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教育2018年05月08日 大学では今(法苑184号) 自校史編纂から自校史教育へ 法苑 執筆者:根田正樹

1 はじめに
 私たちの生活の中には多くの通過儀礼がある。七五三では、三歳の男女、五歳の男子、七歳の女子が一一月一五日にお宮参りをし、子供の成長を祝う。二〇歳になると、一月の第二月曜日前後に全国各地で成人式が行われ、お祝いがなされる。長寿についても、六一歳の還暦、七〇歳の古稀などがあり、高齢化の進む今日では、七七歳の喜寿、八八歳の米寿、九九歳の白寿のお祝いも珍しくはない。
 こうした節目節目の行事は人だけではなく、各種の団体にも周年事業として広くみられる(注1)。今年は明治維新から数えて一五〇年を迎える節目の年であり、政府や地方自治体は、明治以降の日本の歩みを改めて再認識するため、「大政奉還 一五〇周年」や「明治一五〇周年」と銘打って様々な記念事業計画を進めているようである(注2)
 企業においても、創業から一〇年とか五〇年などの節目の年には、これまでの歩みを振り返り、自社の魅力や強みを再認識したり、さらに再出発の契機としたりすることがみられる。帝国データバンクの調査(注3)によると、二〇一八年に創業から節目の年となる「周年記念」を迎える企業は、全国に一三万九、三五九社があり、このうち上場企業は三八二社になるとしている。周年事業は創業から数えて一定期間経過した年で行われるようであるが、その期間に規則性は見られない。ただ多くの企業は一〇周年、二〇周年と節目と判断される時期に周年事業を行うようであり、なかには創業四〇〇周年、四五〇周年という企業もあるようである。

2 大学の周年事業と自校史の編纂
 大学も同様である。明治初期に設立された大学から最近設立された大学まで全国で八〇〇校近い数の大学があるが、多くの大学では、一〇年や二〇年といった区切りのよいところで、周年事業を行っている。その内容を見ると、記念式典、校舎建築などのキャンパス整備、記念シンポジウムやセミナーの開催、記念論文集の発行、奨学基金の設置、ロゴマークの制定、アーカイブスの整備などがあり、中にはさらなる発展を期した中長期計画の策定を行う大学もみられる。
 こうした中で多くの大学で共通してみられるのが自校史の編纂である。全五巻とか一〇巻のような、また発行に至るまで一〇年を超すような自校史もあれば、比較的簡易な略史のような場合もある。ちなみに野間教育研究所の所蔵する自校史は国立大学一、一四六冊、公立大学一二一冊、私立大学二、三五一冊、短期大学三三四冊となっている。平均すると、一つの大学が四冊、五冊の自校史を発行している勘定になる。大学の数と比べて多いのは、大学だけではなく、部科校単位で編纂している場合や、一〇周年、三〇周年と節目の年ごとに編纂している場合もあることによる(注4)。
 国や地方自治体が年史を発行する目的、企業が社史を発行する目的にはさまざまなものが考えられるが、自校史の場合はどうか。筆者の所属していた大学の『日本大学百年史』(全五巻)は、その序において百年史の目的・趣旨を「創立以来百年の日本大学の歩みを客観的にとらえ、事実に基づいて検証し、百年の歴史の中で担った役割を明示して、未来への展望を開くことを編纂の基本理念としている。……この百年の歳月の経過を正確に記録した本書は、永遠の日本大学にとっての一大叙事詩である。そして、百年を顧みることは、「温故知新」であり、同時に、現在を基軸に未来を構想するものでなければならない」としていた。他の大学の自校史においても、ほぼ同様のことが掲げられており、その意味では、自校史とは、「大学の創設から現在に至るまでの歴史的経験と伝統・革新の歩みとを語る本格的な報告書であり、同時に、大学の使命たる教育・研究の実績を世に問う業績書、著作になってきた。」といってよい(注5)。
 私立大学の自校史の中では、「建学の精神」に関する記述が大きな割合を占める。これは、もともと私立大学は、例えば慶応義塾における福沢諭吉、早稲田大学における大隈重信、同志社における新島襄のようにそれぞれ創設者の熱き志から生まれたものであり、これを抜きにして大学を語ることはできないからである。他の私立大学も同様である。
 こうした中にあって、「建学の精神」の大学内での位置づけが揺らいでいるとの危惧が示されている。私立大学の連合体である私大連は「これからの私立大学のあり方に関する提言」(二〇一五(平成二七)年一一月一七日)の中で、「私立大学はそれぞれ固有の建学の精神と教育理念を有し、これらに基づく高等教育を提供し社会に貢献してきた。しかしながら、大学進学者の増加に伴い、多くの学生を受け入れ、国や社会からの要請にも取り組んできたが、次第に画一化への道を歩んできたことは否めない。この状況を転換しない限り、各大学の価値と多様性は失われ、私立大学全体が時代のダイナミックな変動に対応できなくなる。」としている。確かに大学教職員の頭からは、受験生や入学者の確保に汲々とするあまり、建学の精神や教育理念が抜け落ちるのが少なくないと思われる。これは、教職員構成の変化にも由来するかもしれない。従前は自校出身者から採用することが多かったが、最近は公募制が一般化しつつあり、採用する方も応募する方も建学の精神や教育理念に頓着しない傾向がみられる(注6)。中には、何年たっても入学式や卒業式の校歌斉唱の時に口パクでごまかす教員もいる。

