建築基準2016年01月05日 建築の品質確保と建築基準法(法苑177号) 法苑 執筆者:大橋好光
マンションの杭のデータが偽装されていた事件が、連日、報道され、建築の品質確保の問題が、再び注目されている。ここでは、内容は、杭データ偽装とは異なるが、建築の品質確保と法規について、日頃、感じていることを書いてみたい。
1 建築基準法は「最低の基準」を定めたもの
建築基準法は、昭和二五年に成立した。戦後まもなくである。その多くは、前身の「市街地建築物法」を踏襲している。その後、何度かの改正を経て、今
日の姿に至っている。
コメントの一つは、建築基準法は、そもそも「最低の基準」を示したものだということである。建築基準法第一条にいう、「この法律は、建築物の敷地、構造、設備及び用途に関する最低の基準を定めて、国民の生命、健康及び財産の保護を図り、もつて公共の福祉の増進に資することを目的とする。」つまり、建築基準法は、「これより性能の悪い建物は造ってはいけない」という最低のレベルを記述しているということである。
私が、これを意識したのは、二〇年前の阪神・淡路大震災の時である。阪神・淡路大震災では、完全に倒壊した家と、何事もなかったように立っている建物の、両極に分かれた。
この印象の違いから、「同じ法律の下で作られているのに、何故、こうも被害の程度が違うのだろうか」という疑問が涌いたのである。これに対する技術的な解答は、後日、実物大の振動台実験を行うことで判明することになる。
それはともかく、実験とは別途に、確か、行政の方からだったと思うが、先の建築基準法第一条を教えてもらったのである。「建築基準法は、最低基準を定めたものだから、性能は様々だ。」というのである。基準法より上のレベルの性能の設定は、施主・設計者の自由というわけである。
考えてみれば当たり前であるが、建築界の多くは、「建築基準法を守っていれば十分」という考え方が大勢だった。したがって、余裕を持って設計している設計者は多くない。それどころか、後述するように、「余裕を持たせるのは無駄」と考える人も少なくない。したがって、現実の建物は、そんなに余裕を持って造られているとも思えなかったので、実際の性能にこんなに差があるとは、地震を経験して、初めて意識したというわけである。
しかし、この地震がひとつの契機となって、一般の人にも「自分で性能を設定する」という考え方が広まっていったと思われる。「建築基準法が最低の基準しか定めていないなら、自分の望む性能は、自分で設定するしかない」。
また、「ひとつの契機」と書いたのは、戦後の劣悪な状態からスタートした住宅の性能も、徐々に、そのレベルが上がっていて、新築住宅の性能は、一般的なものでさえ、建築基準法のレベルを超えるようになっていた、という事情もある。更にまた、この地震の前後に、シックハウスが社会問題化し、「性能を自分で確認しないと、問題のある住宅を建てられかねない」という見方が広がっていたこともある。それらが契機となって、前述のように、「性能は自分で設定するもの」という認識が広まっていったのである。
二〇〇〇年に成立した「住宅の品質確保の促進等に関する法律(いわゆる品確法)」は、そうした背景の下に成立した。品確法には「性能表示」と呼ばれる制度がある。「性能表示制度」とは、例えば、耐震性であれば、「耐震等級2」、「耐震等級3」などと、その性能を明示する仕組みのことである。ちなみに、「建築基準法を満足したレベルを等級1として、耐震等級2,3は、それぞれ、一・二五倍、一・五倍の性能を有するもの」を指している。この制度は任意の制度で、残念ながら、まだ、普及率は、新築住宅の二〜三割程度と言われている。
さて、二〇〇五年一一月に発覚した耐震偽装事件の際、関係したデベロッパーの社長は、「建築基準法以上に性能を持たせるのは、過剰性能で不経済」という主旨の証言をした。錯誤もはなはだしい。前述のように、「建築基準法は、これより下の性能のものは造っていけない」という、脚切りのレベルを設定したものである。
一方、多くの研究者は、阪神・淡路大震災の際に、神戸の被害の大きかった地域の揺れは、建築基準法の想定する大地震よりも大きかったとみている。建築基準法の想定する大地震は、日本で起こりうる限界の地震を指しているわけではない。確率の問題であって、それを超える地震も、当然、起こりえる。実際、阪神・淡路大震災の後、地震計が全国に設置されたが、それ以降、建築基準法の大地震を超える地震が観測されることも増えている。
以上のような事情だからだろう。建築の構造関係者で、自宅を、建築基準法ぎりぎりの性能で建てる人は少ないと思われる。少なくとも、私の知り合いにはいない。これから家を建てる人には、性能表示を採用し、耐震性能は等級3とすることをお勧めしたい。
