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一般2023年09月15日 増加する空き地・空き家の課題
 〜バランスよい不動産の利活用を目指して〜(法苑200号) 法苑 執筆者:伊藤夏生

〇高騰する新築マンション価格と増加する空き地・空き家

 最近のニュースで、首都圏のマンションの販売価格がとうとう一億円を超えたことが話題となりました。今回の出来事自体は、特に東京都心で高額・大型のマンションが供給され、それが平均価格を押し上げたことによることが大きいようですが、この一〇年を見ても、新築マンションを中心に不動産の価格は上昇を続けています。
 実際に、不動産市場は活況を呈しています。一般財団法人土地総合研究所では、不動産事業者の経営状況等の業況に関する調査である「不動産業業況等調査」で、四半期ごとに、経営の状況について「良い」、「やや良い」、「普通」、「やや悪い」、「悪い」を尋ね、それを指数化しています。住宅・宅地分譲を営む事業者は、コロナ禍前においてはこの指数はプラスの領域で推移しており、コロナ禍に入った令和二年四月調査では大きく落ち込んだものの(同年一月調査15.6ポイント→四月調査-21.2ポイント)、次の調査時からはすぐに回復傾向を見せました。また、特に販売価格の動向については、コロナ禍でも一貫して上昇傾向にありました。さすがにモデルルーム来場者数は減少しましたが、購買意欲は衰えず、オンライン商談が普及する様子もみられました。
 一方で、最近、空き地・空き家問題が大きな関心を集めるようになりました。全国で、空き家の数は約八五〇万戸(平成三〇年住宅・土地統計調査より。以下、空き家の戸数については同じ。)となっています。また、登記簿などを参照しても所有者が直ちに判明しない・連絡がつかない所有者不明土地は、約四一〇万ha(二〇一六年時点。所有者不明土地問題研究会最終報告(平成二九年一二月)より。九州の面積約三六七万haよりも大きい。)と推計されるなど、空き地・空き家は全国で増え続けています。〝負動産〟といった言葉も生まれるなど大きな課題となっており、平成二六年には空家等対策の推進に関する特別措置法が、また平成三〇年には所有者不明土地の利用の円滑化等に関する特別措置法が制定されました。また最近でも、令和三年には、民事基本法制の総合的な見直しが行われ、相続登記等の申請を義務化するとされたほか、相続等により土地所有権を取得した者が一定の要件の下でその土地の所有権を国庫に帰属させることができる制度が創設されています。
 高騰するマンション価格と増加する空き地・空き家、このような両極端の動きは何から起こるのでしょうか。
 土地・建物はまさに〝不〟動産、つまり物理的に移動させることができない財であり、余っているところから不足しているところに移すことができない以上、価格に差異が生じるのは当然と言えば当然です。ただ、所有者不明土地や空き家の問題は、なにも地方圏だけの問題ではありません。東京都内にも八一万戸(うち、「腐朽・破損あり」の空き家は約一二万戸。また、「腐朽・破損なし」だが、賃貸用等ではない長期不在等の空き家は一四万戸。)の空き家があり、あるいは大きな都市の中心部でも空き店舗や低未利用地が問題になるなど、大都市の問題でもあります。

〇新築マンション価格が上がる原因、空き地・空き家が増える原因

 大都市圏におけるマンション価格の高騰と空き地・空き家問題について、並行的に考えてみます。
 首都圏のマンション価格が高騰している理由として、建築資材費や人件費など工事費用の上昇、低金利による借入可能額の増加や共働き世帯によるペアローンの広まりなど購入者の購買力の高まり、投資資金の流入など様々なことが言われていますが、中長期の視点からの構造的な変化として、マンションの供給戸数の減少を挙げたいと思います。首都圏におけるマンションの供給戸数は、平成一〇年代中頃までは概ね八〜九万戸((株)不動産経済研究所調べ。以下、マンションの供給戸数については同じ。)で推移していました。しかし、平成一九年の米国サブプライム住宅ローン問題に端を発する金融市場の混乱、いわゆるリーマンショックは不動産業にも大きな影響を与え(先の不動産業業況等調査では、住宅・宅地分譲業について、平成二一年一月調査では-61.9ポイントとなった。)、供給戸数は平成二〇年四.四万戸、平成二一年三.六万戸と激減しました。その後、一旦は四〜五万戸に回復した時期もありましたが、この数年は三万戸前後で推移しています。マンションの供給量自体が少なくなっており、価格が上昇する原因となっていることが推測できます。(なお、首都圏で供給されるマンションのうち、超高層マンション、いわゆるタワーマンションが二割程度となっています。高価格帯のマンションが占める割合が大きくなったことも、価格上昇の一因と考えられます。)
 他方で、空き家が発生する原因は何でしょうか。国土交通省の令和元年空き家所有者実態調査によると、空き家所有者がそれを持つきっかけは、半数以上が「相続」でした。今後の利用意向については、「空き家にしておく(二八.〇%)」が一番多く、「セカンドハウスなどとして利用(一八.一%)」、「売却(一七.三%)」と続いています。都市部なら売却しやすいのでは、とも考えられますが、この傾向は大都市圏の市部でもあまりかわりません。「空き家にしておく」の理由としては、「物置として必要(六〇.三%)」、「解体費用をかけたくない(四六.九%)」、「更地にしても使い道がない(三六.七%)」などが挙げられています。さらに、「人がすまなくなってからの期間」は、「三年以上」が九割近くを占めています。これらのデータからは、相続によって空き家を所有することになったものの、積極的な利用方法は思い浮かばず、なかの家財道具はそのままで長い期間放置されている状況がうかがわれます。