3 自校教育とその効用
 問題は自校史編纂の成果が大学の運営や教育などにどのように活用されるかである。ここで注目されるのが初年次教育である。平成二九年一一月二一日、文部科学省より「平成二七年度の大学における教育内容等の改革状況について(概要)」が公表された。調査対象となった大学は国公私立合わせて七七六大学である(短期大学、平成二七年度に学生の募集を停止した大学を除く。)。それによると、初年次教育を実施する大学は七二一大学(約九七%)にのぼり、その内、学部全体で実施している大学は六一〇大学(約八二%)となっている。
 初年次教育の具体的プログラムは多岐にわたるが、文部科学省の前掲調査によれば次の五つのプログラムに大別される。第一は学問や大学教育全般に対する動機付けのためのものであり、これは大学に入って何をしていいか分からない、あるいは学修に意欲が湧かないなどの学生が少なくないからである。第二はレポート・論文の書き方などの文章作法、プレゼンテーションやディスカッション等の口頭発表の技法、ノートの取り方、大学内の教育資源(図書館を含む)の活用方法、さらに論理的思考や問題発見・解決能力の向上のための、いわばスキル・プログラムともいえるものである。第三は、学生生活における時間管理や学習習慣を身に付けるため、あるいはメンタルヘルス等、精神的・肉体的健康の保持に関するプログラムである。第四は将来の職業生活や進路選択に対する動機付け・方向付け、社会の構成員としての自覚・責任感・倫理観育成のためのプログラムである。いずれも以前の大学では見られなかったものであるが、この一〇年・二〇年に導入されたものであり、二人に一人が進学するという、いわゆる全入時代に導入されたプログラムといえる。そして、第五のプログラムが自大学の歴史等を題材とした、大学への帰属意識の向上に関するものである。
 大学の歴史等を題材とした自校教育を行っている大学は四二・〇%にあたる三一三校であり、そのうち私立大学は八五%にあたる二六八校である。私立大学全体の数からすると、それほど多いわけではないようである。岩手大学の大川准教授の実態調査によると(注7)、自校教育の実施目的には、自学の理念・使命・目的の周知、自校史・沿革の理解、大学への帰属意識の涵養(形成)、自学の現況の理解、地域社会への教育サービス、同窓会組織の活性化などがみられるとしている。このため、自校教育授業の内容は、自学の理念・建学の精神、自学(学部)の沿革、歴史が大変高い割合を占め、これに関連して自学と地域社会の関係、自学と関係する人物やスポーツ、自学への期待(学外者からの意見)などが取り入れられている。
 大川前掲調査によると、自校教育プログラムにより、学生の「自学や自学の歴史を知ることで、大学への誇りを持つことができた」「大学で何ができるのか、何をすべきか、という指針が見えてきた」という主旨のメッセージが多くみられるとしている。このように自校教育において建学の精神を学ぶことにより、学生にとっては漠然としたイメージで描いていた自校がどのような創立者によって、どのような想いで大学が設立されたのか、どのような教育理念が描かれていたのか、さらに、卒業生が卒業後どのような活動をしているかが明確になり、これが学生の学ぶ指針になるという効果が期待できるといえる。
 さらに建学の精神は、教育効果だけでなく、大学が改革をしたり、困難な事態に直面した場合の対応の指針にもなりうるものであり、このような面からも、建学の精神は明確にされなければならないといえよう。

4 自校史教育の課題―むすびに代えて
 建学の精神は、歴史を有する大学ほど古い言葉で表現されており、内容が創立者の生きた時代の背景を前提にしないと理解できないものもある。したがって、大学は学生が理解しやすい言葉に直したり、注釈を付けて分かりやすくしたりする必要があろう。さらに建学の精神の基本理念をそのままにしても、現代に適合するように内容を再構成する必要な場合もありうる。大学は常にそうした検証を行っていく必要があろう。
 次に自校史教育を歴史学の教員や大学史編纂に携わった教員が担当する場合であっても、他の教員が建学の精神や教育理念に頓着しない状況は好ましいことではない。建学の精神等は大学改革の際の拠り所となるところでもあり、教職員も確認しておく必要がある。既述のように教職員の公募制が一般化しつつある今日、私大連の提言にある懸念がより深刻化する前に建学の精神等を確認しておくべきものといえよう。

(注1)とりわけ地方自治体は自治体史の発行に熱心なようであり、『全国地方史誌総目録』(日外アソシエーツ・二〇〇七年)には、明治時代
    から二〇〇七年三月までに刊行された全国の自治体史誌二万点余りが収録されている。
(注2)「明治一五〇年」ポータルサイトhttp://www.kantei.go.jp/jp/singi/meiji150/portal/
(注3)「特別企画:二〇一八年「周年記念企業」調査」(二〇一七・一一・三〇)
(注4)西山伸「大学史編纂を考える―歴史・現状・今後―」〔第一回早稲田大学大学史セミナー講演録〕三三〇頁以下参照
(注5)寺崎昌男、別府昭郎、中野実『大学史をつくる』(東信堂・一九九九年)
(注6)木村正則「私立大学における『建学の精神』の役割」教養・外国語教育センター紀要
(注7)大川一毅「大学における自校教育の広がりとこれからの可能性」大学コンソーシアム京都第二〇回FDフォーラムでの報告

(高岡法科大学学長)

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