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一般2019年09月06日 「良い倒産」と「悪い倒産」(法苑188号) 法苑 執筆者:越田緑

 筆者のこれまでの経験から、倒産事件には、「良い倒産」と「悪い倒産」があると思っている。しかし、「良い倒産」というと、「倒産はすべて悪いものだ。良い倒産などない。」と世間様からお叱りを受けてしまいそうだが、同じ倒産事件であっても、扱い方によっては、良くも悪くもなるのである。
 そこで、「良い倒産」とはどういうものであるか。筆者が考える「良い倒産」の条件は、概ね次のとおりである。
<1> 一般消費者に損失がないこと。
<2> 中小零細の取引先に損失がないこと。
<3> 従業員の雇用または生活が守られること。
<4> 社会資源のロス、地域経済・周辺環境への悪影響がないこと。
<5> 経営者及びその家族が最低限の生活が出来ること。
 そうすると、「悪い倒産」とは、<1>~<5>と反対のものを指すことになる。ただし、「悪い倒産」といっても、資産を隠匿したような犯罪に該当する場合は除いて、特段法に抵触するものではないし、また反対に、倒産実務においても、「良い倒産」が必ずしも求められるものではない。
 しかし、筆者が倒産事件を担当する場合には、やはり「良い倒産」を常に追求するようにしている。それは、おこがましいようであるが、倒産事件を通じて「人を救済」することを目指しているからだと思う。なお、これは、決して筆者独自のポリシーではなく、まさに倒産事件の師匠である村松謙一弁護士から受けた教えであり、少なくとも村松弁護士の門下生は皆、同様のポリシーで倒産事件を扱っているだろう。
 これから「良い倒産」と「悪い倒産」について、いくつか具体例を紹介することとしたいが、中には、実務家の目から見ると、疑問符がつくような荒業もあるかもしれないが、本稿は、倒産法のテキストではないので、あくまで筆者の私見(独り言)であることを付言しておく。
<1> 一般消費者の保護
 多くの一般消費者にとって、自分が契約した会社が倒産する事態など予想だにしないのが通常であるし、たとえ一〇万円の損失も、企業にとってはごくわずかであっても、一般消費者にとっては決して看過出来ない重大な損失である。一般消費者に損失を与える倒産事件は、マスコミを賑やかせ、社会問題になりうることもあるので、倒産事件において一般消費者に損失を与えないことは非常に重要である。
 多くの一般消費者に損失を与えた最近の倒産事件と言えば、着物のレンタル業者が成人式の当日に突然店舗を閉鎖した事件があった。晴れ着が届かない多くの新成人が、成人式に出席できず、一生のうちの大事な記念日を台無しにされてしまった「最悪の倒産」の典型であり、当時は、マスコミでも大きく取り上げられた。
 このように「最悪の倒産」となってしまった最大の原因は、経営者の決断が遅すぎた点に尽きる。ここからは推測になるが、成人式の数か月前には、既に資金繰りが切迫していたのではないだろうか。経営者は、ここで経営破綻したら、新成人に迷惑がかかるからと直前まで金策に走ったのだろう。しかし、なしのつぶてのまま成人式が近づき、何の策もないまま成人式当日を迎えてしまい万事休すといったところだろう。
 これに対して、遅くとも成人式の数か月前に破産申立てをしていれば、新成人は、既に支払った契約金は返金されないものの、別のレンタル業者から晴れ着を借りたり、あるいは、親戚から晴れ着を借りたりして、なんとか成人式当日に間に合わせることが出来たのである。
 しかし、いくら資金繰りが切迫していても、一縷の望みを賭けてギリギリまで金策に走るのが、むしろ一般的な経営者の姿なのである。だからこそ、「悪い倒産」にならないように、時には、経営者に引導を渡すことも我々弁護士の重要な役割であると考えている。
<2> 中小零細の取引先の保護
 筆者は、再生事件でも、破産事件でも、一般商取引先に対する債務は、早い段階で極力弁済することにしている。(ただし、会社の資金繰りや一般商取引先の数、債権額等、諸々の事情を勘案して、後になって否認されないように慎重に判断することは言うまでもない。)
 また、申立て直前の仕入れは、基本的に現金で行わせたり、申立て直前に仕入れた在庫が残っていれば、仕入先と合意解除の上、返品させることもあり、こうすることで少しでも一般商取引債務を減らす努力もしている。
