一般2021年05月07日 すしと天ぷら(法苑193号) 法苑 執筆者:久世表士

すし・天ぷらという日本料理が誰にでも喜ばれる料理であるということに、おそらく異論はないであろう。
いずれも江戸時代は屋台料理であり、ファストフードとして庶民の食べ物であったようである。現代でも、すしはお値打ち価格の回転ずしがたくさんあるし、天ぷらは一般食堂や居酒屋で普通に出てくる庶民的な食べ物だが、その一方で、店構えが異なる高級店も存在する。
今回は、高級店のすし・天ぷらを自宅で作ろうと試みた、私の涙ぐましい料理日誌である。
一 握りずしは素人の手に負えない
高級店のすしは高い。しかし、すしは所詮おにぎりに刺身を乗せたに過ぎないのではないか、という思いが私の心から離れない。江戸時代の庶民が食べたすしは、小さめのおにぎりほどの大きさのすし飯(酢は赤酢を用いたらしい。)に魚介などをネタにして握っていたそうで、まあ、現在のコンビニのおにぎりのようなものだったのではないかと思う。そう考えると高級店のすしはやはり高い。
確かに、ネタの鮮度、種類、ネタの下ごしらえ(「仕事」というらしい。)は大変な手間である。茹でダコの下ごしらえとして生のタコを塩で一時間揉みこんだり、高級マグロを湯引きして醤油ダレに漬け込んだり、アナゴの秘伝のたれ(「つめ」というらしい。)を煮詰めたりと、手間暇を惜しまずにすごい「仕事」をしているのをテレビで目にしたことがある。それを考えると高いのは当然であると思うし、とても美味しそうで食べたくなる。
しかし、それでもやはり高い。そうなると、美味しそうな刺身を何種類か買ってきて、握りずしを自分で握ってみようではないかという気になる。手巻ずしとかチラシずしは、わが家でも子どもが小さいころ妻がよく作って家族で楽しく食べたが、今回は握りずしに初挑戦である。
丸腰ではいけないので、まずは独学ということで、全国すし商生活衛生同業組合連合会監修の『現代すし技術教本 基本技術から名店・繁盛店の技術まで 江戸前ずし編』(二〇一五年・旭屋出版)という本を買ってきて、握りずしの握り方を勉強してみた。いろいろな手返しの方法(握り方)があるようだが、やってみるとこれがなかなか難しい。高齢者の仲間入りをした私の手に保湿力がないのか、すし飯の作り方が悪いのかよく分からないが、すし飯の米粒がやたら指や手のひらにつく。米粒がすしネタの刺身にもポツポツとついてしまい、全くもって美しくない。どうやってみても、本に書いてあるようにうまく握れない。もたもたしながら握っているうちにすしはだんだん生温かくなり、べたべたしてくる。どうも良くない。出来上がった握りずしを見て、妻はけげんな顔をして食べるのを躊躇し、評判が芳しくない。自分で食べてみてもよろしくない。これまで家で食べた手巻ずしやチラシずしの方がどう考えても美味しい。
そんなわけで、握りずしの自作を小休止していたころ、秋山徳三さんの『味の散歩』(中公文庫・二〇一五年・中央公論新社)二三九頁にある「皇太子と握り鮨」(皇太子とは平成天皇)に接した。そこには冒頭「皇太子さんから、秋山にすしを握ってもらって食べたい─という御注文が出た」とある。秋山さんは昭和天皇の料理番ですしの研究はしているものの、毎日すしを握っているわけではないので、握りずしの握り方を練習されたそうである。すしの大きさに形を整えたニンジンを明けても暮れても手にして、握りの練習を一週間ほどされたとのこと。近所のすし屋で握りずしを買って自宅に持ち帰り、ネタもシャリもバラバラにして握りなおす練習もされたそうである。
また、こんなことも書いてあった。「速成すし屋のオヤジにとっていちばん苦手なのは、飯が手にくっつくことである。すし屋の職人でも、手につかぬようになるには三年かかるというが、そんなことを言っちゃおられない。一時間ほど前から、湯の中に手をつけて、全体に充分の湿りをくれておいた」そうである。秋山さんにして、これだけの練習が必要なのであれば、速成オヤジの私がうまく握れるはずもないと悟り、握りずしは諦めることにした。
二 天ぷらはどうか
高級店の天ぷらは、すし同様にすこぶる高い。お座敷天ぷらなどは高嶺の花である。一方、一般食堂や居酒屋の天ぷらは、揚げる温度が低いためか、ベタついていたり冷えていたりすることが多く、今ひとつである。
私が天ぷらを自分で作ろうと思うようになったのは、天ぷら名人の先輩弁護士(以下、師匠と呼ぶ。)のご自宅にお招き頂き、師匠が直々に揚げた美味しい天ぷらをご馳走になったのがきっかけである。揚げ方の実技は目の前で師匠に実演して頂いたので大体わかる。師匠によると、天ぷらを揚げる際には、衣、油、揚げ温度が重要とのことである。
まず、衣作りだが、小麦粉は日清製粉のバイオレット二カップ、水二カップ、卵一個が基本単位となる。卵を水で溶いて卵水を作り、これで小麦粉を溶く訳だが、重要なのは混ぜ方である。お好み焼きを作るときのようにこね回すとグルテンができるのでNG。ざっくり混ぜる必要がある。天ぷら職人は人差し指位の太さの丸棒の箸で混ぜるらしい。私も早速太い丸棒の箸を入手した。
