一般2023年01月20日 国際サッカー連盟の サッカー紛争解決室について ― FIFAのDRCについて ―(法苑198号) 法苑 執筆者:井神貴仁
私は、弁護士として、スポーツ仲裁、スポーツ団体の顧問業務、スポーツ事故等のスポーツ法務に注力しています。前職でサッカーコーチをしていたこともあり、サッカー関連の業務も他の先生方に比して多く、なかでも珍しいものでいえば、国際サッカー連盟(Federation Internationale de Football Association。以下「FIFA」といいます。)のthe Dispute Resolution Chamber(以下「DRC」といいます。)で行われた事案を担当しましたので、本稿ではその紹介をしたいと思います。
DRCは、FIFAによって二〇〇一年に設立されたサッカーに関する紛争を解決するための機関であり、本邦ではサッカー紛争解決室と呼ばれることもあります。
DRCは、スポーツ仲裁裁判所(the Court of Arbitration for Sport。以下「CAS」といいます。)のような仲裁を行う機関ではないものの、DRCの決定は、FIFAの規則を通じて、FIFAの加盟団体等を含めたあらゆるサッカーの関係者に対し、大きな影響力あるいは事実上の強制力を持っています。
例えば、DRCの決定は、一方当事者たるサッカークラブがDRCから命じられた金銭の支払をしない場合、連続する三つのシーズンについて、国内外を問わず、新たなサッカー選手を登録することを禁止したり、一方当事者たるサッカー選手がDRCから命じられた金銭の支払をしない場合、六か月間にわたり、公式試合でのプレーを制限したりする等のペナルティを課します。これは、サッカークラブ又はサッカー選手にとって、非常に大きなペナルティとなりますので、DRCの決定が大きな影響力あるいは事実上の強制力を持っているといえるのです。
DRCの手続や審理は、原則として、書面によって行われ(「Rules Governing the Procedures of the Players’ Status Committee and the Dispute Resolution Chamber」(二〇二〇年版)(以下「Rules」といいます。)第八条)、FIFAの本部があるスイスのチューリッヒにおいて行われます(Rules第一〇条)。
DRCにおける連絡は、基本的に、電子メールによって行われます。主張書面や証拠を、郵便又は宅配便によって提出することもできますが、ファックスによって提出することはできません(Rules第九条の二第一項)。
主張書面や証拠は、FIFAの公式言語に翻訳をする必要があり(Rules第九条第三項)、本邦のサッカークラブ又はサッカー選手の場合、英語を選択することになろうかと思います。
本邦の民事訴訟と同様に、被申立人は、決められた期限までに答弁書及び答弁書に記載された主張を裏付ける証拠を提出する必要があるのですが、注意を要するのは、反訴をする場合に、原則として、答弁書の提出期限までに行うよう求められていることです(Rules第九条第三項)。
私が担当した事案の一つでは、サッカークラブ側の代理人をしたのですが、DRCの担当者から、答弁書の提出期限までに、当方の主張をすべて記載した書面及びそれを裏付ける証拠を提出するよう求められ、それ以降、主張書面及び証拠を提出する機会はないと思ってほしいと言われ、非常にタイトな期限で対応に迫られましたので、DRCは、迅速な審理を重要視していると思われます。
審理の状況によっては、「Oral hearing」(口頭審理)が行われることもあると規定されていますが(Rules第一一条第一項)、私が関与した事案においてはいずれも行われませんでした。DRCの経験が豊富な先生と雑談をした際にも、「書面だけで終わるよね」という趣旨のことをおっしゃっていたので、あまり「Oral hearing」は行われないと認識しています。
そして、DRCの決定は、原則として、本邦の民事訴訟でいうところの「主文」しか記載されておらず、その理由は記載されていません(Rules第一五条第一項)。もっとも、各当事者は、DRCの決定が通知された後、一〇日以内であれば、DRCに対し、決定の理由が記載されたDRCの決定を求める権利がありますので(Rules第一五条第二項)、DRCの決定の理由が知りたい場合には、この申立をする必要があります。
DRCの決定の内容で興味深いのは、準拠法の問題です。DRCにおける紛争は、サッカーに関わるあらゆる国のクラブや選手が当事者となりますので、様々な国の法律又は当事者が選択した準拠法の適用が問題となります。
DRCは、国ごとに存在するすべての法律等、そしてスポーツの特殊性を考慮した上、FIFAの規則を適用すると規定していますが(Rules第二条)、次に紹介する過去のDRCの決定を検討すると、各国の法律や当事者が選択した準拠法よりも、FIFAの規則を優先していると考えられます。
DRCは、「DRC 6 August 2009, no. 89145」及び「DRC 6 August 2009, no. 89391」の決定において、異なる国のサッカー協会に属するクラブ間における選手の移籍について、CASの判断である「CAS 2005/A/983」を引用した上、FIFAの規則が当事者の国内法よりも優先すると判示しています。
そして、CASは、「CAS 2005/A/983」において、国際的なレベルでスポーツを支配する規則が統一され、世界的に広く一貫して適用されることが不可欠であり、世界的なコンプライアンスを確保するためには、国の法律とスポーツ規則との間の干渉によって、国ごとに異なる適用がなされることがあってはならない等として、FIFAの規則が、当事者の国内法よりも優先すると判示しました。
「DRC 26 October 2012, no. 10121653」の決定は、クラブが、選手との間で締結した雇用契約に規定された雇用契約締結後の一年間を試用期間とみなすとした条項(当該条項は、当事者の国内法を引用したものでした。)に基づき、当該雇用契約を解除したことについて、クラブが当該雇用契約を継続するか否かの完全な裁量を有していること等を理由に当該雇用契約の解除をすることの有効性を否定しており、DRCが当事者の選択した準拠法に拘束されない場合があることを示しています。
「DRC 27 February 2014, no. 02142147」の決定では、DRCで紛争を解決する場合、FIFAの規則が当事者の選択した国内法に優先すると判示しています。同決定は、FIFAの規則の主たる目的は、サッカー界のすべての関係者が信頼できるルールを作成することであると強調し、DRCにおける各々のケースについて、当事者の国内法を適用しなければならないのであれば、その目的は達成できないと述べた上、FIFAの規則、一般的な法律の原則及び過去のDRCの決定を適用することが適切であると判示しています。
つまり、サッカークラブとサッカー選手とが、契約書において、本邦の法律を準拠法として選択したとしても、DRCによって否定されるリスクがあるということです。サッカーに関する業務を行う弁護士としては、常にFIFAの規則や過去のDRCの決定を意識した上で、契約書のリスクチェックをする必要があると考えています。
以上、私の拙い経験と過去のDRCの決定をもとに、FIFAのDRCについて、ご紹介をしました。個人的には、非常に興味深い分野と感じており、これからも研鑽を積んでいきたいと思っております。
(弁護士)
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