一般2023年01月20日 昨今の自然災害に思う(法苑198号) 法苑 執筆者:野口英一
〇自然災害は「忘れないうちにやってくる」
「天災は忘れた頃にやってくる」は自然科学者の寺田寅彦先生の言葉ですが、昨今の地震及び水害等の自然災害の発生は頻回となっていて、とても忘れるような状況にありません。
特に平成の後半から令和にかけて、自然災害の発生間隔が短くなるとともに、一年のうちに複数の地震災害と複数の水害が発生した年があります。
自然災害は「忘れないうちにやってくる」の象徴的な年は、平成から令和となった二〇一九年です。一月熊本地震(震度六弱)、二月北海道胆振東部地震(震度七)、三月山形沖地震(震度六強)と連続して発生し、特に北海道胆振東部地震ではブラックアウトによる広域停電が発生しました。さらに水害ですが、五月に鹿児島豪雨、七月に西日本豪雨、八月から一〇月にかけて台風五号、同八号、同一〇号、同一五号、同一九号、同二〇号が発生し、日本の各地に甚大な影響を与えました。特に台風一五号は、強風の影響により千葉県内で長時間停電を生じさせ、台風一九号は大雨により関東から東北にかけ河川氾濫等による甚大な被害を生じさせた台風でした。
このように昨今の自然災害、特に水害は、気象庁の調査によれば、地球温暖化等の影響により災害が懸念される50mm/h及び80mm/h規模降雨の平均発生回数が一〇年前と比較し、50mm/hが一・四倍、80mm/hが一・七倍に増加しており、発生の頻発化だけでなく被害の激甚化も懸念される昨今です。
〇自然災害対策の変遷─災害対策の戦略化
ご承知の通り、日本の災害対策の基本は、一九五九年九月の伊勢湾台風の甚大な被害を受けて制定された災害対策基本法により定められています。
国が「防災基本計画」を示し、都道府県、市町村が各々「地域防災計画」を作成し、自然災害の予防に当たることが定められています。また、地域のインフラ等の機能を有する事業所は、指定公共機関等として、災害に備えた「防災業務計画」の作成が義務付けられています。
これら防災計画及び防災業務計画の成果目標は、自然災害における予防を重点として減災、縮災にあったと思います。いわゆる建物や橋梁の耐震化等のハード対策にありました。しかしながら、現在の災害対策基本法では、第七条の住民等の責務において、「災害応急対策等の機能を有する事業者は、災害時に事業活動を継続的に実施」することを求め、国の定める防災基本計画の「企業防災の促進」においては、「事業継続計画(BCP)を策定・運用するよう努めるものとする」と定めています。
すなわち「事業継続計画(BCP)」の策定です。
BCP(Business Continuity Plan)は、二〇〇一年九月の米国同時多発テロにおいてアメリカ大手証券会社メリルリンチ社のBCPが注目され、危機管理対策として普及している災害対策です。従来の防災計画と事業継続計画の違いは、成果目標を減災に置くか、事業継続もしくは事業の早期再開に置くかですが、事業継続としての災害対策は、単なるハード的な予防対策だけでなく、事業継続、事業の早期再開を目的として、日常の事業、業務を見直し、優先すべき事業、優先すべき業務の選定及び当該事業、業務への人的、物的資源の投入等、より対策としての戦術性が高いものとなっているように思います。
災害対策の進化とも言え、ハード、ソフトがあいまった対策が求められているとも言えます。
〇自然災害対応体制の変遷
自然災害対応体制の基本は、「自助、共助、公助」です。
「自らの命は自分で守る、自分たちのまちは自分たちで守る」ということです。
地域の防災機関である消防の歴史を振り返っても、職業的消防は、都市部で編成されていましたが、農村部は地域住民による消防団等が編成され、地域の災害対応体制が整備されてきました。
このような我が国の消防の歴史を踏まえ、消防組織法第九条では、市町村は、その消防事務を処理するため、消防本部、消防署、消防団の全部または一部を設けなければならないと定めていて、消防団のみの災害対応体制も認められる内容となっています。
令和元年版消防白書によると、平成三一年四月一日現在、消防本部、消防署を設置している常備化市町村は一、六九〇市町村、消防団のみの常備化されていない町村は二九町村で、常備化されている市町村の割合(常備化率)は九八・三%(市は一〇〇%、町村は九六・九%)で、山間地や離島にある町村の一部を除いては、ほぼ全国的に常備化されており、人口の九九・九六%が常備消防によってカバーされているとしています。
しかしながら、防災機関である消防の常備化が九八・三%となったことをもって、自然災害対応体制が盤石であるというのは早急すぎると思います。
平成三一年四月一日現在、全国の消防団数は二、一九八団、消防団員数は八三万一、九八二人であり、消防団は全ての市町村に設置されています。しかしながら消防常備化の進展に反して、消防団員数は減少傾向にあり、一八年前の平成一三年に約九四万四〇〇〇人であった消防団員が約八三万二〇〇〇人と約一一万人も減少している状況で、減少傾向に歯止めがかかっていない状況です。