2 法律は歴史、しかし、現状では不思議な条文も。
また、私達が、日頃お世話になるのは、「建築基準法」本体ではなく、「施行令」の方である。具体的な記述はこちらにある。そして、私が専門とする「木造建築」は、施行令の第三章第三節に、その仕様規定が書いてある。「仕様規定」というのは、「この部位は、このようにしなさい」と、具体的な「仕様」が書かれていることをいう。例えば、第四三条の柱のところでは、柱の小径(柱の正方形断面の一辺の大きさのこと)の最低値が定められている。「柱は、これより小さい断面はだめです」ということである。
第二のコメントは、法律の内容には、現状にそぐわなくなってしまったものもある、ということである。
たぶん、ほとんどの法律は、その時々の問題に対応して、条文を追加してできている、つまり、「継ぎ接ぎ」になっていると思われる。建築の法律も同様である。条文は、追加はしやすいが、不要になっても、なかなか削除はされない。ある条文が「不要になった」ことを決断する人がいないからだ。
例えば、建築基準法の施行令の第四九条には、「木造の外壁のうち、鉄網モルタル塗その他軸組が腐りやすい構造である部分の下地には、防水紙その他これに類するものを使用しなければならない。」という条文がある。このようにすることは、今やあまりにも当たり前のことで、関係者が読めば「こんなことがまだ条文になっていたのか」と思うであろう。
しかし、このような条文があるということは、かつては防水紙を入れない建物がかなりあったということでもある。戦後まもなくは、そのような建物が多かったのであろう。当時、国は、木造建物の防火性能を高めるために、モルタル外壁を積極的に推奨していた。しかし、今のような断熱材も通気層もないままモルタル外壁を塗れば、ほぼ確実に結露を生じてしまう。そこで、「防水紙を入れなさい」ということになったのであろう。
今となっては、そもそも「鉄網モルタル塗」という特定の構法を、名指しで記述していること自体、不思議な条文といわざるを得ない。「鉄網モルタル塗その他」と「その他」を付記しているが、「鉄網モルタル塗」を名指ししていることは明らかである。当該業界の人から見れば、性能が悪いと烙印を押されたようなもので、迷惑なことであろう。
この条文に限らず、平時は、法律の条文を読んでいる人はほとんどいない。例えば、「道路交通法」は、テレビのニュースでよく聞く言葉であるが、それを読んだことのある人はほとんどいない。一般人にとって、法律は、事が起こった時に初めて読むものだ。
さて、前述の二〇〇五年の耐震偽装事件の後、「法適合の確認」が厳しく求められることとなった。そのため、「改めて」法律を読んだ建築の関係者も少なくないだろう。私もその一人である。
ところが、読んでみると、前述の例以外にも、不思議な条文がいくつかある。例えば、施行令四六条の三には「床組及び小屋ばり組の隅角には火打材を使用し、小屋組には振れ止めを設けなければならない。」とある。はて、「振れ止め」とは何だろう。教科書でも見たことがない。周囲の人に聞いても、定かな答えが帰ってこない。誰も知らないということは、たぶん誰も「振れ止め」を入れていないということだろう。しかし、条文には、「設けなければならない」とある。
推察するに、この条文は、木造の学校のような大型の木造を想定していると思われる。昔は、木造で学校を建てることも多かった。(ちなみに、最近、再び、木造の学校建築が注目されている。)そうした建物では、洋小屋のトラス構造が採用されることが多かった。その場合に、並列して配置される小屋トラスを連結するものが必要で、その連結部材を「振れ止め」と呼んだのだろうと思われる。しかし、先の条文は、住宅にも適用されるが、住宅規模で「振れ止め」を入れたとは、聞いたことがない。
以上のように、建築基準法施行令は、そろそろ現状に相応しいように手直しする時期に来ている。しかし、たぶん、大仕事過ぎて、手をつける人がいないというのが実際のところであろう。
そして、これは、建築の法律だけではなく、世の中の法律全般に言えることなのだろう。昔、国際観光旅館と名乗るには、各部屋に聖書をおく必要があったと聞いたことがある。外国人は、聖書を読むから必要だ、というのが理由だったらしい。私は、海外のホテルで聖書を見たことがない。この例は、修正されたのだろうが、世の中には、困ったルールがたくさんあるに違いない。
建築の法律も「今」に相応しい内容に、変更する必要がある。
(東京都市大学教授)
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