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一般2021年01月08日 ぶどうから作られるお酒の話(法苑192号) 法苑 執筆者:吉直達法

1 思い立ったが吉日
 特に理由があったわけではないのですが、裁判期日のために横浜地方裁判所の最寄り駅である日本大通り駅へと向かう電車の中で、ソムリエ試験対策のためのアプリをインストールして、択一試験の問題を解いていました。それまでワインを好んで飲んでいたというわけでもないし、そもそもワインに関する知識はゼロに等しかったのです。それにもかかわらず、択一試験の問題を解いていたのは、この業界にワイン好きが多いため、少しでも話ができればと考えたことや知り合いにソムリエがいたからという単純な理由に過ぎません。それは二〇一八年五月一九日のことであり、それから二週間後の同年六月一日にはワインエキスパート(通算三年以上の業務経験を必要とするソムリエと異なり、職種、経歴にかかわらず受験可能な資格)の試験に申し込んでいました。
 さて、ソムリエと聞いたとき、多くの人は、ソムリエはワインに関する知識が豊富で、テイスティングをさせれば産地や銘柄を当てられるものであると想像するのではないでしょうか。しかし、必ずしもテイスティング能力の高さだけがソムリエの条件ではありません。国際ぶどう・ぶどう酒機構ではソムリエをワインの醸造及び飲食、ワイン仕入れ・管理、その他流通のいずれかの分類に属する専門家で、飲料を提案し提供する者と定義しています。では、専門家としてどういった知識を有していなければならないのでしょうか。

2 頭に地図を思い描いて
 業務経験を必要としないにせよ、ワインエキスパートも日本ソムリエ協会の発行する教本をもとに勉強しなければならないため、ソムリエが有するのに近い知識を有することが要求されます。
 ワインに関する知識がゼロの状態で、はじめに取り掛かったのは、フランスの主なぶどう産地の地理的な場所を覚えることでした。ぶどうの生育環境がワインに与える影響は極めて大きく、ぶどうの産地によってワインの個性が決まるといっても過言ではありません。ここでいう個性とは、ワインの味わいだけを指すものではありません。ぶどうの産地はワインの外観にも影響を与えるため、同じ品種のぶどうであったとしても、緯度の高い産地では色合いが淡く、逆に緯度の低い産地では色合いが濃くなる傾向にあるのです。また、海沿いの産地なのか内陸の産地なのかによっても、日照時間や降雨量が異なるため、ぶどうの生育に大きな影響を与えます。それだけに、ぶどう産地を地理的に把握することは、ワインの理解のために欠かすことができません。これはフランスのぶどう産地に限らず、国単位で産地を考える場合にも同様です。その国が地理的にどこに位置づけられるかによって、ワインの個性は変わってくるからです。フランスは、東西南北にわたって広い土地を有する国です。そのため、フランスという一つの国にもかかわらず、多くの個性豊かなワインが存在するので、フランスの主なぶどう産地を地理的に把握することは、結果として、ぶどうの生育環境がワインに与える影響を理解することにもなります。
 ワインを地理的に理解することが、ぶどうの生育環境を意味するテロワールを理解することに繋がると考えることができたといえます。

