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一般2015年01月05日 国際人権条約と個人通報制度(法苑174号) 法苑 執筆者:菅充行

1 国際人権条約の理念
 国際人権条約には、市民的及び政治的権利に関する国際規約(自由権規約)、経済的、社会的及び文化的権利に関する国際規約(社会権規約)、女性差別撤廃条約、人種差別撤廃条約、子どもの権利条約等、さまざまな条約があり、日本もこれら多くの条約を批准している。また日本の裁判の場においても、近年、徐々にではあるがこれら条約が援用されることが多くなり、判決にも反映される例が増えつつある。
 これら国際人権条約の淵源は国際連合の設立に遡る。第二次世界大戦が終わるまでは国家主権が絶対的なものとされ、いかなる国も他国の国内問題に対して介入すべきではない、それは内政干渉であるとされていた。ところが、第二次世界大戦が終わり、ナチスのユダヤ人に対する大規模な人権侵害の実態が明らかになるに及んで、国内の人権が確保されていない国こそが対外的にも侵略的な政策をとる傾向があるとの認識が共有されるようになった。そして戦争を回避し国際平和を確保するためには、各国の国内における人権が守られることが不可欠の前提であるとの合意に至った。
 そこで国際連合を設立するにあたっては、軍備規制や国家間の紛争解決手段などの方策を講じることと、各国における人権保障を確保することが、国際平和を達成するためのいわば車の両輪であるとされ、こうした理念のもとに国際連合憲章が作られ、これにもとづき国際連合が成立した。
 今日においても、しばしば自国内の人権状況について他国から批判されると、批判された側から内政干渉であるとの反論がなされることがあるが、それは第二次世界大戦以前の古い国家観にもとづく抗弁にすぎず、国際連合設立以降においては、人権問題には国境はなく、他国における人権侵害であっても、むしろ外部の国から積極的に批判がなされるべきであるとするのが、共通の理念となっているのである。
 そして、こうした理念にもとづいてさまざまな国際人権条約が作られ、各条約で設置された監視機関が各国における人権条約の履行状況を監視し、人権を国際的に保障する体制が構築されたのである。

2 国際人権条約と憲法との異同
 国際人権条約といっても多数に及ぶので、ここでは代表的な例として自由権規約を取り上げて憲法との異同を見てみたい。憲法の人権保障規定と自由権規約のそれとは一見すると似ているが、実際にはいくつかの重要な点において相当の違いがある。自由権規約による人権保障の範囲は、憲法による保障範囲を上回っているのである。
 例えば自由権規約二条一項は、締約国は規約上の権利を「尊重し(respect)及び確保する(ensure)ことを約束する」と定めている。「尊重する」は規約で認められた権利に対し干渉したり侵害したりしてはならないとの意味であるが、これに加えて「確保する」義務があるとされているのは、「尊重」だけでは十分ではないことを意味する。国は規約の認める権利の享有を積極的に推進しなければならないのであり、それが「確保する」の意味である。国は自らが規約上の権利を侵害してはならない「尊重」義務を負うだけではなく、他者(例えば私人)による人権侵害に対しても、積極的にこれを防止し、個人の権利の享有を「確保」すべき責務を負っている。この条約監視機関である自由権規約委員会(Human Rights Committee)の解釈においても、「締約国は、私人や私的団体による規約上の権利侵害であっても、これを防止、補償等をなすべき積極的義務を負っている。」(一般的意見第三一・八項)とされている。憲法には「尊重」義務はあっても、このような「確保」義務までは規定されていない。しかし、国の「確保」義務が問題になり得る事案は決して少なくない。そのような場合には、憲法だけでは不十分で、自由権規約を援用することを忘れてはならない。
 また憲法上の権利は「公共の福祉」によって制約を受けるが、自由権規約には「公共の福祉」という権利制限事由は存しない。自由権規約委員会は、締約国から定期的に提出される人権状況の報告書を審査しているが、日本の定期報告書の審査のたびごとに、「公共の福祉」によって規約上の人権を制限してはならないことを指摘している。例えば、規約一九条の表現の自由については、「他の者の権利又は信用の尊重」あるいは「国の安全、公の秩序又は公衆の健康若しくは道徳の保護」の目的のために必要な場合に限って一定の制限を課すことが認められているのであるが(同条三項)、最高裁は、教科書検定裁判における判決において、規約一九条に言及したものの、「表現の自由を保障した前記規約一九条の規定も、公共の福祉による合理的でやむを得ない限度の制限を否定する趣旨ではないことは、同条の文言から明らかである。」と判示した(最判平成九年八月二九日民集五一巻七号二九二一頁)。しかし、そこには自由権規約委員会の示す解釈に対する何らの反論も示されていない。教科書検定が規約一九条三項に規定する制限事由のどれに該当するのかを精査することなく、規約上認められていない制限事由である「公共の福祉」でもって安易に規約一九条の表現の自由に制限を課すことは許されないはずである。憲法と自由権規約の異同についての無理解を示す好例であるが、かかる状況は早急に改められなければならない。
 また規約二〇条二項では、「差別、敵意又は暴力の扇動となる国民的、人種的又は宗教的憎悪の唱道は、法律で禁止する。」と規定されている。昨今、日本では在日外国人に対するヘイトスピーチが街頭で頻繁に行われて物議を醸しているが、規約によれば、これは当然「法律で禁止」されるべきものである。憲法にはかかる人権保障規定は存しない。ちなみに、日本は規約を批准した昭和五四年以降、ヘイトスピーチを規制する何らの法律も制定しないまま今日に至っている。明らかな規約遵守義務違反である。
 その他にも自由権規約と憲法との違いはいくつも存する。自由権規約以外の他の国際人権条約についても、同様のことがいえる。日本が批准し国内法としての効力を有する条約である以上、その実施には遺漏なきを期したいものである。