〇バランスよい不動産の利活用を目指して

 同じ大都市の中でも、あるものは足りず、あるものは余っている・・・とすれば、これをうまくマッチングできないか、となります。空き地や空き家となっているものをうまく流通させれば、あるいは更新して利用できれば、と考えます。
 しかし、これがなかなかそう簡単にはいきません。
 当然ですが、不動産には一つとして、まったく同じものはありません。″建物〟であってもそれは、マンションか戸建てか、新築か中古か、場所は、価格は、広さは、周りの環境は、など様々な変数の集合体ともいえるでしょう。また、購入者のマインドにも濃淡はあります。新築マンションの価格高騰が目立っていますが、一方で、一戸建て住宅の価格はそこまで大きくは上昇していません。また、マンション価格の動向も、同じ大都市圏の中でも都心部か郊外かによって動きは異なります。
 供給サイドと需要サイドの間を取り持つのが価格による調整ですが、利用されない不動産の増加は、必ずしも価格の変動のみでは解決できないことがありそうです。先ほど述べた変数の多さや購入者のマインドの濃淡は、価格による調整では収まらないものがあります。また、空き地・空き家の中には、もとの価格がとても安いために価格による調整が働かない場合もあります。
 もともと日本では、中古住宅の流通は欧米と比べても盛んではありません。全住宅流通量(既存流通+新築着工)に占める既存住宅の流通シェアは約一四.五%(平成三〇年)にとどまっており、欧米諸国と比べると六分の一〜五分の一程度と低い水準にあります。既存住宅に対して、古い・汚いといったイメージを持っていたり、隠れた不具合や品質について不安を感じていたりして、購入を思いとどまっている人が多いとも言われています(以上、国土交通省資料より)。
 これを解消する一策として、国土交通省では、住宅のインスペクション(建物状況調査)の普及を進めています。既存建物を取引する際には、購入者は住宅の質に対する不安を感じますが、既存建物は個人間で売買されることが多い中、一般の売主に正確な情報提供や瑕疵担保の責任を負わせることは困難です。このため、宅地建物取引業法を改正し、不動産取引のプロである宅建業者が、専門家によるインスペクションの活用を促し、売主・買主が安心して取引できる環境を目指しています。
 また、最近では、中古のマンションや一戸建てのリノベーションも注目を集めるようになりました。「リフォーム」という言葉は、「古い建物や設備を改修・修復して機能を回復する」といったニュアンスで使われるのに対し、「リノベーション」という言葉には、「古い建築物の機能を今の時代に適したあり方に変えて、新しい機能を付与する(国交省資料より)」といった意味が含まれます(ちなみに、「住宅をリフォームする」という使い方は和製英語で、住宅の改修一般には「renovation」を使うそうです)。既存の壁を取っ払ってスケルトン状態にし、間取やデザインを新しくしたり、耐震や省エネなどの機能を加えたりして、多彩に生まれ変わった物件が供給されるようになりました。これは大都市部だけではなく、地方部でも古家をリノベーションしておしゃれな店舗にしたり、宿泊や田舎暮らし用として貸し出したりするなど、新たなビジネスの種としても使われています。
 さらに、リノベーションには至らない物件であっても取引の場に載せることができる、空き家バンクという仕組みが全国の自治体等でできてきています。まちなかのごく普通の中古住宅がサイトにアップされています。不動産には一つとして同じものがない中、売却希望者と購入希望者のマッチングがとても重要ですが、インターネットを通じて、誰でも全国津々浦々の物件を見ることができるのは、ネット社会の大きな強みです。
 空き地・空き家の利用方法を見つけたり、あるいは売却したりすることは、なかなかハードルが高く手間のかかることであり、そのまま放置されがちです。しかし、空き地・空き家がどんどん増えている現状は、単にその所有者の負担というのみならず、決して広くはない国土の上で不動産という限られた資源を効率的・効果的に利用できていないという点から、経済社会全体としてみても損失と言えるでしょう。
 先ほど述べたように、使われていない不動産を〝動かす〟ために、いろいろなアイデアや手法が登場してきています。これらによって、少しでもバランスよい不動産の利活用が求められています。

(元一般財団法人土地総合研究所研究理事)

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