消防団という防災対応組織は、①地域密着性(消防団員は管轄区域内に居住又は勤務)②要員動員力(消防団員数は消防職員数の約五・〇倍)③即時対応力(日頃からの教育訓練により災害対応の技術・知識を習得)を有しています。
換言すれば、災害発生地の地形地物(山筋、川筋)及び人を理解し、迅速かつ柔軟な対応が可能な組織です。
前述した災害対応の基本である「自助、共助、公助」を体現した消防団の団員減少は、常備消防では補えない対応力の低下であり、効果的な減少防止対策が求められる状況にあります。
〇高齢社会と地域のレジリエンス力
平成二三年三月一一日に発生した東日本大震災における高齢者の被害状況をみると、被害が大きかった岩手県、宮城県、福島県の三県で収容された死亡者は二五年三月一一日までに一五、八一二人にのぼり、検視等を終えて年齢が判明している一五、六八一人のうち六〇歳以上の高齢者は一〇、三六〇人と六六・一%を占めています。また、阪神大震災の六五歳以上高齢者の死亡率は四三%(2399/5470)、熊本地震では六八%(34/50)を占めており、水害においても二〇〇四年(新潟・福島豪雨)から二〇一四年(広島土砂災害)の水害における死者に占める高齢者の割合は五四%(385/709)と自然災害による死者に占める高齢者の割合は高くなっています。
まさに高齢社会における自然災害対策としての必要な対策を示唆している数値といえます。
改めて地域における自助、共助に基づく支えあい体制の重要性を痛感するところです。
しかしながら、消防団から常備消防体制への変遷と同様に、高齢社会の自然災害対応対策として自然災害時の高齢者避難を公助としての市町村が行うとする法律の改正が行われました。
まず、東日本大震災の教訓として、障害者、高齢者、外国人、妊産婦等の方々について、情報提供、避難、避難生活等様々な場面で対応が不十分な場面があったことを受け、こうした方々に係る「避難行動要支援者名簿」の作成が平成二五年の災害対策基本法の改正により市町村の義務とされました。
更に、令和元年台風一九号等の近年の災害においても、多くの高齢者や障害者等の方々が被害に遭われている状況を踏まえ、災害時の避難支援等を実効性のあるものとするため、令和三年の災害対策基本法の改正により、避難行動要支援者について、「個別避難計画」を作成することが市町村の努力義務とされました。
いずれも市町村という公的機関の行う対策です。個別避難計画が実行性あるものとするためには、結局個別避難計画に基づく避難誘導をおこなう近隣住民の支援が求められることとなります。
災害対応として「レジリエンス」(しなやかさ、適応力)という言葉が使われます。
公助による対策だけでなく、地域住民や地域事業者が主役となった「地域のレジリエンス」が求められているように思います。
(戸田中央メディカルケアグループ 災害対策特別顧問)
人気記事
人気商品
法苑 全111記事
- 裁判官からみた「良い弁護士」(法苑200号)
- 「継続は力、一生勉強」 という言葉は、私の宝である(法苑200号)
- 増加する空き地・空き家の課題
〜バランスよい不動産の利活用を目指して〜(法苑200号) - 街の獣医師さん(法苑200号)
- 「法苑」と「不易流行」(法苑200号)
- 人口減少社会の到来を食い止める(法苑199号)
- 原子力損害賠償紛争解決センターの軌跡と我が使命(法苑199号)
- 環境カウンセラーの仕事(法苑199号)
- 東京再会一万五千日=山手線沿線定点撮影の記録=(法苑199号)
- 市長としての14年(法苑198号)
- 国際サッカー連盟の サッカー紛争解決室について ― FIFAのDRCについて ―(法苑198号)
- 昨今の自然災害に思う(法苑198号)
- 形式は事物に存在を与える〈Forma dat esse rei.〉(法苑198号)
- 若輩者の矜持(法苑197号)
- 事業承継における弁護士への期待の高まり(法苑197号)
- 大学では今─問われる学校法人のガバナンス(法苑197号)
- 和解についての雑感(法苑197号)
- ある失敗(法苑196号)
- デジタル奮戦記(法苑196号)
- ある税務相談の回答例(法苑196号)
- 「ユマニスム」について(法苑196号)
- 「キャリア権」法制化の提言~日本のより良き未来のために(法苑195号)
- YES!お姐様!(法苑195号)
- ハロウィンには「アケオメ」と言おう!(法苑195号)
- テレビのない生活(法苑195号)
- 仕事(法苑194号)
- デジタル化(主に押印廃止・対面規制の見直し)が許認可業務に与える影響(法苑194号)
- 新型コロナウイルスとワクチン予防接種(法苑194号)
- 男もつらいよ(法苑194号)
- すしと天ぷら(法苑193号)
- きみちゃんの像(法苑193号)
- 料理を注文するー意思決定支援ということ(法苑193号)
- 趣味って何なの?-手段の目的化(法苑193号)
- MS建造又は購入に伴う資金融資とその担保手法について(法苑192号)