 なお、少し前に、実際に筆者が債権者の代理人として破産債権者集会に出席したことがあった。集会には、個人でトラックの運送業務を請け負っていた債権者の男性とその妻がわざわざ遠方から来て、裁判官に、なんとか運送料の支払いをしてもらえないかと泣きながら訴えていた。たしかに、破産申立時に破産会社に資金が全く残っていないのであれば、トラックの運転手への支払いはできないが、驚くべきことに、その事件では、破産管財人への引継ぎ予納金が四〇〇万円もあり、他方、トラック運転手の債権は五〇万円にも満たない金額であった。その事件は、それだけの引継ぎ予納金があったことから、最終的にも配当があったのであるが、債権額按分で配当金の額が決まるから、そのトラック運転手にはわずかな配当金しか支払われなかった。金融機関にとっては、五〇万円程度の配当を受けたからといって、金融機関の経営に何のインパクトもないが、そのトラック運転手の夫妻にとっては、五〇万円がまさに生きるために不可欠なお金であることは言うまでもない。筆者がもし破産申立代理人であったのであれば、四〇〇万円もの手元資金があるのであれば、トラック運転手の債務など早々に弁済していただろう。
<3> 従業員の保護
 従業員の雇用を維持するためには、出来る限り会社を再生する方向を目指したいが、やむを得ず破産をする場合には、資金が許す限り、従業員には、解雇時に一か月分の解雇予告手当を現金で渡すようにしている。従業員の未払賃金については、解雇予告手当を渡さなくても、国の立替払い制度により八割方は補てんされるのであるが、それでも実際に立替払いがなされるまでには、日数を要することから、それまでの間の従業員とその家族の生活を維持する必要があるので、解雇時に現金払いをするようにしている。
 さらに、国の立替払い制度については、以前に、破産管財人が、破産会社のある従業員について、立替払いの申請を拒否したことがあった。破産管財人が申請を拒否した理由は、当該従業員は、経営者の所有するビルに居住していたことから、経営者と家計が一緒だと判断したからだ。しかし、従業員は、単に経営者の所有する雑居ビルの空き室に事実上寝泊まりしていたに過ぎず、経営者と親族関係にないことはもとより、家計を一緒にしていた事実もない。破産管財人が申請を拒否したため、当該従業員から依頼されて、当該事件の破産の申立てをした筆者が立替払いの申請を行ったところ、何ら問題なく未払賃金が支払われた。当該従業員の生活を考えれば、破産管財人が立替払いの申請を拒否する選択肢などなかったであろう。
<4> 社会資源の保持、地域経済・周辺環境への配慮
 経営破綻した企業について、再生を目指すか、清算すべきかの選択は、非常に悩ましく、しかも非常に責任の重い選択であるが、筆者は、容易に取り壊すことの出来ない社会資源があり、地域経済や周辺環境への悪影響が懸念される企業については、まず再生を目指すことを検討している。
 分かりやすい例としては、地方の温泉旅館の倒産である。大型旅館が倒産した場合、経営者はとうに他所の地に行ってしまっていないが、依然としてボロボロの廃旅館がメイン通りに残されたままで、周囲の景観を害し、倒壊の危険さえもあり、全国の温泉地で社会問題になっている。
 温泉旅館やホテルの倒産の場合、借入金が過大であることが倒産原因であるケースが多く、借入金を圧縮すれば再生する可能性があるので、まずは再生を目指すべきであるし、仮に清算するとしても、事業譲渡や会社分割により事業を第三者に移行した上で清算する方策を採るべきである。経営者が旅館建物を残したまま廃業し、夜逃げするようなことは決してあってはならない。
<5> 経営者及びその家族の生活への配慮
 依頼者であるからといって、倒産時の混乱に乗じて、経営者やその親族の資産隠しを見逃すことは言語道断であるが、経営者家族も生きていく必要があるから、最低限の配慮は必要と考えている。
 筆者が実際に行った事例としては、再生会社の代表者に事業の一部を残した例である。すなわち、代表者は、経営責任を取って、再生会社の経営から全面的に退くことになった。しかし、もともと代表者が肝入りで始めた新規事業があり、それが再生会社の継続事業ではなかったことから、当該新規事業に要する機械類を監督委員の許可を得て、第三者に時価で売却した。それを後日代表者の親戚が買い戻すことによって、代表者が当該新規事業を別会社で行い、生活を維持することが出来た。
 他にも、飲食店を二店経営していた会社の破産申立てをすることになったが、うち一店は、もともと経営者の親族が個人で始めた店であり、店のテナントの契約も親族個人の名義であるし、店の什器備品も全て親族が購入したものであった。もしこのまま破産申立てをしてしまえば、二店ともに廃業することになるが、そうなると経営者の親族は生活が出来なくなるので、破産申立て前に、この親族の店だけを事業譲渡により切り離しておいたので、会社の破産後も、経営者の親族は店を継続することが出来たのである(なお、破産管財人にこの事業譲渡を否認されることはなかった。)。
 このように、「良い倒産」の例は、倒産実務上、特段やらなくても良いことであるが、やはり「良い倒産」により救済される弱者がいる以上は、筆者としては、これからも追求していきたいと思っている。

(弁護士)

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