一般2018年09月05日 釣りキチ弁護士の釣り連れ草(法苑185号) 法苑 執筆者:石川貞行
一 海釣りのはじまり
私は昭和一五年一〇月三〇日、愛知県西尾市に生まれ、戦争、三河大地震、伊勢湾台風、家業倒産などの波乱を経験したのち、昭和四一年九月に司法試験に合格。昭和四四年四月七日に愛知県弁護士会に弁護士登録をし、あと二年で弁護士五〇年、八〇歳を迎える年寄り弁護士である。
私は昭和五四年までの間、野球その他のスポーツをしたことはあったが、釣りをしたことは、ハゼ釣り、堤防釣り程度であり、自分で釣り竿を買ったことはなかった。
その釣り知らずの私が海の船釣りを始めたのは、私が弁護士になって約一〇年後の昭和五四年のことであった。
私の父(明治四二年生)から、「愛知県三河湾に浮かぶ◯島にいる戦友のKさんから、法律相談を頼まれた。島の漁業関係の組合の内紛だそうで、島に行って相談を受けてほしい。」とのことであった。私は、早速島に出掛けて、初めて約三〇名の漁師の集まる会合に出席した。その事件は、その後裁判となり、昭和五八年に最高裁の判決が下されるまで約四年も続いたが、その裁判の打合せが始まったころ、漁師たちから、「ひと晩、島に泊まって明朝船で釣りに行こう」と誘われた。その初めての船釣りで、キス、メゴチなどの入れ喰いを経験し、その後、何回も繰り返しているうちに、私はすっかり船釣りのとりこになってしまったのである。船釣りができない週末には子供を引き連れて、愛知県知多半島の堤防に行って波止釣り、投げ釣りをした。
二 新聞への寄稿、本の執筆
昭和六〇年の夏、私は知多半島の堤防に当時一四歳の子供と共にキスの投げ釣りに出かけた。朝から夕方までにキスが一四八匹釣れたので、近くの釣り具屋さんに持っていってクーラーボックスを見せると、店主はびっくりして「いつも新聞広告を出している、週刊紙「つり新聞」に投稿してほしい。」と頼まれたので、早速写真に釣行記を添えて新聞社に送ったところ、昭和六〇年九月二〇日付の新聞に掲載された。私の釣り記事第一号である。それから、私は釣行記が活字になるのがうれしくて随筆も加えて毎週のように原稿を送った。それが平成二年まで続いた。
昭和六一年には、その新聞記事が、大阪の釣り関係の出版企画の八木禮昌先生の目に止まり、当時、先生が企画していた「名古屋周辺からの船宿・釣り船ガイド」の共同執筆を依頼された。もともと、書くことが好きな私は喜んで引き受け、担当エリアとなった約二〇か所の船宿、釣り船を取材した上、昭和六二年五月には、三人共著の単行本として「ひかりのくに社」から発行された。
すると今度は、その本を見た中日スポーツの釣り欄のデスクから、「「中スポ」にも釣行記を書いてほしい。」と頼まれたので、私でもよいのかなと思いつつ引き受け、平成三年から平成一八年まで一年間に数回寄稿し続けた。
現在は、それらの新聞記事を材料として、私の人生の思い出に「釣りキチ弁護士奮闘記」を自費出版(非売品)にて準備中である。
三 釣りキチ弁護士の法律業務
私は、昭和五四年から平成一八年にかけて、釣りキチ人生を送ったが、その間に漁業関係者の法律相談や漁民の一般事件の処理も多数件引き受けた。その当時は、まだ弁護士の数も少なく、特に三重県南部は弁護士過疎地域であり、ある釣り宿の経営者(町の関係者でもあった。)から「定期的に釣りがてら法律相談に来てくれるといい。」と頼まれたこともあった。
また、漁業権、組合員資格をめぐる漁業関係の組合と組合員間の事件を何件も受任し解決してよい経験をした。
ただ、漁業権をめぐる事件では、一定海域の一定漁法の漁業権は更新手続をしなければ時効(一〇年)により消滅してしまうところ、組合の内部対立により、更新手続の判を押してもらえず、漁業権が消滅してしまうという残念な結末となったことがある。
個人の法律相談でうれしかったのは、一つは私が釣り船で釣りをしていたとき、隣にいた釣り船の船頭Aさんから私に「あんた弁護士さんかい。」と声をかけられ、船上の法律相談を受けたときのことである。数十分間の相談が終わると、Aさんの船は私の釣り船に横付けして、Aさんの船の水槽から、タモで大きなタイ二枚をとり上げ「ありがとう。これはお礼だ。」といって、私の船の水槽に放り入れてくれたことがあった。
もう一つは、ある漁師Bさんの自宅での法律相談で、相談が終わったあと「相談料はあとから送るから」と言い、金額も振込先も聞かれずに別れた。その数日後、Bさんから宅急便で大きなピチピチの伊勢海老が二匹届いたのである(何とその後五年も続いた。)。
釣りキチ弁護士は、毎週のように釣りに出かけていたが、その収穫は、弁護士相談料ではなく、獲った魚であり、心温まる漁民たちの心であり、その思いが残っていることである。
四 釣り人は短気?
