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一般2023年01月20日 形式は事物に存在を与える〈Forma dat esse rei.〉(法苑198号) 法苑 執筆者:山本正名

 私は、最近出版した『簡易裁判所における交通事故訴訟と和解の実務』(新日本法規出版、二〇二二年五月)の中で、「裁判実務のカキクケコ」と題するコラムを書いた。長年裁判所に勤めた経験から、後輩に対し、裁判実務で大事な点として、カ(型)、キ(記録)、ク(工夫)、ケ(計画)、コ(根拠)の五つを挙げて説明したものだった。

 その出版後、私は、たまたま入った古本屋で『ことわざの法律学』なる本を見つけ、ペラペラと見ているうちに、ある箇所に目が留まった。その本は、ローマ法格言を解説したものであったが、その一つの項目に「形式は事物に存在を与える」とあった。

 私が書いたコラムでは、カキクケコの「カ」は「型を知る」ことだとした。裁判実務では、書類の書き方一つとっても、多様な様式(雛型)集や書式集が出版されるほど、型、形、形式が重要視されている。訴訟上の要件事実論も、一定の権利主張には、必要な事実を一定の型・形式に盛り込むべきことを要求したものと考えることもできる。

 法律論では、よくモデルとかフォーム(形式)、「○○型」等の言葉が多用される。論文の書き方では「序論・本論・結論」が大事と言われるし、法律試験の答案では「意義・要件・効果」をまず書くべしと教えられる。こういう「型(形式)」は、よく見聞きする話である。

 型も形式も似たような意味であるが、辞書によれば、形式は、事物の内容に対し外形的に認められる姿・形であり、型は、個々のものの形を生ずる元となるもの、鋳型や型紙、武道・芸能の規範となる方式、ものを分類したときのタイプ、パターンなどを意味するようである(広辞苑等参照)。

 私が書いたコラムでは、裁判実務においては「型(フォーム)」が尊重され、「その根底には、型に従えば、必要な仕事の要件、情報が漏れなく整理して把握でき、要領よく適正に処理できるとの効率的な情報(思考)整理術への信奉がある」と書いた。そこでは、「型」から入り、「型」から出ることの工夫の重要性にも触れた。

 それは多分に経験的、感覚的な話であったようにも思うが、そのローマ法格言の解説によれば、私の信奉論を超えて、はるか遠く昔のローマ法に起源のある考え方であったように思える。浅学の身を恥じる結果となった。

 調べると、その法格言解説の著者は、ローマ法研究で高名な柴田光蔵京都大学名誉教授であり、件の著述は、法律雑誌「時の法令」(「ラテン語法格言めぐり」の第四九回掲載分(二〇一四年・一九六三号六二頁以下))に掲載されていた。

 私が古本屋で手にした『ことわざの法律学』(自由国民社、一九九七年)は一般向けの本であり、「時の法令」の掲載は、その後に法律実務家向きに、もう少し詳しい解説を加えたものだった。

 タイトルは「形式はものに存在を与える」とあり、ラテン語で〈Forma dat esse rei.〉と併記されている。

 この解説によれば、日本の伝統・文化では「形式」が尊重される気風、文化があり、能、歌舞伎、茶道、華道などの伝統芸能では形(定型的な所作)が中核となっている。剣道、柔道等の古来のスポーツでも、カタチ(形式・型)そのものに相当な意味が込められている、とする。こうしたカタチを重視する国柄が、明治以後異国の法制度を受け入れる土壌にもなり、早期に先進国の仲間入りを果たしたと解説しつつ、次に、「フォーマル(形式・形)」と「リアル(存在・実存)」の間の優劣関係について述べられている。

 その上で、著者は、法の世界について、先に生の法関係の「現実」があり、後に「法形式」にまで成長し、ひとまず「フォーマル優位」の現象が確立されるが、時代環境の変転により逆転し、「リアルなもの」が幅をきかして一巡すると、論が進められている。

 法律実務家にとって肝心と思われる部分では、次のように述べられている(重要と思われる部分は、太字で示した。)。

 ここで、表題の格言の趣旨を読み込んで見ますと、これは、「物事がその存在を他からちゃんと認めてもらうためには、まず、形式(所定の様式)をきっちりと踏むことが必要である」(形式にマッチしていることは、人の信用を得るのに好都合ですし、トラブルが生じても、証拠があるので、解決が容易になることが多いからです)とか、「もし形式を整えていなければ、中身がどんなにしっかりとしたものであっても、少なくとも、法的な観点からは、何も存在しないものと、扱われてしまう」(一般に、法的処理には、データが画一化されていないと、手間がかかる上に、トラブルの種が潜んでいることも少なくないので、当局は、形式が満たされているか、という点にとてもこだわります)といったことを、意味しています。端的に言いますと、「形式あっての事実」、「タテマエ(形式)はホンネ(事実)に存在を与える」という位置関係が、成り立ってくるのです。

