一般2022年09月12日 事業承継における弁護士への期待の高まり(法苑197号) 法苑 執筆者:土森俊秀
一 はじめに
中小企業庁のウェブサイトにおいて公表されている直近のデータでは、二〇一六年六月時点における日本の中小企業の数は三五七・八万者(全企業数の九九・七%。なお、個人事業主も数に含むので、「社」ではなく「者」という助数詞が使われている。)、中小企業の従業者は全従業者数の約七〇%とされる。そして、日本全体において、令和七年(二〇二五年)までに、中小企業経営者の平均引退年齢である七〇歳を超える中小企業経営者の数は約二四五万人、うち約半数の約一二七万人が後継者未定と見込まれている。当該後継者未定の企業が、何らの対策も講ぜずに廃業することとなれば、従業員の雇用が失われるなど多くの関係者の混乱を招き、ひいては地域経済にも悪影響を生じさせるおそれがある。日本において、中小企業の事業承継問題は喫緊の課題である。
二 事業承継ガイドライン等の歴史
中小企業の事業承継問題に関しては、政府もその対策に力を入れており、事業承継に関しては、次のようなガイドライン等が策定されてきた。
前記①のガイドラインが策定された当時は、経営者の平均年齢が六〇歳に手が届きつつあり、いかに次世代への事業承継をスムーズに行うかが課題であった。また、事業承継の類型としても、親族内承継、従業員承継という社内への承継が中心であった(なお、これらのガイドライン等においては、事業承継の類型を、ⅰ親族内承継、ⅱ従業員承継、ⅲ社外への引継ぎ(M&A)の三つに分けている。)。
しかし、その後、経営者の世代交代があまり進まないまま時間が経過し、前記一で述べたような現状に至っている。後継者不在が課題とされ、事業承継の類型としても、社外への引継ぎ(M&A)に徐々に焦点が当てられるようになった(前記②以降のガイドライン参照)。また、後継者不在でやむを得ず廃業する場合であってもいかに経営資源の散逸を回避するか、という点にも焦点が当てられるようになっていった(前記⑤以降のガイドライン参照)。
三 弁護士会活動の中での感想
筆者は、二〇一〇年に、知人弁護士の誘いで、当時発足間もない日弁連中小企業法律支援センター(以下「日弁連中小センター」という。)に委員として参加させていただくこととなった(二〇一九年六月より執筆時現在まで同センター事務局長)。また、弁護士登録(二〇〇一年一〇月、五四期)以来、細々と東京弁護士会の弁護士業務改革委員会に委員として参加させていただいていたが、二〇一四年の東京弁護士会中小企業法律支援センター(以下「東弁中小センター」という。)の発足に関与することとなり、以来東弁中小センターの委員(うち二〇一四年途中から二〇一九年三月まで同センター事務局長)を務めている。
弁護士会における中小企業の事業承継支援について筆者が関与していくようになったのは、二〇一四年に東京弁護士会主催の夏期合同研究「未来へつなぐ中小企業の絆」において、事業承継をテーマとして取り上げたころであった。当時は、事業承継というと、親族内承継が中心で、課題も主に相続税対策が中心であって、支援専門家としても税理士が中心、弁護士はいったい何をするの?というのが一般的なイメージであったように思う。株式・事業用資産等に関する相続や遺留分等との関係で弁護士に一定の役割はあるにせよ、弁護士が事業承継に積極的に関わっていくのは現実的にはなかなか難しいという印象であった。
しかし、後継者不在が課題とされ、事業承継の類型としても、社外への引継ぎ(M&A)に焦点が当てられるようになっていったころから、事業承継における弁護士の必要性の認識が高まっていったように思う。
まず、社外への引継ぎ(M&A)において、株式譲渡の方法による場合、買手側は一〇〇%の株式取得を希望することが多い。しかし、社歴の長い中小企業においては、相続などにより株式が分散化していることも多々あり、その集約が必要となる。また、平成二年の商法改正前までは、株式会社の設立時に七名以上の発起人が必要とされていたことから、実際には出資していない名義株主が存在していることがよくあり、この名義株主の整理も必要となってくる。また、現在の株主構成に至るまでの株主の変遷の中で、株式譲渡が商法・会社法上適切になされておらず、株主であるかどうかに疑義が生じる例もよくみかける。これらについては、本来親族内承継の場合にも問題となるが、親族内承継においては曖昧なまま進められるところもあった。しかし、M&Aの場合には買手側が厳しく判断するため、株式関係についての弁護士による支援の必要性が高い。
また、社外への引継ぎ(M&A)においては、譲渡側と譲受側をマッチングさせるためにM&A仲介業者が関与することが多いが、その場合、譲渡側と譲受側の両方から報酬を得る「両手取引」が一般的であるところ、利益相反の可能性が指摘されている(一回限りの関係である譲渡側よりも、今後もビジネスができる譲受側に寄り添いがちになるとの指摘)。弁護士が関与する場合には当然に利益相反は禁止されるので、安心・納得の事業承継の観点からも弁護士による支援の必要性がある。
さらに、債務超過会社が事業承継を行う場合、事業譲渡・会社分割の手法を用いて事業を別の会社に承継させ、金融機関への負債を元の会社に残す方法がとられることがよくあるが、この場合、詐害行為にならないように十分注意する必要がある。つまり、事業の承継先は適正な対価を負担すべきこと、不公平な弁済をしてはならないこと、金融機関である債権者(金融債権者)と協議して理解を得ること、等に十分注意して、慎重に進める必要があり、弁護士の関与が必須といえる。
弁護士会活動に関わっている中で、これらを始めとする事業承継における弁護士の必要性についての認識が、徐々に中小企業支援の関係者に浸透していっていることを実感している。
四 事業承継における弁護士への期待
前記二⑤の中小M&A推進計画では、「地方の小規模・超小規模M&Aについても弁護士による必要な支援を充実させるため、二〇二一年度中に、事業承継・引継ぎ支援センターと弁護士会の連携強化に向けて、地域の実情に応じて弁護士の紹介やお互いの人材育成等を行う組織的な取組を開始する。その上で、継続的に当該取組の内容・効果の確認・検証等を行いつつ、二〇二五年度までを目途に、当該取組を希望する地域で段階的に導入を進め、全国規模での当該連携強化を目指す。」(中小M&A推進計画二三頁)とされており、特に地方の小規模・超小規模M&Aの支援において、弁護士への期待がされている。日弁連中小センターにおいても、そのための取組が現在進行中である。
弁護士が中小企業の事業承継を支援することで、地域経済・社会の活性化を図るとともに、経営者・事業者、従業員、取引先、その家族等の全ての関係者の暮らしと権利が守られる社会が実現されることを望む。
(弁護士)
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