次は油である。師匠のお薦めは竹本油脂の「太白胡麻油」である。無味無臭というか、サラリとした全く癖のない胡麻油である。天ぷらを揚げる油の温度は一八〇度が基本で油はたっぷり使う、以上を教わった。
師匠の教えに従って早速天ぷらを揚げてみることにし、近藤文夫著『天ぷらの全仕事 てんぷら近藤の技と味』(二〇一三年・柴田書店)という本も買ってきた。この本によると、胡麻油のブレンドや食材毎の衣の濃さや付け方、揚げる温度と時間などについていろいろ書いてある。このあたりは高度な職人技の世界である。天ぷら職人の早乙女哲哉さんの天ぷらをネットで拝見すると、エビは二二〇度の油で二三秒揚げる、そうするとエビの中心はレアな状態で温度は四五度になるという。まさに神業であり、素人を寄せ付けない。当面はまねしようなどと大それたことは考えず、衣の基本配合と揚げ温度一八〇度を守って揚げるのが無難であると心得ている。
ところで、料理本を見ると天ぷらは蒸し料理であると書いてある。つまり、食材に衣をつけて一八〇度前後の油で揚げ、食材の水分を蒸発させ脱水して食材のうまみを濃縮する料理である。天ぷらはポルトガル伝来の料理らしいが、野菜や魚介などを小麦粉、卵、牛乳、塩を混ぜた衣を着けて揚げるフリットの亜流と言えようか。唐揚げ〔塩、胡椒、小麦粉(片栗粉)〕、竜田揚げ〔醤油ダレ、小麦粉(片栗粉)〕、フライ〔塩、胡椒、小麦粉(片栗粉)、溶き卵、パン粉〕も基本的には同じであろう。しかし、天ぷらは食材や衣に塩、胡椒、醤油、牛乳その他の調味料を加えず、また、食材に対してすしのような「仕事」をしない。ただ衣をつけた食材を一八〇度前後の油に放り込むだけの極めてシンプルな料理である。従って、天ぷらは食材の鮮度・品質と食材を揚げる油の温度・時間ですべてが決まる。となるとエビは活け車エビ(一匹最低でも三〇〇~五〇〇円はする。)、アワビも当然活けアワビ(買ったことはないが、一匹三、〇〇〇~四、〇〇〇円ぐらいするのではないか。)が最高ということになる。さっきまで活きていた新鮮な魚介類を揚げて食べる訳である。この点は高級店のすしと同じであり、高級店の天ぷらが高いのはこれまた当然である。
食材はいろいろで好みによるが、師匠に揚げてもらった丸十はことのほか美味しかった。最初「丸十を揚げる」と言われたとき、私は丸十の意味が分からなかった。聞くと、薩摩芋のことであった。なぜ薩摩芋が丸十なのかと聞くと、薩摩藩の旗印が⑩〔丸に十〕なのでそう呼ぶとのことであった。丸十の皮をむいて七~八センチメートル位の筒状に切り、少し低い一七〇度くらいの温度で二〇~三〇分ほど揚げ(途中で上下をひっくり返したり転がしたりする)、揚げ終えたらアルミホイルかペーパータオルに包んで一五~二〇分ほど寝かせてから食べると、ほくほくでとても美味しい。アルミ箔等に包んで寝かせるのは、ローストビーフを作るときと同じである。
天ぷらは、揚げたてを天つゆか塩で食べるのが定番である。池波正太郎さんによると「てんぷら屋に行くときは腹をすかして行って、親の敵(かたき)にでも会ったように揚げるそばからかぶりつくように食べなきゃいけない」そうである(池波正太郎著『男の作法』(新潮文庫・一九八四年・新潮社)八四頁)。揚げたてを食べよ、ということであろう。アナゴなど濃厚なものは天つゆ、エビやイカのような淡泊なものは塩が良く、野菜類は大根おろしに塩を加えたものが通人に好まれるそうである(秋山徳三著『料理のコツ』(一九五九年・有紀書房)二三一頁)。師匠によると、塩は瀬戸の藻塩が良いとのことである。
天ぷらの最後の締めはやはり天茶漬、乗せるのはかき揚げが定番のようである。しかし、私はこのかき揚げをうまく揚げることができない。なぜか。天ぷらの揚げ手である私は、食材の買い出し、下ごしらえから始まり、食べ手の様子を見ながら高温の天ぷら鍋の前でネタを順次揚げ続けている。わが家でフィナーレの天茶漬けの段階になるころには、五~六時間活動しており必然的に疲れ果て、しかも缶ビール片手に天ぷらを揚げているので緊張感もだんだんなくなり、うまく揚げられないのだ。
また、私は、天ぷらを揚げながら食べるということができない。そのため、揚げ終わった後に自分が揚げた天ぷらを食べることになるのだが、揚げている最中に気化した天ぷら油を吸ってしまっているためか、何も食べていないのになぜか満腹感があり、天ぷらをほとんど食べられない。天ぷらは自分で揚げることができ、その出来栄えもすしとは異なり自信がある。実際、家族や客人にも好評なのだが、油に酔って自分自身が食べられないというのは何とも辛い。
やはり天ぷらも、目の前で誰かに揚げてもらって食べるのが最高のようである。
(弁護士)
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