- ぶどうから作られるお酒の話(法苑192号)
- 産業医…?(法苑192号)
- 音楽紀行(法苑192号)
- 吾輩はプラグマティストである。(法苑191号)
- 新型コロナウイルス感染症の渦中にて思うこと~流行直後の対応備忘録~(法苑191号)
- WEB会議システムを利用して(法苑191号)
- 交通事故に基づく損害賠償実務と民法、民事執行法、自賠責支払基準改正(法苑191号)
- 畑に一番近い弁護士を目指す(法苑190号)
- 親の子供いじめに対する様々な法的措置(法苑190号)
- 「高座」回顧録(法苑190号)
- 知って得する印紙税の豆知識(法苑189号)
- ベトナム(ハノイ)へ、32期同期会遠征!(法苑189号)
- 相続税の申告業務(法苑189号)
- 人工知能は法律家を駆逐するか?(法苑189号)
- 土地家屋調査士会の業務と調査士会ADRの勧め(法苑189号)
- 「良い倒産」と「悪い倒産」(法苑188号)
- 民事訴訟の三本の矢(法苑188号)
- 那覇地方裁判所周辺のグルメ情報(法苑188号)
- 「契約自由の原則」雑感(法苑188号)
- 弁護士と委員会活動(法苑187号)
- 医療法改正に伴う医療機関の広告規制に関するアウトライン(法苑187号)
- 私の中のBangkok(法苑187号)
- 性能規定と建築基準法(法苑187号)
- 境界にまつわる話あれこれ(法苑186号)
- 弁護士の報酬を巡る紛争(法苑186号)
- 再び大学を卒業して(法苑186号)
- 遺言検索システムについて (法苑186号)
- 会派は弁護士のための生きた学校である(法苑185号)
- 釣りキチ弁護士の釣り連れ草(法苑185号)
- 最近の商業登記法令の改正による渉外商業登記実務への影響(法苑185号)
- 代言人寺村富榮と北洲舎(法苑185号)
- 次世代の用地職員への贈り物(法苑184号)
- 大学では今(法苑184号)
- これは必見!『否定と肯定』から何を学ぶ?(法苑184号)
- 正確でわかりやすい法律を国民に届けるために(法苑184号)
- 大阪地裁高裁味巡り(法苑183号)
- 仮想通貨あれこれ(法苑183号)
- 映画プロデューサー(法苑183号)
- 六法はフリックする時代に。(法苑183号)
- 執筆テーマは「自由」である。(法苑182号)
- 「どっちのコート?」(法苑182号)
- ポプラ?それとも…(法苑182号)
- 「厄年」からの肉体改造(法苑181号)
- 「現場仕事」の思い出(法苑181号)
- 司法修習と研究(法苑181号)
- 区画整理用語辞典、韓国憲法裁判所の大統領罷免決定時の韓国旅行(法苑181号)
- ペットの殺処分がゼロの国はあるのか(法苑180号)
- 料理番は楽し(法苑180号)
- ネット上の権利侵害の回復のこれまでと現在(法苑180号)
- 検事から弁護士へ― 一六年経って(法苑180号)
- マイナンバー雑感(法苑179号)
- 経験から得られる知恵(法苑179号)
- 弁護士・弁護士会の被災者支援―熊本地震に関して―(法苑179号)
- 司法試験の関連判例を学習することの意義(法苑179号)
- 「スポーツ文化」と法律家の果たす役割(法苑178号)
- 「あまのじゃく」雑考(法苑178号)
- 「裁判」という劇薬(法苑178号)
- 大学に戻って考えたこと(法苑178号)
- 生きがいを生み出す「社会システム化」の創新(法苑177号)
- 不惑のチャレンジ(法苑177号)
- タイ・世界遺産を訪ねて(法苑177号)
- 建築の品質確保と建築基準法(法苑177号)
- マイナンバー制度と税理士業務 (法苑176号)
- 夕べは秋と・・・(法苑176号)
- 家事調停への要望-調停委員の意識改革 (法苑176号)
- 「もしもピアノが弾けたなら」(法苑176号)
- 『江戸時代(揺籃期・明暦の大火前後)の幕府と江戸町民の葛藤』(法苑175号)
- 二度の心臓手術(法苑175号)
- 囲碁雑感(法苑175号)
- 法律学に学んだこと~大学時代の講義の思い出~(法苑175号)
- 四半世紀を超えた「渉外司法書士協会」(法苑174号)
- 国際人権条約と個人通報制度(法苑174号)
- 労働基準法第10章寄宿舎規定から ディーセント・ワークへの一考察(法苑174号)
- チーム・デンケン(法苑174号)
- 仕事帰りの居酒屋で思う。(健康が一番の財産)(法苑173号)
- 『フリー・シティズンシップ・クラス(Free Citizenship Class)について』(法苑173号)
- 法律という窓からのながめ(法苑173号)
-
団体向け研修会開催を
ご検討の方へ弁護士会、税理士会、法人会ほか団体の研修会をご検討の際は、是非、新日本法規にご相談ください。講師をはじめ、事業に合わせて最適な研修会を企画・提案いたします。
研修会開催支援サービス
Copyright (C) 2019
SHINNIPPON-HOKI PUBLISHING CO.,LTD.