3 個人通報制度について
 自由権規約の場合、各締約国から五年ごとに定期報告書を提出させ、人権条約の履行状況を審査する制度が定められている。他の国際人権条約においても同様の制度が存する。しかし、定期報告書審査だけでは、各締約国の人権状況の改善には不十分である。日本の場合も、平成二六年七月に行われた第六回定期報告書審査の後、自由権規約委員会の発表した総括所見の中で、「(日本の)第四回及び第五回の定期報告書の審査後になされた(委員会による)勧告の多くが履行されていないことに懸念を有する」と批判されている(総括所見五項)。定期報告書審査の限界である。
 そこで、これに加えて、個別事案における人権侵害の被害者が、直接、自由権規約委員会に通報して救済を求める手続が設けられている。自由権規約の場合は、規約に付帯する第一選択議定書が個人通報制度を定めているが、日本は未だこれを批准していないので、目下のところは日本を相手にして個人通報を行うことはできない。自由権規約の批准国は現在一六八カ国であり、そのうち選択議定書を批准している国は一一五カ国に達する。他の人権条約にも同様の個人通報制度が設けられているが、どの条約の個人通報制度も受け入れていないのは、民主的な経済先進国の中では日本だけである。
 個人通報制度にもとづく条約機関の勧告は、自由権規約委員会を含め、法的拘束力を有するものではないが、国際的な高い見識にもとづく法解釈を体現するものと評価されている。個人通報制度の導入によって人権状況が大きく改善されていることは、既にこれを導入している諸外国において実証済みのことである。日本が自国における人権問題につき国際的な批判を受けることを怖れて、長年に亘りこれを回避し続けているのは、甚だ不適切な対応である。もし個別事案において批判を受ける謂われがないのであれば、堂々と申し開きをすれば足りる。逆に批判を受けるべき点があることが分かれば、速やかにこれを受け入れて改善措置をとるべきである。また条約機関がすべての情報を把握した上で常に正しい判断を示すとは限らない。日本が条約機関に対して自らの主張を十分に展開しそれが反映されることを通じて、より適切な判断を導くこともできるのである。条約機関の活動を充実させて世界の人権状況の改善に資する上からも、こうした手続に日本の積極的な関与が求められる。
 日本が個人通報制度を忌避することは、国際社会に悪しき見本を示すものでもある。世界には劣悪な人権状況の国も少なくない。日本のような先進国が国際的な舞台における批判から逃げ回っているようでは、これらの国に対する国際社会の批判もその効果は半減してしまう。日本は一日も早く個人通報制度を導入し、人権先進国として世界に模範を示すことが望まれる。

(弁護士)

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