一般2016年01月05日 不惑のチャレンジ(法苑177号) 法苑 執筆者:河野浩士
そうだ、弁護士になろう
私が弁護士になることを思い立ったのは、今となっては正確な時期ははっきりしませんが、たしか平成一四年頃だったと思います。いずれにしても、当時年齢はすでに四二歳を過ぎていました。
折しも、法科大学院制度がスタートする直前です。でも、私にはそんなところに通う時間も資金もありませんでしたから、なんとか仕事を続けながら司法試験に合格してやろう、最初は威勢よくそう目論んでいたのです。
しかし世の中は甘くはありませんでした。結局、早々に仕事を辞め、開設まもない法科大学院にもぐり込み、新司法試験を受験し、当時の理想型のようなパターンで弁護士になった訳です。
それにしても、文科省のデータによれば、法科大学院がスタートした平成一六年において、全入学者のなんと四八・四%にあたる二、七九二人が社会人だったと言います。ところが、平成二七年には四〇五人(全入学者の一八・四%)に減少しているそうですから寂しい限りではありませんか。
さて、こういう話をすると、たいてい「どうして四〇歳を過ぎてから弁護士になろうと思ったのか」という、当然の質問が飛んできます。おそらく、社会人を経て弁護士になった方の多くは、私に限らず、同じような質問を幾度も受けたご経験をお持ちではないかと思います。
しかし、今回はその話ではありません。もちろん、法科大学院制度の是非なんてことでもありません。テーマは、編集者から見た弁護士というお仕事、そして司法試験です。
私は、弁護士になる以前、自ら小さな編集プロダクションを経営し、出版業界で主に編集者・ライターとして仕事をしていました。そして現在も、弁護士の仕事を行いながら編集者としての活動も復活しています。
その観点から見ると、編集という仕事と弁護士の仕事には、興味深い共通点や類似点があります。ここでその全部は無理ですが、一部でもご紹介できればと思います。
突如として開眼した勉強法
かつて法律の勉強を始めた頃、最初はまったく思いどおりにはいきませんでした。当時「基本書は最低でも三回以上は読め」と言われたのですが、専門書籍や判例解説などは読むだけでも一苦労で、ぜんぜん身には付きません。
しかし、呆然と眠い目をこすりながら、開いていた法律専門書籍を前にして、ある事実が頭をよぎったのです。
「本である以上、その向こう側には編集者がいる」
考えてみれば当たり前ですね。でも、なぜかその事実にそれまで思い当たらなかったのです。
編集者として担当すれば、最低でも三〜四回以上は原稿を読むはずです。読み方に多少の違いこそありますが、わからない箇所があればマークを入れて調べもしますし、著者に確認もするでしょう。
そこで、いきなり私の意識が変換しました。「自分の仕事に引きつけてしまえばいい」と閃いたのです。
私が昔関わっていた本や雑誌記事は、旅のエッセイとかガイドとかスポーツなど暢気な話ばかりでしたから、分野は違います。でも、たまたま法律書籍の仕事が大量に舞い込んだんだから仕方がない、そう考えればいいのです。
不思議なもので、なんだそいうことかと思った瞬間からいきなり効率も上がり、勉強(仕事?)も順調になり始めました。
ときどき、資格試験にチャレンジする人に、どうやって勉強したらいいかと聞かれることがあります。以来、私は「自分の得意領域の土俵の上に載せてしまい、そのうえでやっつけるのがよい」とアドバイスしています。
学生の得意領域は勉強かもしれませんが、同じやり方でやっても勝ち目は低いわけで、社会人の場合は、やはり自分の仕事に引きつけるのが得策ではないかと思うのです。
ご存じのとおり、司法試験では、論文試験が大きな比重を占めています。さらに司法修習の最後に行われる二回試験はもっと凄いわけで、数日間にわたって朝から夕方まで文章を読み、書きっ放しです。そして、文章との格闘は弁護士になってからの現在の仕事でも続きます。いくら優秀な方でも、文章アレルギーがあったりすると、とても乗り切ることができないかもしれません。
ところが、編集者は元々一日じゅう文章と格闘するのが仕事。つまり、仕事に引きつけるにしても、引きつけやすく、最初から有利な立場にいたということですね。
「要するに」シリーズ
