一般2017年05月08日 「厄年」からの肉体改造(法苑181号) 法苑 執筆者:浅見隆行
二〇〇〇年に弁護士登録をし、早一七年。当時二五歳だった若者は四二歳の壮年となり「厄年」のまっただ中にいる。二〇歳であれば未成年者から成人になるのに対し、「厄年」を迎えたからといって法律上何かが変わるわけではない。「厄年」を迎えて変わったのは、肉体である。
前厄を迎えた二年前に人生初のぎっくり腰を経験し激痛に悶絶。本厄を迎えた昨年にはXLサイズでなければシャツを着られなくなる恰幅へと成長。スポーツに本格的に取り組んでいる高校生なら「伸びしろですねえ。」とサイズの成長を喜ぶことができるかもしれない。しかし、運動をしていない四二歳に残された「伸びしろ」はウエストの増幅だけである。
ここで私は一つの分岐点に差し掛かった。「今後の人生、体の衰えを受け入れながら過ごしますか、それとも体を鍛え直して活き活きと過ごしますか。」究極の二択である。この問が金の斧・銀の斧のイソップ童話に出てくるヘルメス神から出されたものならば、私が素直に「体の衰えを受け入れます。」と答えれば、「正直者だ。そなたに鍛えた体を差し上げよう。」と喜ばしい結末が待っているかもしれない。しかし、現実の世界は、そんなに甘くない。「体を鍛え直します。」と選択し、自ら厳しい道のりを選ばなければ、鍛えた体は手に入らない。私は、険しい道のりに歩みを進めることにした。
とはいえ、ぎっくり腰を経験し、体脂肪の増加による肉体の成長を甘んじて受け入れていたほど、精神力は弱い。険しい道のりを歩み出しても、モチベーションが下がれば「仕事が忙しい。」などと言い訳だけ残して挫折するのは目に見えていた。だからといって、肉体改造を謳った高額のパーソナルジムに通うのは気が乗らない。そこで行ったのが、最近増えてきた二四時間制のスポーツジムへの入会と、SNSを通じた周囲への肉体改造宣言である。二四時間制のジムなら仕事の忙しさを言い訳にはできない。しかも、それらのジムは日本全国に展開しているので、出張先でも利用することができる。これで出張の多さもジムに通えないことの言い訳にはできなくなった。さらに、周囲に宣言したことでプライドの問題もあり、後には退けず、怠けることができなくなった。自分から「私、失敗しないので。」と決めゼリフを吐いた状態を作りだし、「厄年」からの肉体改造が始まった。本稿も、周囲への宣言に等しい。
肉体改造を始めるに当たって、改造方法を徹底的に調査した。まず、改造後になりたい体の目標を定め、次に、その体に近づくためのトレーニングのメニューを調べ、その後、結果を出せるメニューの組み方やフォームを学んだ。辛いことを長く続けられる自信がないので、食事制限によるダイエットやジョギング(有酸素運動)を無計画に始めることを避け、効率的に結果を出すことを重視したのである。
私がなりたい体の目標に定めたのは、ハリウッド俳優のジェイソン・ステイサムの体である。決して、私の頭が剥げているのではない(むしろフサフサである)。映画トランスポーターで見せた肉体は、私よりも年齢が上なのに、男ながらに魅了された。無謀と言えば無謀な目標設定である。しかし、半年や一年といった短期間でジェイソン・ステイサムのような体になろうとしているわけではない。目標が高ければ高いほど肉体改造のやりがいがある。目標を目指す過程で相応の体を手に入れることができるだろう、との見通しによるものである。目標となる体を決めたことで、筋肉を肥大化させることを肉体改造の中心とし、食事制限によるダイエットやジョギングはサブ的な位置づけにすることを決めた。食事制限によるダイエットやジョギングは脂肪を減らすには長けているが、反面、筋肉も減ってしまうので、筋肉の肥大化という目標にそぐわないからである。
こうして、二〇一六年秋から「厄年」の肉体改造が始まった。マシンを触り、ダンベルやバーベルを握るのは、高校生のときにジムに通って筋トレをしていたとき以来、実に二〇数年ぶり。頭の中は高校生のときの筋力のイメージのままである。ジムに初めて行った日のことは今でも鮮明に覚えている。「多少衰えても、これくらいの重量なら軽く挙がるだろう。」と思いながら手にしたダンベルは微動だにしない。マシンの重量設定は、ジムが筋トレ初心者向けに推奨する重量よりも若干は重く設定できたので最低限のプライドは保てた。しかし、予想していた重量よりは、はるかに軽い設定にしなければマシンを動かせない。ましてや、バーベルなぞ、触るだけで自分も周囲も危険なほどふらつく状態であった。想像していた以上に体の衰えを実感。「これでは記録を持って裁判所に行くときに、カバンを重く感じるはずだ。」と妙な納得感まであり、現状を素直に受け容れることができた。我ながら情けなくなるほどの状態からのスタートであった。