皆さんも聞かれたことがあると思うが、趣味の話のなかで、「趣味は釣りです。」というと、「じゃあ、貴方は短気なんですか。」とよく聞かれる。釣り人短気説は意外と一般的に常識化されているようである。
しかし、古くは、寝殿造の屋敷の一角に釣り殿を造って優雅に釣りを楽しんでいた人があり、現在では釣りをしながらビールを飲んでいる間に、猫に釣魚を盗られてしまうというのん気な釣り人がいる(ただし、TVCM。)
いったい、釣り人はなぜ短気と思われるのであろうか。
あるとき、私は前記の出版の打合せのため京都で「空撮名古屋の釣り場」の著者の八木禮昌先生にお会いしたときに先生にお尋ねすると、先生は「釣り人は機に応じて敏でなければならないから、その釣り人の行動が短気に受け取られるのではないでしょうか。」と言い、「確かに釣り人には気の短かい行動をする人が多いようです。」ともつけ加えられた。
私は、それまで友人に聞かれると、「気長に釣っていては釣れないから、沢山釣ろうと釣りを続けているうちに短気と受け取られるようになってしまうのではないか。釣り技が短気にさせるのであって、釣り人が本質的に短気なのではない。」と弁明をしていたが、八木先生の説に通ずるところがあると思った。
ところで、世間では釣りの好きな人は「太公望」と言われているので、何か関連はないかと思って太公望について史実を調べると、太公望は本名を呂尚といい、周の時代に仕官する前は、渭水で毎日のように釣りをしていたといい、三日三晩釣り続けても一匹も釣れないので腹立ちまぎれに、被っていた帽子を大地にたたきつけると、そこに異形の人が立っていて、釣り方を教えてくれ、呂尚がそのとおりに釣ると、たくさんのフナやコイを釣ることができた。その魚の腹を開くと一冊の人生の書が出てきた、とのことである。残念ながらその本の内容を調べられなかったが、おそらく、釣りに関する助言もあったのであろう。その伝説から呂尚の別名「太公望」が、釣り人の代名詞になり、釣れなくて帽子を大地にたたきつけたことから、釣り人は短気と言われるようになったと思われる。
私はこの伝説を知ってからは、太公望が釣れなくて帽子を大地にたたきつけたことを釣り人短気説の発祥の説として話すこととした。
釣り人が短気かどうかの議論は、人によってはどうでもよいことかも知れない。しかし、私の本職は弁護士である。刑事弁護人としての経験で、短気は犯罪者の代表的性格に考えられることから、釣り人の私も短気かのような印象を持たれてはいけないと思って、必死に弁明の理由を考え続けていたのである。
五 船釣りは難しいが奥深く楽しい
これまで、海の船釣りの話をしてきたが、船釣りにも乗合船と仕立船がある。私はほとんど仕立船を使う。船頭のこまやかな指導を受けて釣りをすれば楽しい。ところが、初めて船釣りの話をすると、経験のない人は、船でポイントに着き、魚群探知機で魚影を見つけて、そこに釣り仕掛けを落とせば釣れる、と安易に考える人が多い。
しかし、船釣りは、そんなに単純ではない。海には速い潮の流れがあり、何十メートルも水深があるからである。ポイントの近くにいかりを下ろすには潮流、水深を計算しなければならない。また釣りの仕掛けは潮流に流されることを計算して、ハリスの太さやおもりの重さを決めなければならない。おもりが海底に着いたら、どれ位たぐり上げれば目的の魚のタナになるかを測らなければならず、そのためには手応えでおもりの着地を確認しなければならない。仕掛けが宙づりのままでも、着地したままでも、魚は釣れない。更に針につけたエサ(ウタセエビなど)が、ちゃんと針に付いているかどうかいつも竿を確認しないといけない。エサが取られて空釣りになっていては魚はかかるはずがない。名人船頭はエサがなくなったら、すぐにそれに気付いてエサをつけるというが、素人の釣り客では難しい。
更に海流(潮の流れ)は一定ではなく、一日二回上げ潮、潮止まり、下げ潮と変化する。船の位置(イカリ)や仕掛けはそれに合わせて変えなければならない。潮止まりは船上のランチタイムである。
それらの操作はプロの船頭にしかできないから、委せるしかない。船頭に委せなくてもある程度できるようになれば釣りキチの称号が与えられる日も近い。
私ども素人は時間やお金に限りがあって、そんなに多数回船に乗ることはできないが、船頭は毎日のように漁に出る。その経験の大差を理解して船頭の助言に従うのが、一番よい釣法であり、それによって船釣りが楽しくなり、やみつきになってしまうのである。
六 海釣りを卒業して
私は、釣り新聞や中日スポーツに釣行記、随筆を寄稿するようになって、釣りキチ弁護士の異名をもらうようになり、南は屋久島、鹿児島、五島列島から、東は浜名湖、駿河湾まで釣行した。
それなのに、なぜ平成一八年になって釣りをやめてしまったのか。親しい釣友からよく聞かれた。その理由は健康上の理由であった。
健康が回復して、海釣りに未練はあるが、心も体も、もう釣りは卒業してしまったようであり、永年の釣りの歴史を一冊の本に残すことが、今の楽しみである。
(弁護士)
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