さて、どうせ仕事に引きつけるなら、もっと効果的でいい方法は無いか。そこで当時私が思いついたのは「いっそのこと現実に制作物を作ってしまえば面白い」というアイデアでした。その第一弾が「要するに」シリーズです。
法律の条文や判例解説、学説などは、どこからも突っ込まれないだけの正確さが求められるため、どうしても複雑な構造の表現になったり、難解な法律用語に頼らざるを得なかったり、はたまた、逆に踏み込んだことについては言及できなかったりすることが多々あります。
そこで、言いたいことは「要するにこういうこと」を、できるだけ平易かつ短い言葉で説明した冊子を自分で作成するのです。少々不正確な部分があっても気にしません。そこは、あとからメモとして注釈を追加します。また、勉強を始めた頃には、間違いもあるかもしれませんが、それはおいおい修正して行き、その過程もトレーニングだと思えばいいでしょう。
法律の条文で、一例を挙げてみます。
たとえば民法九二一条一号の「法定単純承認」でやってみると、こんな感じでしょうか。
「要するに、財産の処分等をしてしまえば、相続したものと周囲は信頼してしまうから、以後、放棄はできないということ」
あるいは、会社法四三九条なら、ご存知のとおり「要するに、会計監査人から無限定適正意見をもらえば、決算は株主総会で報告するだけでよいということ」
とくに会社法が制定されたときには、主要な条文で逐条「要するに」を作成し、これは役に立ちました。私は、現在もときどきこの手段を使っています。
また判例解説については、周囲の仲間も巻き込んで、A4用紙一枚以内で一判例というルールを決めて共同作業、私が編集を買って出て、「判例要するに」も作ってみました。
なんて荒っぽい!と叱られそうな気もしますが、当時の私は、これをやらないとどうにも頭に入って行かなかったのですからやむを得ません。
ただし、実際には、もっと制作物を企画したのですが、大変すぎて挫折したり、役に立たなかったりで、お蔵入りになった企画も多数存在したことは白状しておきたいと思います。
弁護士としての書面作成
さて、弁護士が、依頼者の話や調査結果を一つのストーリーにまとめ、書面を作成するという作業も、編集者・ライターの一連の仕事と似た要素が数多く含まれています。
ただ、私が呆然としたのは、読者が実質的には裁判官だけということです。一応は相手方も読みますが、誰に向けて書いているかといえば結局は裁判官に他なりません。また、クライアントの意向は重要ですから、勝手なことは書けません。
編集者の観点から見ると、これはまさしくタイアップ記事広告を、一人の読者だけを相手にして、あの手この手を駆使しながら制作しているようなものです。どんなにいいものを仕上げても、編集者の頃と違って、他の誰かに読んでもらうことは期待できません。正直なところ、最初の頃は、ずいぶん寂しい気持ちになりました。
ただ、仕事をしばらく続けているうちに、たとえ読者が一人であっても、弁護士の作成する書面には別の具体的な威力があることをすぐに体感します。
たった一人の読者である裁判所を動かせば、依頼者や相手の権利や義務に直接影響が及び、何かが実現できる、これは、出版物とは別の充実感ですし、怖さでもあります。「ペンは剣よりも強し」と言うように、一本の記事が世の中を変える例も無いではありませんが、それほどの影響力を発揮できる出版物は稀です。
法律家の新たな進出分野
さて、これまで編集者・ライターにとっての司法試験とか弁護士の話をしてきましたが、最後にその逆を提案しておきたいと思います。
弁護士の仕事をこれまでやってきて感じるのは、多くの法曹関係者が、すでに編集者やライターとしての素養を持っていらっしゃるということです。これだけ共通点が多いのですから、それも当然でしょうか。
といっても、一般読者を相手にした制作物は、法曹関係者同士で交わされる文書とは、大きく異なる点があるのもまた事実です。にもかかわらず、いきなり何かに掲載する文章を誰かにお願いしても、たいてい問題がなく、それどころか、読者を引きつけるツボもご存知だったり、アイデアをお持ちだったりするので、私としても舌を巻くことが多々あります。
多くの法曹関係者がその気になったとき、世の中には、法律の専門家が発信する、面白い記事や書籍がもっと出回るのではないか、そんな期待が頭をよぎります。
(弁護士)
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