 こうした著述を読むと、民事訴訟の原理原則が頭をよぎる。「訴えなければ裁判なし」が法の基本であり、その内容には、訴訟上の請求の仕方や形式的な要件、書類の書き方、必要な手続と手順、判決書の構成に至るまで、法律的に、あるいは実務的に、「型」、「形式」(様式、フォーム)に従うことが求められる。形式は、強制と効果を伴う決まり(法規定)にまで高められる。

 多くの紛争の実態は、主張や対立点、情報が錯綜し、つかみ所のないカオス状態として現れるが、その本質をつかみ、解決すべき道筋をつけるには、客観的で共通認識の得られる「形式(法規定)」に従って整理していけば、見えなかったものも見えてくる。こう考えると、法律実務で求められる「形式(決まり)」は、より良い法的判断を導くための「整理」の道具だと理解できる。

 以前、この法苑に「民事訴訟の三本の矢」(二〇一九年九月号法苑https://www.sn-hoki.co.jp/articles/article124472/参照)を掲載していただいた。そこでは、現行民事訴訟法の三本柱として「整理」と「計画」、「協働」の三つを挙げ、民法の大家我妻栄博士も「法律学は整理の学問である」と言っていたことを紹介した。この「整理」に関しては、学問のみならず、民事訴訟の法規定及び実務の実態をみても、「主張の整理」や「争点と証拠の整理」等、紛争解決に向けたさまざまな「整理」が重視されているのを見ることができる。「整理」は、手続と判断を重点的、効果的に進める焦点の絞り込み作業でもある。

 その整理のための「形式(型)」には、ゆるやかなものもあれば、厳格なものもあり、形式さえ整っていればよいというものでもない。裁判の重要点は、主張する者は立証を要し、立証されない限り事実の存在が認められない。請求する法的権利が認められるか否かである。当事者双方が厳しく対立する訴訟の場で、公正な判断と信頼を確保するためには、訴訟の入り口から明瞭さと厳格さが要求される。

 訴状に必要的記載事項や印紙(手数料)の貼付を欠いている場合、任意の補正促し・補正命令によっても補正されないときは、命令で訴状は却下される扱いである。法規定では「却下することができる」ではなく、「却下しなければならない」とある(民事訴訟法一三七条、民事訴訟規則五六条)。

 この訴状却下命令は、訴状は受け付けても受理はできないとして、一旦は受け付けた訴状を返還する措置である。裁判所の窓口で受付印が押され、印紙に消印処理がされた後であっても、訴状却下命令の告知だけでは足りず、その訴状原本をそのまま突き返すというもので、すさまじいばかりの非情な処置にも思える。

 中身の存在(審理への進行)を認めてほしいのなら、まず形式を整えて出直しなさい、形式があっての中身、という厳しい掟である。

 今回出版した拙著『交通事故訴訟と和解の実務』の本も、考えてみれば、そうした訴訟の仕組み、請求方法と紛争解決の「型」や「形式」等を示して解説したものである。前述の訴状の書き方や審理手続等の型や形式、留意点等についても説明している。

 コラムでも「型」の重要性と工夫の必要性を説明したが、今は改めて、法の根底思想に「形式は事物に存在を与える」ことの意味と法制度の根幹の深さを感じ取ることとなった。訴訟書類作成の作法では、論理的な表現や法的思考の合理性が求められるが、まずは定められた法的な形式に従うことが重要だと考えさせられた。

 今本棚を整理してみると、柴田光蔵教授の本として、『タテマエの法 ホンネの法〔第四版〕』(日本評論社、二〇〇九年)が残っている。「隣人訴訟事件」や「冤罪痴漢」をめぐる裁判の「タテマエ(法・当為)」と「ホンネ(存在)」の対立を軸にした論説を興味深く読んだことを思い出すが、件のローマ法格言にまで、読書範囲が及ばなかったことが悔やまれる。

 法律を学ぶ人、初めて法律実務に携わる人は、この格言の重みを早くに念頭に入れておいた方がよいように思う。民事訴訟法入門の第一章は、「裁判のカキクケコ」と「形式は事物に存在を与える」、このローマ法の格言から始めるのも面白いかもしれない。

(元簡易裁判所裁判官)

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