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一般2021年05月07日 きみちゃんの像(法苑193号) 法苑 執筆者:飯村敏明

 新型コロナの感染状況が予断を許さないことから、混雑する車内を避けて、一部徒歩による通勤や退勤に心掛けて、日々を送っている。
 地下鉄を利用すれば、ごく短時間で通勤ができるほどの距離であっても、徒歩となると想像をはるかに超えた長い時間がかかり、当然のように利用してきた交通機関の有難さを痛切に感じている。
 他方、徒歩に切り替えたことで、今まで意識することのなかった街の様子や情景の変化に気づくことも多く、電車通勤では到底得られない新たな経験をする機会も増えた。
 徒歩による経路は、あらかじめ決めているわけではないが、麻布十番を通ることが少なくない。麻布十番商店街から少し離れた一角に「赤い靴の女の子・きみちゃん像」が設置されており、きみちゃん像をみながら、帰宅することがある。
 そのようなことから、「赤い靴の女の子」の像に関心を抱くようになった。

 野口雨情氏の歌詞は、次のとおりである。
赤い靴はいてた女の子 異人さんにつれられて行っちゃった
横浜の埠場から汽船に乗って 異人さんにつれられて行っちゃった
今では青い目になっちゃって 異人さんのお国にいるんだろう
赤い靴見るたび考える 異人さんに逢うたび考える
生まれた 日本が 恋しくば
青い海眺めて ゐるんだらう(いるんだろう)
異人さんに たのんで 帰って来(こ)

 野口雨情氏の歌詞では、赤い靴をはいていた女の子は、異人さんとともに外国に行ったとされている。
 しかし、「赤い靴をはいてた女の子」の実在のモデルである「きみちゃん」は、異人さんにつれられて外国に行くことはなかった。「きみちゃん」は、当時は不治の病であった結核に罹患して亡くなったからである。
 「きみちゃん」は静岡県で生まれてまもなく、母親の「かよさん」につれられて、北海道にわたった。母「かよさん」は、開拓農場で働くことになったが、当時の北海道の環境はあまりにも厳しく「きみちゃん」を育てることに無理があると考えて、「きみちゃん」をアメリカ人牧師の夫妻に託した。
 しかし、アメリカ人牧師は、帰国命令を受けたため、「きみちゃん」を麻布十番鳥居坂にある孤児院に預けて母国に戻らざるを得なくなった。「きみちゃん」は、宣教師夫婦が帰国した後ほどなく、当時は不治の病と考えられていた結核により九歳の短い生涯を閉じた。
 北海道で生活していた母親の「かよさん」は、「きみちゃん」がなくなったとの事実を知らされず、一九四八年(昭和二三年)に亡くなるまで(あるいは、亡くなる直前まで)、野口雨情氏の歌詞にあるとおり、「きみちゃん」は、宣教師夫妻とアメリカで暮らしていると固く信じていた、とされている。
 麻布十番の街に「きみちゃん」像が建てられたのは、そのような悲しい実話を踏まえてのことであり、商店街から少し離れた場所が選ばれたことについても、よく理解できる。
 ところで、赤い靴の女の子「きみちゃん像」は、麻布十番の街ばかりでなく、全国数多くの場所に建てられている点で、極めて興味深い。
 横浜(神奈川県)の像は、座った姿からなるが、野口雨情氏の歌詞「横浜の埠場から汽船(ふね)に乗って」に因んで建てられた。
 日本平(静岡県)の像は、母「かよさん」と向き合う姿からなるものであるが、野口雨情氏の生まれ故郷に因んで建てられた。
 留寿都(北海道)の像は、腰をかけて遠くを眺めている像であるが、母「かよさん」が北海道にわたり、入植した開拓農場のある場所であることから建てられた。
 小樽(北海道)の像は、両親とともに描かれた親子像であるが、母「かよさん」が過ごした場所であることから建てられた。
 函館(北海道)の像は、母「かよさん」が「きみちゃん」をつれて本土を離れ北海道に移り、住んだ土地であることから建てられた。
 鯵ケ沢(青森県)の像は、両親とともに描かれた親子像であるが、「きみちゃん」の義父の出身地であることから建てられた。
 このように「きみちゃん」像は、全国各地に数多く建てられてきたが、野口雨情氏の卓越した歌詞、数多く歌われてきたことなどによるところが少なくない。
 「きみちゃん」像を建てた七つの自治体の説明には、事実から離れた内容を含んでいる部分もみられ、法的な観点からは、さまざまな論点が残り、心配も尽きない。しかし、各自治体は、互いに意思疎通をはかり、「きみちゃん像」を設けた趣旨や理念について共有するよう努め、住民や見学者に伝えていくことを心掛けているとも聞いている。
 ところで、令和三年の春、「新型コロナ」により数多くの尊い命が奪われるという厳しい状況が続いている。「新型コロナ」の罹患に関連して、新たな像が建てられるというような事態が生じることのないよう、心から願う次第である。

(弁護士・元裁判官)

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