予感がした。そして弁護士業務で活用できないかを考えたとき、一番に思いついたのが六法をアプリとして開発することだった。インターネットで調べてみると、総務省法令データ提供システム(なお、現在はe-Gov法令検索に変更されている。)が法令を提供している。これを読み込ませて表示させれば、六法を毎年買い替え、かつ、持ち歩くという負担から解放されるではないか。六法アプリ第一号とすべく、今度はJava言語の勉強をしながらアプリ開発を行った。
誰でも無料で使え、そして検索のしやすい六法という開発コンセプトのもと、開発されたのがAnd六法である。有料アプリにすることも考えられたが、学生時代に六法が高額であってなかなか買い換えられなかったいという経験から、学生には無料で使えるようにしたいと考え、基本機能は無料で提供することにした。そして、紙の六法の引きやすさに負けないように、クリック数を極力少なくして目的の法令・条文に到達するように工夫をすることとした。その結果、創作されたのが、画面下に表示されるクイックキーボードである。数字キーを入力する度に該当の条文にジャンプし、一定時間入力がなければクリアされる。ここで重要なのは、確定キーやクリアキーを排除としたこと。クリック数を減らすことでユーザビリティを向上させている。法令データについては、初回はネット接続がなければ閲覧できないが、一度閲覧した法令は端末内に自動的に保存されるようになっている。このような機能を導入した経緯には、もちろん読み込み時間短縮もあるが、データ通信量を最小限にしてお財布に優しくすることと、接見室や裁判所の法廷内など、電波の届かない場所でもAnd六法で法令が閲覧できるようにするためという実務上の要請であった。
出版社が六法アプリを出すのではないかとソワソワしたが、全くその気配もなく、第一号の六法アプリとしてリリースすることができた。And六法という名称はお察しの通り、Androidの六法だから、アンドロイドの「ロ」と六法の「ろ」をつなげて「あんどろっぽう」とした(なお、後にiOS版を出すにあたってはAnd六法でよいものか悩むことになったが、結局そのままリリー。)。
こうしてリリースされたAnd六法は、便利アプリ紹介本や司法試験予備校等で紹介されたり、ユーザーコメントで合格者がお礼を言ってくれたり、著名な実務家が使ってくれたりと口コミで評判が広がりユーザーを拡大していった。その後もユーザーの意見を取り入れながら改善してゆき、他の六法アプリと差別化を図るために判例閲覧機能も実装した。また、アプリならではの機能として共有機能を活用し、Evernoteとの連携も可能となった。これにより、条文ごとに自分のメモを残すことができ、かつ、様々な端末からメモを編集、参照することができるようになった。
統計によると、ダウンロード数は三〇万程度、内訳の殆どは日本であるが、二位が台湾、三位が米国、四位が韓国となっている。今や六法は、めくる時代ではなく、フリックする時代なのである。
(日本大学大学院法務研究科助教・弁護士)
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