一般2016年09月05日 司法試験の関連判例を学習することの意義(法苑179号) 法苑 執筆者:平裕介
1 はじめに―法科大学院における判例学習と司法試験との関係
「『理論と実務の架橋』を目指す法科大学院教育においては、厳密な意味での『判例』の分析が要請される」(高木光「行政訴訟の現状」公法研究七一号二七頁(二〇〇九年))ことから、判例の射程についての「適正な範囲」(同頁)等に関して考察させる教育が求められている。また、司法試験においても、法科大学院での判例学習の達成度が試されている。例えば、平成二七年(以下、平成○○年を「平○○」と略す。)の「司法試験論文式試験問題出題趣旨」(以下、「出題趣旨」とする。)二頁第四段落では、司法試験論文式試験公法系科目第一問(憲法)(以下、「論文憲法」という。)に関し、「表現の自由が問題となった様々な判例を踏まえた判断枠組みも考えられる」、「判例上で議論されている当該判断枠組みがどのような内容であるか正確に理解していることが必要である」、「本問においてなぜその判断枠組みを用いるのかについての説得的な理由付けも必要であるし、判例を踏まえた論述をする際には、単に判例を引用するのではなく、当該判例の事案と問題との違いも意識した論述が必要となる」といったコメントが示され、受験者が論文式試験問題の答案を書くに際して当該問題に関連する判例を検討し、適宜判例の判断枠組みなどを記載することが必要とされている。そしてこのことは、平成一八年に新司法試験が実施された頃から法務省のウェブサイトなどで明示されてきたことである(平一八出題趣旨一頁第二段落、平一八新司法試験実施後(平一九新司法試験実施前まで)に公表された「新司法試験考査委員(公法系科目)に対するヒアリングの概要」(以下、「ヒアリング」という。)三頁二行目以下等参照)。
本稿では、このように実務・学会のみならず、法科大学院の教育でも重要とされる判例と、論文憲法との関係に関して、法科大学院の教員兼弁護士である筆者が日頃から抱いている若干の感想を述べる。なお、私は、公法のうち特に行政法を専攻する研究者ではあるが、私の所属する法科大学院では、公法系科目を担当する教員であるため法科大学院生・同修了生から憲法の司法試験論文式試験の事案や出題趣旨等に関する質問を受けることも少なくないことなどから、ここでは論文憲法の問題の出題趣旨等について言及することとする。教員・法曹関係者の先生方、法科大学院生、同修了生、学部の学生の皆様等少しでも多くの方々にご高覧いただき、ご意見等を頂戴できれば幸いである。
2 出題趣旨等で明記される判例(狭義の関連判例)と明記されない判例
前記1のとおり、司法試験では「判例を踏まえた」上で答案を書くことが求められるところ、当該「判例」が具体的にどの判例を指すものなのかにつき、法務省が公表している出題趣旨、ヒアリング、そして平二〇新司法試験を実施して以降毎年公表している「新司法試験の採点実感等に関する意見(憲法)」あるいは「新司法試験の採点実感等に関する意見(公法系科目第一問)」(以下、「採点実感」という。また、以下、出題趣旨、ヒアリング及び採点実感を「出題趣旨等」という。出題趣旨及びヒアリング、あるいは出題趣旨及び採点実感の場合も同様とする。)では、必ずしも明確に示されていないことがある。すなわち、出題趣旨等において判例名や判決等の年月日(以下、「判例名等」という。)が明記されている判例(これを本稿では「狭義の関連判例」と呼ぶこととする。)と明記されていない判例(これを本稿では「広義の関連判例」と呼び、狭義の関連判例と区別することとする。なお、平二五採点実感二頁二(4)第二段落の「関連する判例」という記載を参考にした。)があるのである。
例えば、平一九出題趣旨一頁第四段落では、「徳島市公安事件上告審判決がポイントとなる」とされ(なお、平一九新司法試験実施後に公表された同試験についてのヒアリング(以下、「平一九ヒアリング」といい、平一八新司法試験についてのヒアリングを「平一八ヒアリング」という。)二頁最終段落では「法律と条令(ママ)の関係については、最高裁判例のリーディングケースの判例がある」との記載がある。)、狭義の関連判例が挙げられている。他にも、後掲の別表のとおり、狭義の関連判例については殆ど毎年その記載がある。しかし、すべての関連する判例の判例名等が出題趣旨等で明示されているわけではなく、平一八論文憲法については、「出題した問題に直接かかわる判例はない」(平一八ヒアリング一頁最終段落)とされ、出題趣旨にもヒアリングにも判例名等の記載は一切ないし、平二三論文憲法についても、「憲法の論文式試験において登場する弁護士は重要な憲法判例や主要な学説を知っている、と想定している」(平二三出題趣旨一頁第四段落)、「判例の言及、引用がなされない(少なくともそれを想起したり、念頭に置いたりしていない)答案が多いことに驚かされる」(平二三採点実感一頁一第二段落)としながらも、特に引用等すべき判例名等を明示していないのである(ちなみに、前記「主要な学説」の意味は必ずしも明らかではないが、例えば、考査委員自身が書いたテキストなどにおいて引用する学説や、多くの憲法学研究者が読む法律雑誌である『公法研究』に掲載・引用される学説等がそれに該当するのではなかろうか。)。