3 歴史に刻まれた思い
 フランスの主なぶどう産地として、シャンパーニュ地方があります。シャンパンといえば誰もが知るスパークリングワインですが、シャンパーニュ地方以外のスパークリングワインをシャンパンと呼ぶことができないことはご存知でしょうか。イタリアとスペインにも有名なスパークリングワインがありますが、これらをシャンパンと呼んではいけません。また、白ワインで有名なシャブリや赤ワインで有名なロマネ・コンティも誰彼構わず名乗ることは許されません。許されないとはつまり、その基準を満たさないものについて、これらの名称で製品を製造、販売することは法的に認められていないということを意味します。
 これらの名称は、Appellation d'Origine Controlee(以下「AOC」といいます。)、すなわち原産地統制呼称によって与えられた認証であり、Institut National des Appellations d'Origineがこれらの呼称を統制・管理しているためです。AOCには、シャンパーニュのように県をまたいだ地方に認められるもの、シャブリのように限定された地区に認められるもの、また、村名に認められるものがあります。さらに、ブルゴーニュではロマネ・コンティのように最小単位である畑名にも認められているものがあります。
 AOCも試験勉強のために学ばなければならない重要な事項ですが、AOCとの関係で問題となるのが、モノポールという単独のワイン生産者によって所有、管理されている畑です。AOCが与えられたモノポールは、結果として、国がワイン生産者という個人を保護することとなって、行政法的には公平の原則に反することになるとも考えられるからです。しかし、AOCが広く認められている以上は、むしろ、畑名を法的に保護しなければならない理由があると考えるべきです。
 この点を理解するためには、AOCが導入された歴史的背景を知る必要があります。フランスにおいては、ぶどうの病害や害虫によってワインの生産量が激減した時期がありました。その際には、ワインを薄めて販売するなど不正なワインが横行することとなり、そのために正規の生産者の売上が不振となるなど悪循環となっていました。これに対応する形で、不正なワインの取締りと消費者の期待を保護するため、規制の強化が図られることになったのです。そうしてワインとは何かということが定義付けられるなどして、生産地の保護が図られていきました。AOCを定めるにあたっては、地域的な特色などのほか、過去に王侯貴族や修道院が所有していた畑であるなどの歴史的背景が関係しており、AOCは、決して国が個人を保護するための制度ではないことがわかります。
 AOCを知ることで、ワインに付された名前は生産者と消費者を保護するためのものであって、歴史的背景をもった法律によって支えられていることが理解できます。このことはフランスに限らず、イタリアやスペインなど世界的にも有名な産地を要する国にも当てはまり、同様の制度が存在することからもわかります。

4 瞳を閉じて
 ワインエキスパートの試験では、知識を問う択一試験だけではなく、テイスティングの試験も行われます。ワインのテイスティングをして、ぶどうの品種や産地、さらには収穫年まで当てるのは、至難の業であり、ごく一部の人に許された才能のようにも感じます。しかし、そのすべてを当てることまでを試験が要求しているわけではありませんし、才能を発掘するための試験でもありません。テイスティングは、あくまでワインの個性を知るための作法を理解するものに過ぎません。
 テイスティングは、外観、香り、味わいの三つの要素を順に判断していきます。外観は、透明度があるか、輝きはあるか、色調はどうか、濃淡や粘性はどうかなどです。香りは、果実や花のニュアンスが感じられるか、または香辛料やアルコール的なニュアンスがあるかなどを取ります。味わいは、酸味、苦味やタンニン感があるかなどを取ります。外観や味わいは何となく想像できるかもしれませんが、香りの判断は悩ましいものです。嗅いだことのない香りを表現しなければならないため、想像力に限界があるからです。しかし、テイスティングも試験として採用されている以上は、判断基準があるはずです。そして、それは、テイスティングはワインの個性を知るためのものであるという点に手がかりがあります。
 たとえば、いちごのニュアンスが取れたとき、それは生のいちごの香りなのか、いちごジュースの香りなのか、いちごを干して乾燥させた香りなのか、それとも煮詰めた香りなのかの違いがあるはずです。つまり、あるニュアンスを尺度として表現するものと考えるのです。そうすることで相手にワインの個性を伝えやすくなります。そして、生に近い香りほど寒冷な土地で育ったぶどうの傾向が強いと予想できますし、煮詰めた香りに近いほど温暖な土地で育ったぶどうの傾向が強いと予想できます。地理的な特徴がワインに出ているとも理解することができます。
 このような判断基準からすれば、テイスティングは、ワインそのものから、論理的に物事を考える力をみるものだともいえそうです。

5 グラスを片手に
 ここまで取り留めのないことを書いてきましたが、ワインエキスパートの勉強を通じて、ワインを飲む楽しみが出来たとともに、改めて法的な思考を養うことができました。また、ワインは地理と歴史の産物であると感じます。
 ワインエキスパートの資格を取得して二年、今宵も新たなワインを求めて飲み歩きます。

(弁護士)

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