肉体改造の方法を事前に調査していたものの、さすがに筋力の低下具合は自分の想像をはるかに超えていたので焦りも感じ、すぐに「どれくらい経つと筋力がアップするのか。」を追加調査した。その結果、初めの二か月ほどは肉離れなどが起きないように脳が神経を制御している、二か月目を過ぎた頃から制御が外れ斬新的に重量を挙げられるようになる、三か月を過ぎた頃からトレーニングの成果が見た目に現れ始める、ということがわかった。そこで、初めの三か月間は焦ることなく、むしろ神経の制御が外れ、斬新的に重量を挙げられるようになる日々の変化を喜びながら、トレーニングを継続することに比重を置くことにした。効率的な肉体改造を目指しながらも、大幅な計画変更である。
ただ、実際にトレーニングを始めて見ると、思った以上に楽しく、仕事で抱えた精神的なストレスも解消できるようになった。今まで体を動かしていなかったのが嘘のように肉体改造に没頭。脳の血管が切れるのではないかと思う程に顔を真っ赤にして、全身から汗を噴き出しながら「ウォーッ」と唸りながらスクワットやレッグプレスをする。毎日、身体中のどこかが筋肉痛になる。不思議と、それが気持ちよかった。気がつけば、仕事が終わるとジムへ直行し、週末は予定がなければジムを最優先にすることが習慣化し始めた。おかげで、ジムに行く時間を作るために、仕事は今まで以上にスピードアップして終わらせるようになる好循環。アルコールを飲みに行く機会も激減した。お酒に費やしていたお金を、代わりに肉体改造のための食材やサプリメントの購入費用に充てる。自分でも驚くほど生活スタイルと意識が変化した。「このまま一年間くらいで、すごい体になってしまうのではないか。」と思うほど、順調に肉体改造は進み始めた。
ところが、順調なときほど予想外のアクシデントに見舞われるのが世の常である。肉体改造を始め三か月が過ぎ、成果が自分の体に現れてきたところで体調不良になり、丸二週間トレーニングできず仕舞い。復調し、ようやくトレーニングを再開できると思いきや、今度は別の要因で体調を崩し、また一週間トレーニングから離脱。ほぼ一か月弱、満足のいくトレーニングができなかった。二〇年以上、まともなトレーニングをしていなかったのに、急に体を鍛え始めたのだから、体がギブアップするのも当然だった。三か月経ったところで免疫力の低下がピークに達し、オーバートレーニングになったのだろう。ここで、休養の重要さを思い知らされたのである。「厄年」をきっかけにして肉体改造に取り組み始めたら、オーバートレーニングで体調不良になるなんて、本末転倒もいいところである。
ただ、この体調不良がまた肉体改造にとっては有意な影響をもたらした。休養の重要さに加え、食事での栄養バランスにこだわるようになったのである。筋肉の肥大化と脂肪の減少に効果があるタンパク質、脂質、炭水化物の量とバランス(PFCバランス)に加え、ビタミンなどのミネラルなどに気を遣うようになった。
本稿執筆時点では肉体改造を始めて五か月目。これまでの成果か、脂肪に覆われていたお腹はすっかり凹み、ベルトの穴は三つ狭まった。いわゆるシックスパックが薄く見え始めた肉体になっている。単に痩せたのではなく、胸囲や肩、腕、背中、尻は以前よりも肥大化しつつも引き締まり凹凸がハッキリしてきた。結果として、シャツはXLサイズのまま変えられていない。しかし、服の上からでもわかる程、いかつい体に変化し始めた。肉体改造は成功の方向に進んでいると思われる。ラグビーワールドカップや東京オリンピックまでには、ジェイソン・ステイサムのような肉体を手に入れられているだろうか。「やっぱり無謀な挑戦だった。」とならないように、日々の肉体改造に励んでいきたい。
(弁護士)
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