なお、このような広義の関連判例については、後掲の別表にも挙げたとおり、法科大学院生等であっても、ある程度は「想起」することができるであろう。実務家の考査委員(ただし公法系科目第二問(行政法)の考査委員)も、平一八ヒアリング三頁第二段落で解答に際しては「極めて実務的な能力が不可欠」とし、そのためには「条文をしっかりと理解すること、それから判例百選等の基本的な判例をきちんと読込むことなどに重点を置」き、さらに「余裕があれば判例雑誌や裁判所のホームページで行政事件の最新の裁判例を読み(中略)考察してほしい」と述べていることなどからすると、論文憲法でいえば、憲法判例百選[第四版](二〇〇〇年)・[第五版](二〇〇七年)・[第六版](二〇一三年)(以下、憲法判例百選I・II[第六版]を「百選I」・「百選II」と略す。)登載の最高裁判例(特に大法廷のもの)が「想起」の対象となることが多いものと考えられる。しかし、「執筆するのに十分時間があり、執筆するのに参考文献も読むことができる法科大学院の教員が法律雑誌に解説を書いている中にも、不適切、不十分な解説がある」(平一八ヒアリング一頁最終段落)と考査委員が考えたことなどから推察できるように、出題趣旨等の読者における広義の関連判例についての「想起」の対象が誤ったものであることもあり、必ずしも司法試験についての十分な検討ができない仕組みになっているようにも思われるのである。また、仮に考査委員や元考査委員等が所属する特定の法科大学院や学部等の授業等において、その判例名等が明確に示されている(あるいは、その上で丁寧な説明等がなされている)とすれば、司法試験の公平性という観点から問題であるため、今後は毎年、可能な限り多く、(平二四出題趣旨や平二六出題趣旨のように)出題趣旨において狭義の関連判例の公表がなされるべきである。
3 司法試験の関連判例を学習することの意義
司法試験の考査委員は、「判例の諸事例と本問事例との異同などを意識して判断基準等を論じている答案もあったが、その数は思いのほか少なく、結果として、判断基準に関する論述に説得力がある答案が少なかった」(平二四採点実感二頁二段落(二(2)))、「本問においてなぜその判断枠組みを用いるのかについての説得的な理由付けも必要であるし、判例を踏まえた論述をする際には、単に判例を引用するのではなく、当該判例の事案と本問との違いも意識した論述が必要となる」(平二七出題趣旨二頁第四段落)といった意見を述べている。このように関連判例の活用が求められるところ、それはA審査基準(規範)定立までの部分での活用と、B個別的・具体的検討(いわゆる当てはめであるが、平二三採点実感五頁七第二段落によると、司法試験では「当てはめ」という言葉を使用しない方が良い)の部分での活用に大別され、このうちAの審査基準は、(a)人権の重要性、(b)人権の制約の本来的可能性((a)及び(b)につき、青柳幸一『憲法』(尚学社、二〇一五年)八七頁参照)、(c)制約の態様・規制の強さの程度等によって選択すべきことから、Aでは(a)〜(c)の点で関連判例のケースと問題文のケースとを比較をし(特に、経済的自由権の場合には、(d)規制目的の比較も必要)、答案を書いていくことになる。そして、この「比較」の前提として、関連判例の、特にしばしばキーワードなどと呼ばれる重要な部分についての理解・記憶が必要となるのである。
したがって、関連判例すなわち別表の百選の判例(特に大法廷判例)と別表に挙げられていない百選の判例(特に大法廷判例で、例えば、最大判昭和二四年五月一八日(百選I五三事件)等)の読み込みは大切なのであり、司法試験受験生は、実務家養成機関である法科大学院においてこれらの判例を読み込む(もとより教員はその強力なサポートをする)などすることによって、必要な知識・技能を修得し、合格していただきたい(平二四採点実感四頁四第二段落・平二五採点実感四頁四参照)。
なお、別表で狭義・広義の関連判例として各判例を挙げた(そのように「想起」した)具体的な根拠等については紙面の関係上割愛することにし、予備試験や旧司法試験(特に平成以降)と司法試験との関連性等についても、機会があれば他日を期することとしたい。
(日本大学大学院法務研究科助教・弁護士)
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